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64「次鋒戦・刺身料理対決!」

「これは……なんと見事な包丁さばきか」


アマネスが次々と繰り出す鮮やかな包丁さばきによって、ヒュドラの肉に存在した毒のある部位を全て切り落とし次々と刺身として仕上げていく。

それを前にグルメマスターをはじめとしたこの会場に集まったメンバー全員がその見事な業前に見惚れていた。


「どうした、そちらは刺身の切り落としに入らないのか?」


一方の四天王のひとり神聖獅子の異名を持つスピンと呼ばれた人物は包丁を手に握るどころか食材すらまな板の上に乗せず、ただじっとアマネスの包丁さばきを観察し、やがて静かに笑みを浮かべる。


「僕の種族についてはご存知でしょうか? 戦勇者さん」


「確かにスフィンクスだったな」


「そう、知識の番人とも呼ばれる魔物です。僕たちスフィンクスにとって知識とは力。そして知識とはすなわち情報です」


そう言ってスピンがまな板の上に用意した肉を見てオレ達は驚愕する。

なぜならそれは今まさにアマネスが調理しているヒュドラの肉そのものだったのだから。


「驚きましたか? あなた達がどのような食材を用意するのか、ここ三日様々な情報収集を経て行き着きました。ですが、これで終わりではありませんよ」


そう言った次の瞬間、手に持った包丁を鮮やかに駆使しヒュドラの肉をさばいていくスピン。

そのさばき方、毒のみを削る包丁さばきは今まさにアマネスが行っているものと全くの瓜二つ、同一と言っていい動きだった。


「驚いたようですね。そう、これこそが僕が能力、四天王がひとり“神聖獅子”が持つ相手の技術を全てそのままコピーする模倣能力です」


そんなオレ達の様子を面白げに見ながらスピンは今回の料理勝負に対する仕掛けと解説を始める。


「なぜ僕が今回、刺身料理を指定したのか、お教えしましょうか。それは調理法封じ以外にもう一つ、単純な技術のみの料理となるからです。そして、それは僕にとって最も相性のいい料理勝負となる。なぜなら僕の能力は相手の技術や技法を一度見るだけで完璧にコピーできる能力。包丁さばきによる鮮度が命の刺身勝負においてそれは相手の料理に対し決して負けないことを意味するのです」


