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93「リリィ」

 気づくとアタシはそこにいた。

 暗い闇の中、誰もいない空間。アタシ一人だけの世界。

 他には誰もいない。ただ一人ぼっち。

 そんな時、あいつはアタシの前に現れた。


「あの、はじめまして!」


 それは金の髪を持つ快活そうな少女であり、まだ剣を取ってから日の浅い人物だと分かる。

 だが、それよりも驚いたのはその少女がアタシに対して恐れることなく声をかけたことにある。


「あなたがこの神殿に住まう……魔物、ですよね」


 そう、この時のアタシはただの魔物であった。

 黄金の獣。金色の狼。伝承の守護獣。牙の魔王。世界最悪の七獣のうちの一つ。

 様々な呼び名を持ち、その中でも人がアタシを現す最も単純な称号はSSランク魔物、太陽狼スコール。


「……アタシ、あなたの噂を聞いてどうしても会ってみたいと思ってここに来ました。兄からはまだ勇者の称号も持ってない新米が手を出せる相手じゃないと止められたんですけど、あなたの噂を聞いてどうしてもそんな邪悪な魔物に思えなくて」


 そうアタシに話しかけるこの少女は奇妙な子だと、この時点から思っていた。

 魔物は邪悪なもの。

 そうでなくとも、魔物とは人に討伐されるためにある存在。

 なぜ、この世界には食料となるものが魔物に多いのか。

 そして、この世の資源のほとんどは魔物を倒すことで得られるのか。

 それら全て魔物を倒すための理由付けの一つであるから。

 ゆえに魔物は倒されるべき悪。この世の必要悪だ。

 だというのに、この子はそれに疑問を持ちあまつさえその魔物に問いかけるなど、おかしな子だ。

 最初から彼女のような未熟な人間を襲う気もなかったが、彼女の話を聞いている内にこちらの毒気も完全に抜けて気づくと少女の疑問に満ちた語りかけをじっと座ったまま聞いていた。


「あの、アタシまたここに来てもいいですか?」


 ひとしきり話終えた後、少女がそう問いかけた。

 アタシはただ答えることもなく、静かに少女を見つめていた。

 その沈黙を少女は肯定と受け取ったのか、頭を下げた後、また来るとだけ言い去っていった。


 それからは本当に奇妙な日々だった。

 少女は毎日のようにアタシのもとを訪れる。

 最初はアタシのことについて、魔物のことについての問いをかけていたが、アタシが答える気がないのを感じると、それは次第に少女自身の話へと変わっていった。


 自分の生まれ、育ち、どんな場所に行ってどんなことをしたのか、そこでなにを感じたのか。

 家族、兄がいること、両親はすでになく、兄の期待に応えたいと勇者の道を目指していること。

 最初は勇者を目指すために魔物を多く斬ったが、次第に何のために魔物を斬るのか疑問に思ったこと。

 そもそもなぜ人と魔物は敵対しているのか。

 それはいつからなのか。

 勇者制度とはなんのためにあるのか。

 

 そんな疑問を抱いたその時、ある魔物の噂を聞く。

 それは自分の故郷の森に存在する隠れた遺跡にいるという伝説のSSランク魔物の噂。

 そして、その魔物が自らを倒すべく挑んできた勇者、冒険者の数々を殺すことなく生かして帰すということ。

 それはまるで意思を持って人と対峙しているかのように。

 そして、いつしかその魔物に興味を持ち、その魔物に一目会いたいと訪れたこと。


「でね。アタシ思うんだ。勇者になるために魔物を狩ってポイントを稼ぐ。それって本当に必要なのかなって。自分が生きていける分だけ魔物を狩るんじゃダメなんだろうかって。人も魔物も生きてるんだしさ、もしも人と魔物が仲良く共存できたらそれが一番じゃないかって」


