父さんは魔法少女
並んだ皿から料理を口にする。確かに美味い。店の料理と比べても負けていない。
だが食い慣れている。その為にそれほどの驚き、感動が無い。
白米をかき込み、味噌汁に手を伸ばす。
「……美味い」
感情が、感動が口を裂いて漏れた。
「ほんとっ!?」
小さく呟いただけだというのに、聞こえていたらしい、アキラが嬉しそうに声を上げる。
その頬にはホットケーキを食べるのに使ったのだろう、はちみつが付いていた。
「ほんと? ほんとにおいしい?」
「あぁ、美味い」
何時もと味付けが違うのだろうか? 変化もわからないが、ともかく美味い。
一言答え、黙々と食事を続ける俺を、アキラはニコニコと見つめる。
「えへへ……。ねー、シューくん?」
「何だよ……」
「ボク、ごほーび、欲しいなぁ……」
そう言い、頭を向けるアキラ。
「んー……」
声まで出して訴える。「撫でろ」と。だが嫌だ。何とか逃げようと思案する。
「んー!」
「わかった……」
また一鳴き。根比べに負けた俺は箸を起き、アキラの頭に手を置く。
「んっ……」
(……辞めなよ、そう言う声出すの)
「ん……うぇへへ……」
銀色の長い髪が手の動きに合わせて揺れる。その手触りは決して良い物では無い。この銀髪は正しくは白髪だ。今までの苦労、努力、アキラの生きてきた道のりがこの髪色だ。
(……そう思えば、この髪は綺麗だと、素直に思う)
「ん……っ。ねー、シューくん」
「あ? 何だ?」
アキラが口を開く。少々珍しい。こうして撫でている時にアキラは喋らない。
「こーして、毎朝起こして」
「……だからどーした?」
「そーして、御飯作って」
「……それがどーした?」
顔を赤くしてちらり、ちらりとこちらを見るアキラ。視線を合わせるのが恥ずかしいのだろうか、眼が合うとその視線を逸らす。
(恥ずかしいと? 俺とお前の仲で? 頭を撫でさせておいて?)
「何か……」
俯き、顔を赤くするアキラ。まるで小動物のようだ。モジモジとして、なかなか言葉を続けない。少しすると、意を決したのか眼を向け、口を開く。
「夫婦、みたいだよね!」
「……何が何とやら」
何だろう、風邪ひいてるのかな? 熱でもあるのかな?
「『夫婦』? ありえない」
「でもぉ……」
アキラは今にも泣きそうな顔をしている。感じなくても良い筈の罪悪感に苛まれる。だが――
「――親子で結婚とかありえない。相性は良いだとか、馬鹿言うなよ親父」
そう、生物学的に言っても、法律的に言っても、アキラは俺の父親だ。全くもって少女――それも美少女と言っても過言でないその見た目であっても、アキラは『彼』であり、男なのだ。
「シューくんは……嫌?」
眼尻に涙を浮かべ、縋るように見上げる晶。その姿は捨てられた子犬の様で、心揺さぶる。
「嫌」
(……確かに可愛いよ、それは事実。でも俺、同性愛者じゃないし……)
まぁ、ちゃんと親として見てるかと言われると、NOだ。
俺にとってアキラは、父と言うよりは子供の扱いだ。
「親父、息子が「夫婦みたいだね」って父親に言われて、普通喜ぶか?」
「シューくんがおとーさんで、シューくんに言われたなら、ボクは嬉しいよ?」
あぁ、やっぱ駄目だこの親父。頭の中で答えが弾き出される。この答えは数年前から変わっていないが、今日もまた同じ結論だ。
「シューくん、ボク子供は野球スタジアムが埋まるくらい欲しいなっ」
「すごい人数だな。三万人くらい?」
どれだけ子供が欲しくても良いけど、俺に言うな。
「シューくんは九人、十一人くらいで、少ない方がいーの? 一人の事じゃないから、シューくんの意見を尊重するけど……」
「親父……」
それでも野球、サッカーのチームが組めるゼ。
後、俺関係無い事にして。本当に頼むから。
「めっ!」
アキラは、ぴんと指を伸ばし、俺の唇に軽く付ける。身体を必死に伸ばしてだ。机を乗り越えて指で触れる、それだけの事が、アキラには遠い。
ところで唇触られたら鳥肌が立った。なんでだろう。
理由はわからないが、何やらぷんぷんと怒気を放ちながらアキラは言う。
「シューくん、いつも言ってるけど、ボクの事を「親父」って言ったらただじゃすまないよ」
「……どうなるんです?」
アキラの指を退かしながら、言う。真剣な眼をしているアキラは久々だ。
「……それは……」
「それは……?」
何と無しに息を飲む。
「ひっぐ……やっぱりっ、無理だよぉ……ひっ、シューくんにっ酷い事なんて出来ないよっ」
まさかのマジ泣き。自分で想像して、自分で謝罪して、なんなのこの親。
泣き出したアキラは机を潜り、グイグイとの頭を押し付けてくる。
このままでは泣き止まないので撫でてやる。少しすると、嗚咽も止んだ。
「やっぱシューくんは優しーよね……」
「自発的行動で撫でたなら、その評価も正しいかもな」
「シューくん……ボクはね、親父とかね、言われたくないんだ……」
「えぇ……」
事実だろう? と一瞬喉まで出かかったが、頑張って抑える。
「シューくん、ボクの事は『アキラ』か『お前』の二択で呼んで?」
え、なにこのメンドクサイの。
「『アキラ』……」
「なーに? シューくん?」
いつも通りの反応。念の為、もう一度呼ぶ。
「……『お前』」
「アナタ、どうかしましたか?」
声の調子が違う。元気な子供って声じゃなくて、『しな』を作った声だ。
「あー、どっから突っ込むか」
突っ込み所が多すぎる。どこから正していくべきか。
「つ、つっこむの!? しゅ、シューくんのえっち! こんな日の高いうちから何言ってるのっ! めーっだよめーっ!」
「いや、人の子の父親だろォ!? なんだってそんな恥ずかしそうな顔をする!?」
――瞬間、フラッシュバック。アキラの顔と重なる、恥ずかしそうに赤く染まる魔法少女。パンチラ。クロノレース。
「は……?」
色濃く、鮮明に、脳裏に浮かぶ。白い魔法少女装束、白のフリルの奥、異様に映える黒レースのパンツ。際どいデザイン。そしてちょっとのもりあがり。
「大丈夫!? シューくんどーしたの!?」
あまりのショックに椅子から転げ落ちていた。心配したアキラが駆け寄る。
「――あぁ、ああああああ!!」
忘れていた記憶、消すべき記憶。
――父さんは、魔法少女だ。