ポプラと春のお届け物
あるところに、人も動物も、そして植物もみんな仲良しな、大きな大きな町がありました。
その町では、これまで一度も喧嘩が起きたことがありません。なぜなら町のおくに春・夏・秋・冬、それぞれの季節のお姫さまが交代で住む、お城があったからです。
町の人は、彼女たちといると心の中がポカポカしてきます。どんなに辛く、悲しいことがあっても、彼女たちの明るい姿を見てしまえば、気分が晴れ晴れとしてくるのです。だから町はいつでも笑顔で溢れていました。
とくに春のお姫さまのポプラは、町の人にとても人気がありました。大らかで、笑顔が可愛らしく、何をするにしても一生懸命なポプラ。時におっちょこちょいな失敗をしてしまうけど、そこも含めて町の人はポプラのことが大好きでした。
これからするのは、そのポプラのお話です。
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ポプラには三人のお姉さんがいました。夏のお姫さまで、いつも元気なアオギリ。冬のお姫さまで、少しだけ恥ずかしがり屋さんのツバキ。そして秋のお姫さまのモミジ。ポプラは三人のお姉さんの中でも一番しっかり者のモミジに、いつも憧れていました。
おっちょこちょいで自分のことだけで手いっぱいなポプラと違って、モミジは姉妹の面倒をよくみます。それにモミジは木々(きぎ)についた葉っぱをまっ赤に染めることが出来るのです。
ポプラは季節が秋になると、気分がウキウキします。ちょっとずつ赤くなる木を見ては、まだかなまだかなとその日を楽しみに待ちます。そして山の木が全部赤くなったら、お友達と一緒に木の下でお弁当を食べるのです。その後で、ドングリを拾ったり松の葉で綱引きをしたり、落ち葉の絨毯の上を歩いたりします。とても素敵な一日です。
そういう訳で、ポプラは秋もモミジも大好きです。いつしかポプラも、モミジのように木々についた葉っぱをまっ赤に染めてみたいと思うようになりました。
けれど、どうすれば緑色の葉っぱを赤色の葉っぱに変えられるのか、さっぱり分かりません。ポプラはお家で一日中、そればかり考えていましたが、結局答えは出てきませんでした。
「うーん、どうすればモミジちゃんみたいに葉っぱの色を変えられるんだろう?」
困ったポプラは、何かいい方法がないかお友達に訊ねることにしました。
◆
お友達の家までやって来たポプラは、扉の前に立ってノックします。
コンコンッ、コンコンッ
しかし返事がありません。ポプラはもう一度ノックしてみます。
コンコンッ、コンコンッ
やっぱり返事はありませんでした。仕方がないので、ポプラは一人で扉を開けて中へ入って行きました。
部屋の真ん中に、木のベッドが置いてありました。そのベッドの上には、今にも天井にぶつかりそうなくらい大きなお腹を膨らませたり縮ませたりしている、クマのアンディがイビキをかいて眠っていました。
「ねえねえ、アンディ。あなたのお友達のポプラよ。起きてちょうだい。アンディに訊ねたいことがあるの」
「う、うーん・・・」
しかしアンディはなかなか起きません。今度はその大きな体を揺すりながら声をかけました。
「ねえねえ、アンディ。あなたのお友達のポプラよ。あたし、モミジちゃんみたいに葉っぱを赤色に変えたいの。でもどうすれば赤くなるのか分からないから、アンディも一緒に考えて欲しいわ。だからお願い、起きて」
「うーん、うーん。・・・あれ、ポプラちゃん?」
そこでようやくポプラのことに気がついたアンディでしたが、すぐに頭から布団をかぶってしまいました。
「ごめんよ、ポプラちゃん。僕たちクマは冬になると眠くなるんだ。眠くなって、何も考えられなくなってしまうんだ。なぜって?それは僕らがクマだからさ。昔からクマは、冬になると眠くなるものだって決まっているんだ。だからごめんよ。また今度、目が覚めたら一緒に考えてあげるからね」
そう言い残し、アンディはまたイビキをかき始めてしまいました。