 そんな不思議なことを言う少女。

 それが出来ればどんなにいいだろうか。

 けれど、それはこの世界が魔物に求める役割ではない。

 アタシたち魔物は、いや特にSSランクであるアタシ達は人に倒されるべき存在。

 人が最終的目標として打倒すべき魔王の一人として存在している魔物だから。

 そのことを少女に対し、初めて答えた時、少女は心の底から驚いたような顔をアタシに向けた。


「び、びっくりしたー。あ、あなたって喋れたんだね。いきなりだったから驚いたよー」


 そう少女に言われて、確かにそうであったとアタシも後から気づいた。

 いつの間にか、この少女と過ごすことに慣れて、頭で考えたことを知らず口に出してしまったようだ。

 しかし、これまでアタシがしゃべれないと思いつつ、話しかけていたこの少女もずいぶんと天然だなと今更ながらに思う。

 けれど、そんなことなど関係ないとばかりに少女は明るく笑った。


「けど、初めてお話出来たみたいで嬉しいな。よかったらまた声を聞かせてくれると嬉しいかも」






 それから知らずアタシは少女が来るのを心のどこかで楽しみにしていた。

 遺跡の奥でひとり、そこを訪れる人間に対し試練という名の戦いを与えること。

 それだけがアタシの役割であった。

 それはアタシに限らずすべてのSSランクの魔物に与えられた役割。

 まさに魔王の如き役割であり、中には魔王そのものの役割を与えられるものもいる。

 必要とあればいつかアタシがその役割に収まることもあるだろう。

 だからこそ、アタシ達には人が持つあらゆる概念は必要ないとされていた。


 それはいわゆる家族であり、友であり、恋人であり、情そのものであった。

 けれども同時に、そうした概念を持つ人をアタシは羨ましいと思った。


 彼らが強くなる要因のひとつはいつも必ずそれらの内の一つが存在したからだ。

 家族のため、友のため、親兄弟、恋人、そうした想いを寄せる者達がいるから彼らは輝く。

 その輝きが羨ましかった。

 だから。


「ねぇねぇ、スコール。アタシと友達になってくれない?」


 少女がその言葉を口にした時の衝撃は忘れもしない。

 自分は人類の天敵であり、厄災そのもの。

 人に倒されるべき邪悪なる魔物達の王、その一角を担う存在。

 そんな自分に対して、少女は恐れることなくそう声をかけてくれた。


「ダメ、かな?」


 少女のその問いに対して、しかしアタシは告げる。

 自分の役割を。人は自分を倒すためにあるのだと、いつか自分は人に倒されなければいけないと。

 そんな自分と友情など結べるはずがないと。


「そんなことないよ! アタシはスコールのこと絶対に傷つけないし、スコールを傷つける人がいたらアタシが守るよ!」


 自分よりも遥かにか弱い存在であるはずの少女。

 その彼女がアタシのことを身を挺するように体を大きく広げる。


「それに、そういう役割とか難しいことよくわかんないけど、アタシは人が魔物を倒すような世界よりも、人と魔物が共存できるそんな世界の方がもっとずっと素晴らしいと思うよ。いつか二つの種族の境を壊して絆を取り持つ、そんな人がこの世界に現れてくれるってアタシは信じてる。そして、その時はアタシはその人の力になるんだ」


 それはこの世界で生まれ育った人間ならば絶対に行えないであろう偉業。

 だが、もしも、そんな世界が作れたのなら――


「だからさ、そういう世界を目指してアタシとスコールだけでも友達になろう。って言ってもアタシはもう友達のつもりだからね!」


 そう言って笑顔で手を差し伸べた少女。

 アタシはそんな彼女の示した友情に心を奪われて、その手をとってしまった。


 それこそがアタシが犯した二つ目の間違い。

 最初の間違いは、そもそも彼女と出会ったこと。

 最初の時に彼女を拒絶しなかったこと。

 それこそが大きな間違いであったと、後にアタシは知ることとなる。






 その日、珍しく少女が来るのが遅かった。

 気づくと彼女が来ないことに不安と寂しさを覚えていたことにアタシ自身、自分の心境の変化に驚いていた。

 だが、その日、やってきたのは少女と彼女と取り押さえた複数の冒険者であった。


「まさか噂はマジだったとはな……」


「ああ、SSランクの魔物だ」


 言ってその男達はアタシの姿を確認すると各々武器を手に取る。

 前はこのような好戦的な連中は軽くひねりつぶし、遺跡の入口に放り投げていた。

 だが、今回はそうはいかなかったなぜなら。


「おっと、動くな! お前がこの女と仲がいいのは知ってんだ! 動けばこの女の首を斬るぞ!」


 連中の一人が少女を拘束し、その首元に剣を突き立てていた。

 アタシは言われるがまま大人しく指示に従った。


「こいつは驚いたぜ。マジでこの小娘に情を持ってんのかよ、こんな魔物ごときが」


「ああ、信じられないが、だがこっちにしてみれば好都合だ。これで伝説と言われたSSランクの魔物をオレ達が討伐できるんだぜ!」


「ああ! SSランクを討伐すれば即座に七大勇者クラスの称号をオレ達ももらえるってもんだぜ!」


「確か先月、初めてひとりでSSランクの魔物を倒して七大勇者入りを果たした奴がいたよな? 英雄勇者だったか? 一介の冒険者から英雄の称号を持つ勇者入りだぜ。初のSSランク討伐は逃したが、こいつをやればオレ達も一気にそのクラスに格上げ決定だよなぁ!」


