ラスト・アクション・ヒロイン
――折井 集人が幼い頃憧れたのは、正義の味方でも悪の怪人でもなく、魔法少女だった。
――故に、目の前の現実が信じられない。
「俺は……夢でも見てるのか?」
左手で自らの頬をつねる。
爪が肉を切る痛みでやっと納得が出来た。これは現実だと。
「――ッ!」
『何か』の脚が大地を穿つ。それを飛び上がることで回避した魔法少女。
その小さな掌が一匹の外骨格へと触れる。小さな身体では近寄る事が出来ないのだろう。やっと敵に触れる事は出来たが、腕は伸びきっている。
それでは威力は、殺傷力は無い――普通で有れば。
「ハァッ!!」
叫びと共に、『何か』の身体がはじけ、赤い体液が飛び散る。まず一匹。
『何か』が破壊されたが、魔法の力だけでは無いだろう。
「――寸勁」
ワンインチパンチの方が通りは良いか?
全身を捻り、力を組み合わせ、強力な外力を産みだす――発勁と呼ばれる中国武術における技術だ。
その発頸を超至近距離で用いるのが寸勁。
あの小さな身体で、あれだけの発勁。間違いない。
力が作用するその瞬間、捻りとは異なる加速をした事は理解は出来たが、それが魔法だろうか。
『少女』と言う言葉にどうしようもない違和感は在ったが、少しだけ――魔法を受け入れていた。
《縺ェ繧薙〒豁サ縺ャ縺ョ豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺・》
唸りを上げる『何か』。先程の様には恐怖を感じていなかった。
現金なものだが、『何か』を打ち倒せる存在がそこに居る、それだけで恐怖は薄れた。
「おりゃあッ!」
まるで猫のように高く飛び上がると、回転――そこから鋭く突き刺さる蹴り。『何か』がよろめく。そのままの勢いで地面をその両の腕で強く押し、また飛び上がる。
円運動による体重移動を利用するカポエラの動きだ。
宙を舞う魔法少女は体を捻らせ、体勢を変更――そして、その影が増える。
「――は?」
目の前で二人に増えた。眼の錯覚を疑う。
「ばぁあッにんぐゥウ!!」
二人の魔法少女の足が焔を纏う――そして放たれる全体重をかけた二段の爪先蹴り。
「――Finish!!」
二つ分の傷跡が、実際にその姿を増やして居た事を示す。
爆炎の柱を上げ、砕ける『何か』。
これで二匹。だが、未だその群れは数え切れない。
《――ノルマに足りませんねぇ。ちょーっと派手なのやっちゃいましょう!》
何処からともなく声がする。コイツ、直接頭内に……!?
周囲を見渡すが声の主は見えない。
「んー、でも……」
《折角愛しの彼が居るんですよ!? (E)とこ見せちゃいましょう!》
「そ! そう言うの言わないでっ!」
顔を赤くし叫ぶ魔法少女。まるで恋する少女のソレだ。
俺にとっては、あまり見ていて楽しいものでは無い。
《もー照れちゃってぇ、でもノルマ行かないのはちょっと困るんですよねぇ》
「むぅ……」
渋々と言った様子で、アキラが体勢を深く構える。
《よーし! 張り切っていってみよー!》
右手首を気怠そうに振るうと、強く短く息を吐く。
「――ハァッ!!」
《名付けて、加速紅粉砕!》
瞬間、視界が揺さぶられる――それが始まりそして終わり。
突如空間に現れる赤い円錐状のオブジェ――それが『何か』一体一体の上に顕現していた。
そして、全てのオブジェ上に飛び蹴りの姿勢で静止するアキラ。
「はぁ!?」
目を凝らし気が付く。その赤い円錐は、『何か』から放たれる『予定』の血飛沫だ。
そして、上空に佇むのは、既に行動を『終えた』アキラの残した残像。
《――これにて一件Completeですね!》
――今、歪んだ世界が正される。直線に描かれるべき時間軸、それをねじ曲げ、撚らせ、『現在』、『過去』、『未来』を一つの時間で同時に存在させる。宇宙法則をねじ曲げる大魔法。
その一言と共に、時間軸が引き伸ばされ、全てが終焉を迎える。
全ての『何か』が弾け飛び、残ったのは一人の魔法少女と、それを見る俺だけ。
「終わった……のか?」
間違いなく、アレは魔法だ。ありえないと思っていた物が、目の前にある。心が滾る。
「危なかったねっ!」
そうして佇む俺にかけられる声。白けるゼ……。
「……よぉ」
立ち上がり、振り向く先に立つその影。
その見た目は可愛らしい美少女そのものだった。
「随分と、楽しんでるじゃねぇか明……」
白く艶やかな長髪、前髪にワンポイントで入った黒いメッシュ。くりくりと大きな赤い瞳。手を伸ばせば届きそうな位置に有るその肌はみずみずしく、ぷにぷにと張りがある。
折井 明。女の子にしか見えないが、俺の親父だ。