これ以上うるさくすると眠っているアンディが可哀そうなので、ポプラは黙って部屋を後にしました。
◆
アンディのお家から帰る途中、ポプラが重い足取りで森の中を歩いていると、大層ご機嫌な雪だるまに出会いました。
「へい、お嬢ちゃん。おいらはカンバ。雪だるまのカンバ。元気がないけど、どうかしたかい?」
下を向いて歩いていたポプラは、道の端っこにポツンと立っていたカンバに気がつかず、もう少しでぶつかってしまうところでした。そのことを謝った後で、カンバにこれまでのことを伝えます。
「なるほど。お嬢ちゃんは葉っぱを赤色に変えたいんだな?」
「そうよ。でも、その方法が分からないの。カンバさん、あなた何か知らない?」
「おいらかい?しかしなぁ・・・」
カンバは枝で出来た腕をムネのところまで持っていくと、口をへの字に曲げます。
「見ての通り、おいらは体中がまっ白だ。赤色に変える方法ってのは、ちょっと思いつかねえなぁ」
その言葉を聞いて、ポプラはがっくりと肩を落とします。
「悪いな、お嬢ちゃん。頼りない雪だるまでよ」
「ううん、いいの。カンバさん」
「そうだ。体の白いおいらは力になれないけど、体が赤い奴に話を聞いてみれば何か分かるかもしれないぞ?」
「そうね、いいアイディアだわ!ありがとう、カンバさん。あたし、そうしてみる」
途端に、ポプラに笑顔が戻りました。あまりの重さに、いつ動かなくなるか心配だった両足が、今は羽のついたブーツを履いたみたいに軽くて仕方がありません。
「実はおいら、このまっ白い体が気に入ってんだ。まさに雪だるま『らしい』イカしたボディだろ?もしお嬢ちゃんも体をまっ白くしたくなったら、ここに来てくれよ。その時はまた一緒に方法を考えようぜ」
そう言って送り出してくれたカンバは、去って行くポプラが見えなくなるまでずっと枝で出来た腕を振り続けていました。
◆
雪だるまのカンバと別れたポプラは、その足で町の八百屋さんへとやって来ました。
(※八百屋さんは、主にお野菜を売っているお店のこと)
八百屋さんのご主人に挨拶をすませた後で、店先に並べられたトマトのミランダ婦人に話しかけます。
「こんにちは、ミランダさん」
「あら、ポプラちゃん。ごきげんよう。本日はどういったご用かしら?晩ご飯のお買い物?」
ミランダ婦人はそう言って、ツヤツヤした自分の顔を優しく擦ります。すると周りにいる野菜たちまでもが、にわかにソワソワとし始めました。
「いいえ、違います。あたし、ミランダさんに聞きたいことがあって」
「わたくしに聞きたいこと?それはもしかして、今晩の献立かしら?だったらオススメはトマトを使ったシチューよ。もしくは、トマトを使ったリゾットなんていうのもいいわね。それからそれから━━━」
「・・・え、えーっと」
ミランダ婦人がものすごく早口で話すので、ポプラは少しだけ驚いてしまいました。しかし、どうしても葉っぱを赤色に変える秘密が知りたかったので、頑張ってそのことを伝えます。
「葉っぱを緑色から赤色に変える方法ですって?」
目を丸くするミランダ婦人。その後で、周りにいたジャガイモ男爵やレタス中佐と目配せをします。
「ポプラちゃん、ごめんなさいね。わたくし、あなたが望むような情報は存じ上げませんわ」
ポプラの顔をしっかりと見ながら話すミランダ婦人は、とても残念そうに続けました。
「わたくしたちトマトが赤くなるのは、リコピンという成分のおかげなの。でもね、山の木々を赤くしているのが同じリコピンだとは思わないでね。きっとそれは別物だと思うから・・・」
それを聞いたポプラは一気に体中の力が抜けてしまい、「そうですか・・・」と答えるのがやっとでした。
◆
それからポプラはがっかりしてお家に帰りました。来る日も来る日も落ち込んで、とうとうお家から一歩も外へ出なくなってしまいました。
すると、どうでしょう。ポプラが元気な姿を見せなくなったことで、町のムードが少しずつですが暗くなっていきました。冬の寒さもあって、人々(ひとびと)は元気をなくし、動物は餌をあまり食べません。植物は萎れ、町自体もどこかやつれているように感じます。
