62「戦勇者VS神聖獅子」
「すまねぇな。大見栄切っておいてこの様とは面目ないねぇ」
先鋒戦にて一敗を喫したオレ達。
親父にしては珍しくいつもの飄々とした態度はなく、申し訳なさそうに謝罪していた。
「気にするなって。どっちみち親父が勝てなかった相手じゃオレ達の誰が相手でも結果は同じだったろう」
それはオレ達全員の本音であり、そんなオレ達の慰めに対して親父はいつもの飄々とした笑みを浮かべる。
だが、いずれにしてもこの最初の勝敗は大きい。これによって一気に流れを持っていかれる可能性もある。
なんとしても次の対戦で流れをこちらに取り戻したいところだ。
「では次の二回戦、次鋒戦の対戦相手と指定料理の開示を行う」
そうして間髪入れずグルメマスターの宣告と同時に発表されたそのオーダーは直前のオレの思考に水をぶっかけるものであった。
『第二回戦 “戦勇者”アマネス 対 “神聖獅子”スピン』
『指定料理:刺身料理』
あ、これアカンやつですわ。
そのオーダーを見て真っ先にオレが思った感想がそれであった。
「ふふふ、早速の出番か。任せておけケイジとやら、お前の仇はこの私が討ってやろう。そう、このクリスタル包丁によってな!」
そう言ってブンブンと手に持った包丁を振り回すアマネス。
だから危ないからやめてください。
一方の対戦相手は例の褐色の肌に鷲の翼、獅子の尻尾を持った半獣人の男性。
「まさかあの戦勇者と戦場以外でこうして手合わせの栄に預かるとは思いもよりませんでした。いずれにしてもお手柔らかにお願いします」
「ふふ、どうかな。たとえ戦場以外でも私は手を抜かんぞ。そちらもそのつもりでいるがいい」
血気盛んなアマネスとは正反対にスピンと呼ばれた魔物は紳士な対応と笑顔を浮かべた。
これ言っちゃあなんだけど二敗のフラグ来てませんか? 大丈夫ですか? 詰んでませんか?
「なるほど。だが刺身料理というのは不幸中の幸いかもしれんぞ。ほかの料理ならともかくそれでならこちらのアマネスが勝てる勝算は僅かにだが存在するぞ」
というわけであれから次の指定料理対決に備えて三日間の準備期間を与えられ、オレ達はアマネスの城に戻り、早速魚介料理の専門勇者とも言うべき“賢人勇者”カサリナさんを呼び寄せ助言を受けていた。
「こちらのアマネスは儂の見立てによるとかなりの才能がある。わずかな月日で人並み以上にまで料理の腕を上げたのは見事じゃ。おそらくもう何年か修行を積ませれば儂はおろか料理界のトップに立つのも夢ではないだろう」
ほお、随分とアマネスの実力を買っているのですね。カサリナさん。
「とは言え、現状ではあくまでも人並み以上というもの。聞いた話によれば魔王の料理の腕は相当に立つということらしいな。ならばその配下の四天王達も魔王の指導のもとかなりの実力を持っていると思っていいだろう。ならば、そのような者達相手に多少手の込んだ料理で対抗したとしても焼け石に水じゃ。じゃが、ただひとつ素材の旨みのみで勝負できる料理が存在する」
そのカサリナさんのヒントにオレも自然と答えに行き着いた。
「そうか。刺身料理」
「そのとおりじゃ。刺身には調理による技巧よりもただ単純に包丁さばきによる腕がその味を高めると言っていい。そして、現状お主たちのメンバーの中で最もその包丁さばきに特化しているのは他ならぬアマネスじゃ」
確かにカサリナさんのその指摘のおかげでこちらにも希望が持ててきた。
もしもここで指定料理が調理に手間のかかるものだったなら、その時点でアマネスの敗北は喫していただろう。
巧みな調理法を得意とする料理人からすればいかに包丁さばきのみで技工を凝らすかといった刺身料理は人によっては頭を抱える料理になるだろう。
相手もおそらくそうした調理法封じを狙っての指定料理だったのだろうが、今回はそれがこちらにとって有利に働いていた。
「ふむ。よくわからないが確かに何かを斬る事に関しては私の右に出るものはいない。その刺身とやらも私が鮮やかな手並みで切ってやろう」
