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95「魔物の奇跡」

 激戦鳴り響く一階大広間にて英雄とそれに挑む魔物達の姿があった。


 そこにあるのは英雄と呼ばれる勇者が人類の敵として用意された魔物を打ち倒す姿。

 その光景を見るすべての人たちは等しく前者が善で、後者が悪だと無条件で信じるだろう。

 そんなこの世界にありふれたどこにでもある戦いの風景が繰り広げられていた。


「……なるほど」


 数度の打ち合いを経て、フェリドは静かに頷く。

 先程から自らの攻撃に対し、全くの同じ攻撃をぶつける相手に対し視線を動かす。


「それがお前の能力か」


「そういうことだね。僕は一度見た技や能力は全て吸収する。文字通り鏡のように。それこそが四天王がひとり神聖獅子と呼ばれる僕の能力」


 そう言って自らの胸に手を当てるスピン。

 彼こそが英雄勇者に対する切り札。

 あの会議の際に自らを名乗りを上げたのも、己の能力こそが英雄勇者に最も適していると自覚していた。なぜなら。


「あなたの能力は戦闘における進化。けれど、僕はあなたが進化すればするほど、その技を、能力を、この眼でコピーしどこまで追いすがります。さあ、英雄勇者よ。あなたの無限の進化、僕もどこまでもついて行きましょう」


 スピンのその宣言はまさにフェリドの内心をついたものであった。

 フェリドの能力が進化である以上、相手がどれほど強大な存在であろうと最後に勝つのはフェリド。

 彼は物語の英雄の如き、まさしくご都合主義的な能力を持っているのだから。

 ならばそれに追いすがることが可能な能力者がいるのなら、それはまさにフェリドにおける唯一の天敵。

 彼の天敵は強者ではない。

 彼と同じ追いすがる者なのだ。


「そして、あなたの相手は一人ではありませんよ、英雄勇者よ!」


 言って夜の帳がこの場を包む。

 その深淵に紛れるように闇の中からアルカードの刃が迫る。

 しかし、それを反射といった理論を超越したまさに超直感で見えない位置からの死角攻撃すら防ぎ、続く闇と同化したジャックの一撃すらなぎ払う剣で受け止める。


「さすがは英雄ですね……」


 自らの全霊の一撃をなんなく受け止められ、そのまま弾かれるジャックは即座に距離を詰める。

 現状、スピンがフェリドと同じ攻撃、成長速度をすることにより、フェリドの攻撃を牽制しているが、言ってしまえばそれだけである。

 こちらの攻撃はなに一つ届かない。

 傷を与えるどころか体勢を崩すことすら敵っていないのだから。


「――ひとつ、お前たちの勘違いを正しておこう」


 今度は再びジャック、アルカード、スピンによる同時攻撃が行われる。

 いかに先程まで無傷で凌いでいたとは言え、三者同時による特攻にも似たこの攻撃を前に完全な無傷で凌ぐのは不可能。そう確信させるほどの一撃であった。


「確かにお前たちとオレとでは相性が悪い。そもそもオレの能力は相手がオレよりも強い際にしか発動しない。絶対に勝てない相手に挑み最後に勝利をもぎ取る。それこそがオレに与えられた能力の正体なのだから、だが」


 刹那。

 三者は信じがたい現象を見る。

 三人の視界同時にフェリドの剣による一閃が刹那の狂いなく、ほぼ同時に放たれた。

 それは瞬時に三度斬るなどと言った瞬速の剣ではない。

 もはや時間軸や空間軸すらズラしたほど、ただの一閃のみで三者を同時に切り伏せる剣技の極地。

 そこにはわずかな間隙すらなく、三者は全く同時に、その場へとゆっくり崩れ落ちる。


「そもそも格下相手に能力を発動させる必要などないだろう。お前たちの力はオレよりも圧倒的に弱い。その時点で勝敗は最初から決まっていたのだから」


 そう、彼らは見落としていた。

 英雄勇者の能力を封じる。

 その一点に集中するあまり、勝負を行うためのそもそもの土台が違っていたことを。


「弱いものが自分よりもはるか格上の敵に勝つ。そんなものは本来起きない現象。そして、それが起きた時にこそ人はこういうのだ『奇跡』と」


 最初から三者の実力と英雄勇者とではそもそもの自力が違いすぎた。

 スピンがいくら技や能力を見て真似たとしても、所詮それはスペックの違う人物が自分の限界を超えた技量に追いすがっていただけ。

 やがては体がついていけず崩壊する。

 フェリドに勝つためには彼以下の存在であることが前提。

 だが戦いにおいて相手より弱い者が勝負に勝てるはずがない。

 つまるところ、彼らは最初から詰んでいた。

 誰も英雄を越えることはできない。


「悪いな。お前たちの相手はここまでだ。相手がお前たち魔物ではいくら戦っても意味はない。どうせ成長を促すならキョウとの一戦はやっておく必要がある」


 言って倒れた彼らを無視するように階段の先へと行こうとしたフェリドの後ろから。


「……待て」


 立ち上がったのはジャックであった。

 その体は先ほどの一撃でまさに瀕死の状態。

 にも関わらずフェリドの行く手を阻むように立ち上がった。


「行かせはしない……兄ちゃんのところに行くなら、まずはオレを倒してからにしな……」


 そう言っていつものニヒルな笑みを浮かべるジャックにフェリドは素直な疑問をぶつける。


「なぜだ」


 彼にはわからなかった。

 なぜ、そこまでして戦うのか。

 彼にとって戦いなどできることならしたくもないこと。

 だからこそ、今回のこれでそれを終わらせるために剣を振るう。

 傷ついて、それでも立ち上がる。

 そんな英雄めいたものを、フェリドは最も忌避していた。


「なぜそこまで戦うんだ。魔物の君がオレとそうまでして戦う必要はあるまい。誰しも死にたくはないはずだ。それは魔物である君も。それとも君は魔物の役割に従って英雄に殺されたいなどと馬鹿なことを考えているのか?」