 言って各々、自分たちの名誉、地位、あるいはその後の報酬に目がくらんだのか浅ましいセリフを吐きながら武器を手に次々とアタシの体に傷をつける。

 本来、いつかは人の手によって倒されるべき存在なのだが、このようなやり方でアタシを倒したところで、人や世界の貢献に為したとは言い難い。

 だが、それでもこれで友達の命が救えるのなら安物だ。

 所詮、自分の命など世界のために用意された役割、駒にすぎないのだから。


 だがしかし、相手の腕が未熟なのか、あるいはアタシ自身の存在が強すぎるのか。

 一向に致命傷となる傷を与えられず、文字通りじわじわといたぶられる時間がすぎる。

 このような時、強すぎるのも問題だ。

 そう思いながらも、苛立った冒険者のリーダーの一人が剣をアタシの胸のあたりに刺し、それがようやく肉を貫き血を滴らせる。


「へっ! 化物が! ようやく刺さりやがったか! このまま心臓えぐりだしてやるから動くなよぉ!!」


 そう言って剣がドンドン肉を貫き、体の中へと突き刺さる事に大量の血が流れ出す。

 これでようやく自分の役割も終わりか。

 そう思い、瞳を閉じようとした瞬間、絶叫が木霊する。


「やめてえええええええええええ!!!」


 見るとアタシの命を奪えることに油断したのか少女を捕らえていたはずの男の気が緩み、その男を払い除けて少女がアタシの胸に剣を突き立てる男へと迫る。

 その背中を後ろから羽交い締めにして男を剣から突き放す。


「やめてぇ!! スコールを、アタシの友達に手を出さないでぇ!!」


「て、てめえ! この、クソアマが! 離しやがれ!!」


 男を突き倒しアタシに刺さった剣を抜こうと近づく少女。


「待ってて、スコール。いま助けるから……」


 いつもの優しい微笑み。

 アタシを友達と言い、彼女はアタシに突き刺さったままの剣を手に取り、それを胸から引き抜く。

 安堵するような少女の笑顔。

 次の瞬間、彼女の背から血が流れるのが見えた。


「……あ、れ……」


 音もなく笑顔を浮かべたまま少女が倒れる。

 彼女の背後では剣を振り下ろしたままの姿勢の男が立っていた。


「バカ野郎! なに殺してんだ!」


「構わねぇよ! どうせそこの怪物は今の傷で死にかけだろう! もうこうなったら人質なんかいらねぇさ! オレ達だけでも十分殺れるぜ!」


「……それもそうだな。おい、止めを刺すぞ!」


 そう言ってアタシを取り囲む男達の声は聞こえなかった。

 アタシは倒れた少女を抱き抱え、彼女が最後に浮かべた笑顔とその言葉を忘れなかった。


「……ありがとう……アタシと、友達に、なって、くれて……」


 それが少女――リリィの最後の言葉であった。


 アタシは後悔した。

 自分の犯した過ちを。


 一つ目は彼女と出会ったこと。

 二つ目は彼女と友達になったこと。

 そして、最後の三つ目はアタシが最初から言いなりにならずに本気でこいつらを殺しにかかっていれば、この子を殺す暇さえ与えず、この子を救えたのではないかという過ちの選択。


 アタシはこの子の命を救う方法が三回もありながら、全てそれを自分の感情に任せて放棄した。

 ゆえにこの子を殺したのは――アタシだ。

 アタシの愚かで浅はかな選択がこの子を殺した。


 許せない。

 その怒りはこの子に刃を向けたこいつらではなく、アタシ自身へ向けられたもの。

 そう、死ぬべきは――アタシの方だったんだ。






 気づくと血まみれの死体の中でアタシはリリィを抱えたまま初めての涙を流していた。

 この子は、この子だけは殺してはいけない。

 自分のような殺されるために用意された駒が生きて、彼女のような世界が望んだ存在を殺すなんて間違いだ。

 そうだ、これは間違い。

 あの時、死んだのはアタシ。

 SSランクの魔物、太陽狼スコールが死んだ。

 この子は、リリィは死んでいない。

 それが事実だ。


 リリィが死んだなんて事実は――あってはいけない。


 気づくとアタシの姿は変わっていた。

 本来、SSランクの魔物に備わった人化の能力。

 多くはそれを使用することすらなかったが、必要な時があれば自らが定めた姿へと変化できる。

 だからアタシは――リリィを選択した。

 彼女の姿、そして記憶。

 彼女からずっと聞かされてきた彼女が生まれてからこれまでの軌跡。

 彼女の人格の全て。


 アタシは自分という存在を消した。

 自分が魔物であることを消した。

 なぜなら、ここで死んだのはSSランクの魔物。

 生き残ったのはリリィ。


 彼女は生き続ける。なにがっても。これから先ずっと。


 そして、森で彷徨っていたアタシは兄に拾われた。

 前後の記憶がなく、多くの記憶の欠如が見られたが、それもなにかの事件に巻き込まれたため。

 そう判断した兄のおかげで養生した後、アタシはリリィとして勇者の称号を得て、そして――キョウと出会った。

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