明の不思議な朝食
――ジリリリリ。
目覚まし時計の音。ぼんやりとだが、意識が覚醒するのを感じる。
セットしたのは六時半。家を出るのが七時半。十分な時間だ。顔を洗い、食事、着替え、軽く身なりを整えて。そう考えれば素晴らしい時間設定だ。
――だが、無意味だ。
いつだって問題は起きられないと言う一点。
「うる……せぇ……」
手を伸ばし、目覚ましのスイッチを切る。
「シューくん! 朝だよー!」
二度寝に入ろうかと言うその調度の頃合い。明るい声と共に扉が開かれる。俺の部屋に、頭に、脳に、響く。
(有り難い……有り難いには有り難いが、うるせぇ……)
「シューくん朝だよ? 学校行かなくて良ーの? もしかしてお休み? 今日は出かけない!?」
俺に向けられる声色がだんだんと明るく、強くなって行く。もし、犬の尻尾でも付いていたとすれば、それは今頃、ブンブン振られて千切れているだろう。
「……いや、有る、学校。起きる、起きるよ」
今のやり取りで、目覚めた。タオルケットをのけつつ、上半身を起こす。
視界に入る少女の様な姿。銀の長髪に黒のメッシュ、子供のような顔付き。身にはだぼだぼのTシャツの上、エプロンを付けたその姿。
俺の言葉を聞いてか先まで上がっていたテンションは急降下、つまらなそうな表情をしている。まるでお菓子を奪われた子供のそれだ。
「おはよう、アキラ」
取り敢えず起こしてくれたアキラに挨拶をした。
「うん、おはよう! シューくん!」
元気いっぱいと言った表情でアキラが返す。「挨拶は大切だ」とは、何時だかに俺が父親から送られた言葉だ。
「朝ご飯、出来てるよ、食べよ?」
「あぁ、わりぃな」
「じゃー、着替えちゃってね?」
「あぁ……」
アキラの言葉に返事をし、俺はぼんやりと部屋の隅、タンスへと足を運ぶ。
「……あ?」
そこからワイシャツを取り出し、寝巻を脱ごうとして――何故か部屋に残っているアキラに気がついた。
「んー? なーに?」
何食わぬ顔でそこに居るアキラ。着替える際に、他人が居ると言うのは少々恥ずかしい物がある。
というかこんなガン見されてたら嫌だよ。しかも嬉々としてだぞ。
「……着替えるんだけど?」
「そーだね」
「あぁ、わかってるのか、じゃあ、ホレ」
手の甲を見せながら何度か前後に振るう。あっちへ行けのジェスチャー。
「なになに?」
アキラは嬉しそうに寄って来た。どうやらコッチへ来いのジェスチャーと勘違いしたようだ。
「おい……」
「あ! お手伝い要る?」
どうしたらその結論が出るのか、とてもではないが理解できない。そして、見えるアキラの顔は蕩け切って破顔した、締りの無い物だ。
「確かに、前はよく手伝ってあげたよねー。もー十六歳でしょ? あっ! でも、それでも手伝って欲しいって言うなら良いよ? もぅ、シューくんの甘えんぼさん!」
だんだんと明るくなっていく声色。そのわきわき動く指は何であろうか。ジリジリと間合いを詰めるように近づいてくるその足取り、素人の物ではあるまい。隙などは見えず、重心移動も読み難い物となっている。まさに達人の業だ。
「涎拭けよ! 辞めろ! 辞めてください! 本当に! マジで出てけよ! 何のつもりだよその手は!」
「え?」
この世の終わりの様な表情を作る晶。その表情に一瞬、言葉が詰まるが続ける。
「『え?』じゃねぇよ! 良いから外で待ってろ!」
そういい、アキラ蹴り出す。さて、着替えよう。これが何時もの流れ、毎朝の日課だ。
「しかし……何かを忘れてる気がする」
何故だろうか、部屋を見渡すが、いつもと変わりはない。
「気のせい、か……」
リビングに着くと、既にテーブルの上には食事が用意されていた。焼き魚、味噌汁、白米に納豆。よくある、教科書通りに作られた、日本の朝と言った献立だ。
「あ、シューくんだいたいご飯出来てるよ? 先に食べてて」
そう言い、俺の方を向くアキラ。エプロンを着て、手にはフライパン。どうやらまだ何か作っているようだ。
「いや、待つよ。いつもありがとう」
機嫌も損なわず、怒りも無い、その事が確認できた俺は、言葉を選び、伝える。
「シューくんの為だからね、気にしなくていいよ! でも、こんなのでごめんね?」
「いや、好きだよ」
「うんっ! ボクもシューくんと同じっ! 好きだよっ!」
「あー、言葉足らずだったなぁ」
「じゃあしっかり言う? ボクはシューくんの事が大好きだよっ! さぁ、シューくんもボクに愛をささやこうっ!」
「後どの位で出来そう?」
「うん、もう出来たよ」
そう言い、ホットケーキを並べるアキラ。
『魚、味噌汁、白米、納豆』+『ホットケーキ』。
ウソだろ、なんだその組み合わせ。俺の分は無いようで胸を撫で下ろす。
「じゃあ、」
「ああ、」
『いただきます』
こうしてまた、何事もない一日が始まる。