とアマネス本人も確かな自信のもと頷いていた。
「まあ、この世界の料理勝負はなにも旨さだけが勝敗につながるとは言えないさ。そいつにしか作れないこだわりと技術。さらには画期的な小細工でもいい。そうした味とは関係のないところにこそ、評価も繋がるんだからよ」
そうアドバイスするのは親父。
確かに。実際、それが原因で負けた親父の言葉には重みもある。
考えてみればオレが大料理大会で準優勝まで行けたのもそこに理由があった。
オレが作った料理はどれも単純な味で言えばカサリナさんにもシンにも届いていない。
そのオレが二人に勝利できたのは小細工と、オレにしか作れないであろう発想の転換、料理の末。
素人だったオレがあそこまで勝利できたんだ、確かにアマネスにもチャンスはある。
「とは言え、刺身料理における問題もひとつある。それは食材に何の魔物を使用するか、その一点であろう。ここでの選択によって勝敗そのものが大きく決定すると言っても過言ではない」
確かに。
刺身料理とは素材の旨さそのものが味に直結する。
ならば、ここで選ぶべき食材によってその味も決定する。
では一体なにを選択するべきか。
以前、オレ達が使用したリヴァイアサンを再び狩りに行くか?
いやいや、刺身と言っても魚などに限定する必要はない。
文字通り刺身となるものならばどのような食材でも可能なはず。
相手もその点をつき意表を突いた食材を持ってくる可能性は高い。
たとえば馬刺し。
生肉などの刺身も魚とは異なる歯ごたえと味で広がりを持つ。
ほかにも牛、イカなど様々な選択肢があるが、どれもピンとは来ない。
そうやって悩んでいると、それまで黙っていた親父が口を開いた。
「なら、ヒュドラはどうだ?」
その親父が出した魔物の名にカサリナさん含むこの場の全員が息を飲んだ。
「ケイジ殿。正気か? 確かにヒュドラはSランクの魔物。その価値も危険度同様に高いが、ヒュドラを刺身に用いるのは不可能だ」
「え? それってなぜですか? カサリナさん」
「キョウ。お主は知らないのか? ヒュドラは全ての魔物の中で最も強い毒を体内に有しているのだ」
カサリナさんのその話を聞いてオレは思わず頷いた。
確かにヒュドラと言えばオレのいた地球でも神話に登場する魔物だが、そのヒュドラで最も有名なのが体内に有している毒だ。
一説ではヒュドラが有するその毒でギリシャ神話における英雄ヘラクレスも死んだとされる。
確かにそんな魔物を刺身に使うのは危険すぎると思ったのだが。
「なるほど、そういうことか。ケイジ、お前は私を試そうというのだな」
親父からのその魔物の提案を聞き、アマネスは面白そうな笑みを浮かべた。
「ああ、そいつができるならお前さんの勝利の可能性も高まるってもんだ。どうだ? 自信はあるか」
「愚問だな。戦勇者の名に恥じぬ戦いと剣さばきを見せてやろう」
そう言ってアマネスはクリスタル包丁を片手にマントを翻し「出陣だ!」とばかりに歩き出す。
なにがなんだかわからないがオレ達もその後に続こうとした瞬間、この城の兵と思わしき人物が扉を開き、慌てた様子で中へと入ってきた。
「た、大変です! アマネス様!」
「どうした騒々しい。私はこれからヒュドラ狩りに行くところなんだ。急ぎの用でなければ後にしろ」
「それが我が国への侵攻です!」
「なに? そんなはずはないだろう。魔王軍は私達との勝負が着くまで軍は動かさないと約束したはず。あの魔王が自ら契約を破るはずはない」
「いいえ、違います。魔王軍ではありません!」
続く兵からの言葉にこの場に集う勇者の称号を持つ者達の間に緊張が走る。
なぜなら、その名は勇者の称号を持つ者にとって無視できない人物の名であったのだから。
「侵攻を行っているのは“帝王勇者”ロスタム率いるアルブルス帝国の軍です!」
それは隣国アルブルス帝国を支配する帝王にして七大勇者のひとりであった。