「そんなこと微塵も思っていないさ。オレが考えているのはただひとつ、兄ちゃんはオレにここを任せた。なら、アンタを止めるのはオレの仕事。ただそれだけさ」


 言ってジャックは再び構える。

 おそらくこの中で一番の格下である魔物。

 先のふたりの四天王と比べてもはるか各下のありふれた魔物であるはずのジャック・オー・ランタン。

 その彼が最強の英雄を前に逃げることなく、立ち向かっていく。

 それはまるで物語の絶対に勝てない敵を前に立ち向かう勇者のように。


「……わかった」


 その姿にフェリドはかつて自分が思い描いたなにかを見た。

 最初は自分もそうであった。

 ただ何かに立ち向かう勇気。

 それだけが武器だった。

 なのに、自分は英雄になった。なってしまった。

 その後、彼に与えられたのは『英雄という役割』

 それから逃れたかった。


 そして、皮肉なことに目の前の英雄に倒されるべき魔物が、それを演じている。

 ならばそれに答えるのが『英雄』たる自分の役割。


 わずかな静寂の後、ジャックが動く。

 先ほどと同じ渾身の一撃を込めたレイピアにより一刺し。

 だが、それをフェリドはなんなく避ける。

 そしてすれ違いざまの一閃はジャックのその頭、かぼちゃに包まれた頭部を切り裂く。


 声はなかった。

 目の前の魔物を倒したことにフェリドもただ沈黙するのみ。

 だが、次の瞬間、その沈黙は倒されたはずの魔物から破られた。


「――待ってましたよ、この時を」


 瞬間、その声にはじかれるようにフェリドは即座に背後を振り向く。

 そこには先程までいたはずのジャックの姿はない。

 いや、視界の端にわずかに捕らえた残影。あれがそうなの? 馬鹿な――!


 ありえない事態にフェリドは驚愕する。

 なぜなら彼は相対した敵の能力をわずかな打ち合いで完璧に把握する能力も有していた。

 それによって自身の成長速度を合わせることが可能となるからだ。

 その彼の敵能力の把握と照らし合わせても、先のジャックの動きはありえない速度であった。

 まるで自身のように戦いの中で急激な進化を遂げたような。

 その進化にこちらが間に合わないかのように。


「もうひとつだけ……あなたの進化に対抗できる手段があるのですよ」


 見るとそこには破れた燕尾服を着たまま、残像を残しながら神速の領域で迫るジャックの姿。

 そこには先程、破壊されたかぼちゃの中から新たな別の顔が現れだしたジャックの姿であった。


「あなたの進化と同等にこちらも戦いの中で進化すること。あなたの進化が即座に追いつけないほどの進化。そして、それができるのはこの三人の中で唯一オレだけだったんですよ。ほかのふたりはすでにロードまで進化していましたからね」


 そこから現れたのは王冠をかぶったパンプキンの顔。

 それはまさにジャック・オー・ランタン種族に伝わる最上位の伝説の種族。

 かつて誰ひとりとして到達したことがないと言われたかぼちゃの王様と呼ばれし最上位種族。


「進化! 我々魔物だけが許されたこのクラスチェンジこそが、あなたの進化に対抗できる最後の手段です!!」


 パンプキングと呼ばれるかぼちゃの王へと至ったジャックの一閃がこれまでにない速さ、鋭さを持ってフェリドに迫る。

 そのあまりにも急激な進化の速度に、フェリドはそれまでジャックに合わせていた反射が追いつかずジャックへの一手がわずかに遅れる。


 そう、フェリドにとっての天敵とは強者ではない。

 彼よりも弱い弱者、そして彼に追いすがる弱者こそが英雄にとっての天敵。


 ふたりの刃が混じり合い、その衝撃により一階大広間に空気の振動を伝っての衝撃が広がった。

 それはわずかな秒数の後、建物を揺らす地震となり振動を伝える。


 両者の剣はちょうど交差するように絡み合い、ジャックの剣はフェリドの利き腕を貫いていた。


「……どう、ですか……やられ役の魔物が……最底辺のジャック・オー・ランタンがあなたに……最強の英雄に、一矢を報いました、よ……」


 そして、フェリドの放った剣はジャックの胸を貫き、今度こそジャックはその場に静かに倒れた。


「……ああ、認めよう。この場における英雄は――お前の方であったよ、ジャック」


 それは倒されるべき魔物が英雄へとうがったわずかな一刺し。

 だが、それこそが、先程フェリドが言っていた絶対に不可能な出来事。

 この戦いにおいて英雄と称される人物が行える奇跡を起こしたのは――最弱の魔物であったジャックに他ならなかった。


 そしてジャックのこの戦いの結果こそが、この戦いにおいてかつてない結果を残すことになったのをジャック自身、知らずにいた。

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