そのスピンの種明かしにオレ達は今回の指定料理の裏に仕掛けられていた巧妙な罠に気づかされた。

確かにほかの料理でならわずかな調味料の差などでも味が大きく異なる場合もある。

いくらスピンが相手の技術を完璧にコピーできるとは言え、そこにはわずかな誤差も存在するだろう。

だが、今回の刺身勝負においてなら相手の包丁さばきと同等の腕をもってすれば決して負けない勝負になる。


そして両者全く同時にヒュドラの肉をさばき、刺身として皿へと並べる。

その配置すら寸分たがわず同じ配置と切り口であった。


だが次の瞬間、両者が取り出した調味料を見て再び驚愕する。

なぜならスピンが用意した調味料の全てまでもアマネスが用意したそれと全く同じものだったのだから。


「情報の収集は終えているといいましたよね。そちらがどのような調味料を用意するかも把握済みです。そして、ここであなたと僕との刺身に決定的な違いを与えましょう」


そう言うと同時にスピンは用意した調味料を次々と刺身へとふりかけていく。

そして、最後の仕上げとばかりにアマネスの側にはない調味料を取り出し、それを完成した刺身の上へと垂らしていく。


「あれは……オリーブオイルか!」


その正体に気づいたのか親父が「しまった!」という顔で叫ぶ。


「そう、相手と全く同じ料理を完成させ、その仕上げにちょっとした工夫を凝らす。この詰めで負けない勝負は必勝へと変化するのです」


そうしてスピンの料理が完成する。

それはまさにアマネスが完成させる料理の進化版であり、本家を上回る隠し味が乗せられた刺身料理であった。


だが、そんなスピンの刺身に対し、未だ調味料を前に静かに佇んでいるアマネスはわずかに笑みを浮かべる。


「……ああ、分かっていたさ。お前がそういう能力を持っていることを。だから私はこの最後の調味料でお前とは逆のことをする」


そう言ってアマネスが用意した調味料の中から手に取ったのは酒。

それも日本酒のような酒瓶を小皿に垂らし、それだけであった。


「こちら戦勇者の刺身もこれで完成だ」


そのアマネスの発言にオレは耳を疑った。

なぜなら、本当ならこのあとスピンと同じく刺身に用意した調味料をいくつかふりかけ味を整えるはずが、ただ酒を小皿に垂らし、包丁でさばいただけの文字通りただの刺身を持って完成と言った。


それはもはや見ようによっては勝負を捨てたと思われる発言であった。


「ふむ。ではこれで両者ともに料理は完成とする。なおルール上、スピンの調理法は反則には含まれぬ。むしろ目の前の調理法をたった一度見るだけであそこまで完璧に再現した技術をこそ賞賛し、それを踏まえた上で試食へと移る」


そう言ってグルメマスター含むオレ達のテーブルの前にアマネスとスピンが作ったヒュドラの刺身が置かれる。

現状、こちらの状況はかなり不利と言ってもいい。

全く同じ技量の刺身に対し、スピンは最後の仕上げに調味料による様々な味付けを行い。こちらはただ酒を注いだ小皿があるだけ。現状、こちら側がスピンの刺身に対して優っている点が一点も見つからないのだ。


「ほお、これは見事な刺身だ」


「口の中で甘くとろけるような味。魚とも馬刺しとも異なる食感と歯ごたえ。

やはりヒュドラの刺身ともなると格別ですな」


「なによりこの調味料。醤油とレモン、ワインビネガー、さらにはオリーブオイルが刺身の旨みを引き出しより味わい深いものを出している。これだけの調味料をバランスよく配分するとは見事」


ふたつの刺身を味比べてみるが、どちらも単純な旨さでは互角に思える。

だが、しかしやはりスピンの刺身の方が調味料による味わいのよさがより深く出ていた。

特に最後の詰めとして使用したオリーブオイル。

オリーブオイルは魚介類との相性が高く、味わいをより濃厚にする力を持っている。

正直、二つの刺身を食べ比べ、味に関してはやはりスピンの調理したヒュドラ刺身の方がわずかに優っているのが純粋な感想であった。


「――ではこれより勝者の発表を行う」


そうこうオレ達が悩んでいる間にすでにグルメマスターをはじめとする審査員達の話し合いが終了し、勝者のカウントダウンへと移っていた。


「今回の指定料理刺身という料理をどちらがより引き出していたか、その点を重視して結果を発表する」


あああー! もうやめてくれー! これで二敗確定だー!