そんなある日のこと。ビュービューと強く吹き付ける風に混じって、どこからともなくポプラを呼ぶ声が聞こえてきました。ポプラはその弱弱しい声が気になって、久しぶりにお家の外へと出かけました。
声に誘われるようにやって来たのは、ポプラが秋になるといつもお友達とお弁当を食べる木の前でした。なんと声を風に乗せてポプラを呼んでいたのは、その『木』だったのです。
「ポプラちゃん、よぉ来てくれたねぇ」
葉っぱが全て落ちてしまい、丸裸になった木がポプラにゆっくりと語りかけます。
「聞くところによると、ポプラちゃんはワシらの葉を赤く染めたいんじゃて?」
それを聞いたポプラは、思わず「わっ!」と声を上げました。何のヒントもなしに自分の考えを言い当てられて、ビックリしてしまったのです。
「どうして知ってるの?」
「ワシらは風の噂をよく聞くでな。町であったことは大抵知っておるよ」
「風がお話しするの?」
「ああ、そうじゃよ。奴らはよぉ喋る」
これまで一度だって風のお喋りを聞いたことがないポプラは、大いに感心してしまいました。風といえばピューピュー鳴るだけで、まさか噂話をしていただなんて思いもよりません。
「それでの、残念じゃがワシらの葉は春によぉ赤く染まらんのじゃよ」
「どうして?」
「そりゃぁワシらが木じゃから。ワシらにはワシらの生きるペースがある。春に芽吹き、夏に茂り、秋に染まって、冬に落ちる。それが木であるワシら『らしい』生き方なんじゃ」
「そっか・・・」
木のしわがれた声は、ポプラの心にすっと浸み込んできます。ポプラはとうとう、木々の葉を赤く染めるのは諦めることにしました。
「ポプラちゃんや。何もモミジちゃんの真似をすることはないんじゃよ。ポプラちゃんは、ポプラちゃんのままでええって」
すると立ち尽くすポプラの肩を誰かが後ろから叩きました。慌てて振り返ってみると、そこには交代の日になっても城に姿を見せないポプラを心配して、秋のお姫さまであるモミジが探しに来ていたのです。
「ポプラちゃん。ツバキちゃんがお城で待ってるよ。行こ?」
モミジに手を引かれ、ポプラが山を降りて行きます。その背中に向けて、木が言いました。
「秋の紅葉が綺麗なように、春にもええところがたーくさんある。ポプラちゃんならすぐにそれを見つけられるはずじゃ。ワシはいつでもここで待っとるで、また秋になったら話を聞かせてくれんかねぇ」
◆
季節は冬から春へと移り変わりました。冬のお姫さまであるツバキが城を離れ、春のお姫さまであるポプラが城にある塔のてっぺんに登ったからです。
塔には丸い窓が一つあって、そこからは町の全部を見渡すことができます。ポプラは窓の縁に手を置き、体を大きく外へ乗り出しました。
冬の寒さが和らいで、町はちょっとずつ暖かさが戻ってきました。市場は人で溢れ、動物たちは美味しそうに餌を頬張ります。太陽に向けてすくすくと枝葉を伸ばす植物は、町のみならず山や平野にも広がっていました。
その日、城にとあるお届け物が届きました。小さな段ボール箱に入ったそれは、持ち上げてみるととても軽く、振ってみると中で何かが飛び跳ねているような音がします。
「差出人は・・・」
どうやらポプラのお友達、クマのアンディのようでした。春の間はお城から出られないポプラのために、わざわざ森にあるお家から届けてくれたようです。
ポプラは丁寧に段ボールの封を開けました。中身は何だろうと調べた途端、思わず小さく叫んでしまったのです。
「まあ、素敵!」
そしてポプラは、春の訪れを祝い咲く花のような弾ける笑顔を浮かべました。
箱の中には、まっ赤なチューリップと苺が入っていました。
おしまい
童話は児童向けでありながら、読み進めると何かしら教訓が出てくるので好きです あと矛盾を超越してくれるから
この作品は冬の童話祭2017のテーマを参考にして書かれています
「赦し屋とひこじろう」、「未成年委員会による日本の壊し方」という二つの作品を書いているので、よかったらそっちも読んでみてください