死が二人を分かつまで
エレベーターの扉が開いてからの動作は、驚くほど俊敏だった。
「――ふっ!」
扉が開ききる前に、その身を滑り込ませるサヨコ。一呼吸、一足で、眼前の階段を飛び越えた。
手に持った剣を全身駆動により、狭い書斎の中で振り下す。その切っ先が、窓のロックを外し、横に薙ぎ払う動作で、窓を開く。
その全てを前進と共に行い、開いたその窓から、直接外へと飛び出した。
恐ろしく速いその動作。
「にぃ! 殺ろ! ヤろ!」
俺も興奮したナギに引きずられなきゃ、見逃しちゃってたね。
と言うか、いてぇよ! 肩、肩外れる、掴まれた手むっちゃ色変わってるし!
引かれる速さも驚くほどの物で、声も出せない。
《――さん!? なんで聞こえないんですか!?》
おおう。外に出た途端頭に流れる大音響。キンキンする。
エイダの声は、今まであまり聞いた事のないタイプの声色をしていた。泣いてんのかコイツ?
《これでお別れって、そんなのってないでしょう!? 集人さん! 集人さん!》
――うるせぇ! 聞こえてるわ!
肩が痛いし、声も出せない、痛い痛いが山のように積まれてるのにこれ以上面倒を乗せないでくれ。
《はぁ!? 泣いてねェですよ! 私を泣かせたら大したもんですよ!》
もっと可愛げがあれば慰めてやろうと思ったがコイツは……。
サヨコに続き、ナギが、そして俺も外に出た。
日に晒される。夏は過ぎたが、受ける日光はいまだに熱い。だと言うのに、冷たい感触――風だ。それも速度が出ているからこその冷たさが、俺の体に触れる。
そして、浮遊感。地面を踏み絞め、ナギが跳躍する。隣の家の屋根に乗る。俺の体重だって軽かねぇぞ……。本当に、この義妹は人間じゃないのだろう。
《人間じゃないってなんですか!? 妹さんポっと出の上、種族不明ですか!?》
うるせぇな本当にコイツは。と言うか、地下での話聞こえてなかったのか?
どうエイダに伝えた物かと考えていると、突如首をこちらに向け、ギョロリとした紅い瞳が俺を見る。
「――にぃ、"ソレ"はダレ?」
「は?」
燃える様にこうこうと輝く紅い眼。正直に言えば怖いぜ、ソレ。
「聞こえてるよ、にぃに"憑いてる"んでしょ?」
《な、何を言ってるんですか、妹さんは?》
「名乗れ」
エイダの言葉に被せる様に、ナギが言う。
「……エイダって奴だ」
俺が代わりに答える。エイダ自身が答えたところで、こうなったナギが落ち着くとは思えなかった。
「エイダ――覚えた。にぃ、変なの拾っちゃ駄目だよ?」
少しだけ、ナギの感情が収ったようだ。一息吐くと、丁度狙いの場所に付いたらしい。速さにより、浮き上がった俺の体を、ゆっくりと地面に下すナギ。その膂力は少し怖いぜ。
落ち着いて先を見れば、『穢れ』――『The END』、何にせよ『敵』の群れだ。
「ナギ! 時間は稼ぐ、シュウは頼む!」
俺たちよりも到着が早かったようで、既にその身を剣姫騎士へと変えた母親が戦って居る。
《『The END』の位相差耐性を抜いている!? どういう事ですかこれは!?》
頭の中でガンガン叫ぶな! なんだその聞いた事のない耐性!
頭を押さえていると、ナギが俺の裾を引き、こっちこっちと伝えている。
「どうした、ナギ?」
「にぃ、私の眼を見て」
なんのことやらと思いつつ、しゃがみ込み、ナギの眼を見る。赤い、紅い、鮮血のような瞳。
その瞳孔が、縦に大きく開かれる。まるで、ヘビのようなその眼に睨まれ、一瞬動きが止まる。
「なっ――」
「にぃ、やろ?」
俺の頬に手を当て、ナギが俺の唇を奪った。
「つらくて、痛い。だけど――やろ?」
ナギの身体の内から黒い何が、渦巻く何かが生じ、その身を変える。
「シューにぃと二人なら出来る」
黒い和装。太腿の膨らんだ袴の上に、羽織が一つだけ。その為、大きく前の開かれた羽織の下には柔肌が見える。
「死が二人を分かつまで――戦い続けるの、永遠に」
ナギが笑う。屈託のない笑みでは無い。淫靡で、縋るような、スレた笑い方。
そうか、こいつは本当に妹じゃないんだ。
力や振る舞いよりも納得がいった。
ナギが手を出す。その手は小さく震えていた。
「わかったよ、乗りかかった船だ」
だけども、家族だ。
その眼が助けて欲しいと訴えているのだから、その手を掴む。
「一人じゃ嫌だが、二人なら、な」
「にぃ、ありがとう」
そこに後悔なんて有るはずが無い。