「勝者は――“戦勇者”アマネス」


くそー! 残り三勝なんとしても残りのオレ達が勝つしか――って


「え?」


審査員のその発表を前にオレ達だけでなく、対戦相手のスピンですら驚愕をしていた。


「馬鹿な! 僕の料理は完璧にそっちの料理を模倣したはず! それだけでなく決め手の調味料において頭一つ抜いたはずだ! なのになぜ?!」


「そう思うのならばお主のさばいた刺身と、そちらの戦勇者がさばいた刺身。よく比べてみるがいい」


そうグルメマスターに促されるように二つの刺身を口に入れるスピン。

オレもそれに倣うようにもう一度ふたつの刺身をよく味わう。

スピンの刺身は調味料をかけたものをそのまま、そしてアマネスのは用意された酒に刺身をわずかに漬け口の中へと入れる。すると。


「……! これは!」


「わずかだけど、アマネスの刺身のほうがより歯ごたえがあって瑞々しい」


それは何度口の中で味わうことでそれはハッキリと鮮明になっていく。

同じはずの肉。同じはずの包丁さばきにも関わらず、なぜかアマネスの刺身の方がわずかにシャキリとして素材の味がよく出ていた。


「なぜです……僕はあなたの調理法を完全にコピーしたはず。その上、最後の調味料でもあなたの上を行った……なのに、なぜ?!」


「単純なことだ」


そんなスピンの叫びにも似た疑問にアマネスは手に持った包丁を見せびらかす。


「技術は模倣できても、武器だけはそうはいかないだろう?」


そのアマネスの発言にスピンは「はっ」と気がついた。

そう、それはアマネスが自身の創生スキルによってクリスタルゴーレムから生み出した世界でただ一つの一品。まさに伝説の武器に匹敵する包丁。


「使う武器がよければより良く獲物をさばける。戦場にて武器を使う者にとっては常識だろう」


まさかここに来て散々振り回していたクリスタル包丁が最後の詰めを折るとは!

だが、それでもまだ納得していないように食いつくスピン。


「仮にそうだとしても、それだけで大きな違いが出るはずはない! 現に僕は調味料で仕上げた刺身に味わいをつけて……」


「それが間違いなんだよ、神聖獅子とやら」


と続けようとしたスピンの言葉を遮る親父。


「刺身っていうのは鮮度、包丁さばき、それ以外にももう一つ重要な要素がある。それはいかに“素材そのものの味”を提供できるかだ」


その言葉にスピンは再びなにかに気づいたように悟る。


「その酒は……ただの酒ではないのか?」


「おうとも、こいつは煎酒と呼ばれるものよ」


煎酒。オレは聞き覚えのない酒だが、そこは親父が詳しく説明してくれた。


「オレのいた世界において醤油という調味料が確立される前に使われていた特殊な酒だ。酒に梅干、だしや鰹節といったシンプルな材料でできてる。だが、そいつが逆にいい。醤油ってもんは確かにそれ自体の味が旨く、どんなものにでも合う。だが、だからこそ醤油の主張が強すぎる」


そこまで言ってオレもこの料理においてなにがアマネスの料理が決め手となったのか、なんとなくわかってきた。


「だが、この煎酒に関してはそれがない。味は穏やかでさっぱり、言ってしまえば薄い風味だ。だからこそ“素材の味”そのものを殺さない」


言って親父はアマネスの刺身と、そしてスピンの刺身とを指し比べる。


「お前さんの料理は確かに料理としての味は格上だ。だが、刺身という素材そのものの味が鮮明なのはアマネスの方。お前さんは刺身料理は最も模倣がしやすく、最後の仕上げで明確に差をつけられると言ったな? 確かにその通りだ。だが、刺身料理という本来の指定料理の持ち味をお前さんは自分の能力と技術で余計に盛ってしまった」


それはまさに自分の能力と技術に絶対に自信を持っていがゆえの落とし穴。

それに気づく、文字通り膝から崩れ落ちるスピン。


「……まさか、最初から僕のこの能力を踏まえた上で、あえて調味料を用意しながらも土壇場でそれを使わず、その中のたった一つの本命、煎酒のみを使ったというのですか。すべて計算の上で……?」


「いや、違うな」


そのスピンの発言にアマネスは堂々と答えた。


「私の腕では調味料を混ぜて作るなんて繊細な真似は結局できなかったからな! だから親父殿と賢人勇者よりもう一つに絞れよ。との助言を受けて、これを選んだ! ただそれだけだ!」


そのアマネスの発言にはスピンのみならずオレ達まで唖然とした。

まさかの計算されたスピンの模倣料理が、相手がどこまでも素人だったがゆえに素材のみの味となり、それが結果として勝利に繋がるとは。


だが、いずれにしても結果は結果。

ここにオレ達は奇跡の逆転劇。一勝一敗という白星を勝ち得た。

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