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51「金色の獣、戦場に降り立つ」

灰色の空と灰色の大地。

その戦場に広がる無数の魔物と兵士達。


魔王領と呼ばれるヴェンディダート領とヴァルキリア王国の境界。

その荒野にて戦は勃発していた。


無数の押し寄せる魔物達を退けるヴァルキリア王国の兵士達。

その陣頭に立つのは王国の女帝にして“戦勇者”の異名を持つアマネス。

そしてその隣にはオレ達も同行していた。


「さて、いよいよ戦闘が開始された。私は兵たちの指揮をして全体の戦況を把握しなければならない。ゆえにお前たちに直接協力することはできないが、あとは任せてよいのだな?」


「構わないわよ。この戦場に来てるっていう四天王のひとりはアタシ達の方で片付けるから」


「ああ、なんて勇ましいセリフ。可憐なリリィちゃんの口からそんな言葉を聞くと思わずときめいて抱きつきたく」


「もう抱きついてるわよ。離しなさいー!」


相変わらずのやり取りを横目で見ながらも、アマネスはこちらの心配をする素振りはなく、むしろ信頼しきった感じで声をかける。

彼女の声を背にオレ達はロックの背に飛び乗り戦場を駆ける。

途中、何度か魔物の襲撃を受けるものの、まだ成熟しきっていないとはいえロックの戦力はすでにAランク相当になっている。

相手がSランク相当でなければまず遅れは取らない。

そう思った矢先、地上から発せられた黒い衝撃波がオレ達を乗せたロックに直撃する。

ただの風や衝撃波ではない、巨大な魔力が乗せられたそれは回避する暇さえ与えずロックの防御と空中制御を吹き飛ばし地上へと叩き落とす。

衝撃のあまり目を回してるロックから飛び降りたオレ達の前にひとりの青白い肌の着飾った男の現れる。


「これはこれは、美しい小鳥が迷い込んだかと思ったら、鳥ではなく花でしたか」


オレ達、というよりもオレの前に立つリリィやフィティスを見て、そう言ったのだろう。

目の前に現れた男は一見すると優男風なただの人間にしか見えないが、その異常なほど青白い肌と、うっすらと微笑んだ口から見える犬歯、そして溢れる威圧感が明らかに人間のそれではないことを証明していた。


「他の魔物とは雰囲気がだいぶ違うようだけど、アンタが魔王四天王の一人と思っていいのかしら?」


「ええ、その通りです。魔王四天王が一人“吸血貴族”アルカードと申します。以後よろしくお願いいたします」


「ヴァンパイア種族ですわね」


リリィの隣りに立つフィティスがそう呟く。

なるほど、ヴァンパイアと言えばファンタジー世界の定番にして王道の魔物。

その姿形こそ、イケメンな人物で登場することが多いが連中の多くは強力な魔物として描かれている。

確かに四天王の一人には相応しい種族か。


「当然ランクはSランクなんだよな?」


「ええまあ、当然です。通常のヴァンパイア種ならばAかBランクでしょうが、私は少々特別な存在でして、ロードと呼ばれるヴァンパイアの最高進化種ですので。おそらく、あなた方が束になっても私に勝つのは不可能と思いますが」


そう優雅に語る男、アルカードからはこちらを見下すわけではなく己の実力に対する絶対の自信が存在していた。

確かに見るからに強者な雰囲気だし、こちらはリリィやフィティス、ロックがいるとは言え勝てる自信が全く起きない。ジャック? あいつは戦力外なので。オレもだけど。

と、そんなオレの考えをよそにひとり落ち着き払った様子でリリィが一歩前に出る。


「心配しなくても束になってアンタの相手をする気はないわよ。アンタの相手はアタシひとりで十分よ」


「ほう」


リリィのそんな強気な発言におもしろそうに目を細めるアルカード。

っておいおい、マジでそんな強気なこと言って大丈夫なのかよリリィ。

と思っていたら、なにやらこちらを心配そうに見つめて来る。

やはり不安なのか?と声を掛けようとした瞬間。


「キョウ。ひとつだけいいかな?」


「なんだ」


「これから先、アタシがどんな姿になっても……今までと変わらず接してくれるかな」


それはこれから起こることへの不安に怯えるような目であった。

オレはそんな彼女に対して心配するとばかりに胸を張る。


「当たり前だ。こっちに来てからいろんな体験をしてきたオレが今更ちょっとやそっとのことで見る目を変えるか」


そんなオレの声にいつもの嬉しさをこらえるような苦笑を浮かべ、リリィは目の前の敵に向かい合い、そして――手に持った剣を捨てた。


「どういうつもりですか。まさかあれだけ大言を叩いて降参ですか?」


「そうじゃないわよ。これから先のアタシには武器なんて必要ないのよ」


そう宣言した瞬間。リリィを中心にざわりと空気が変わる。

それは目を疑うような光景であった。

リリの金の髪が逆立ち始めたかと思うと、その頭のあたりに獣の耳のようなものが生え、お尻のズボンのあたりからは長くふわふわな尻尾が生え出す。

両の腕には金の毛皮が覆うようにまとい始め、その指先には鋭い爪が生える。

体のあちらこちらには紋様のようなものが浮かび、気づくとリリィの姿は金色の獣とも呼ぶべき半獣人の姿へと変貌していた。

そこから溢れる気配は目の前のSランク魔物に匹敵、いや上回るほどの圧力であった。


オレ達のみならず呆気に取られている目の前のアルカードの隙をつき、音速を超える速度でアルカードの間合いに入ると同時にその胸に渾身の拳が入る。


「――がはっ!」


音速を超えたその拳と衝撃はアルカードが吹き飛んだあとに遅れて衝撃と音がやってくる。

しかしその音すら置いていき吹き飛んだはずのアルカードの背後に瞬時に移動するリリィ。

だが、相手もまたSランクの魔物。

瞬時に反応を起こし、吹き飛んだ体制から身をよじり、リリィの二撃目の拳を受け止める。

のみならず受け止めたその拳からは先程アルカードが放った闇の衝撃波。その数千倍もの魔力が凝縮され始める。


「驚きましたよ。美しい花と思っていましたが、とんでもない。なんと、なんと美しい獣でしょうか! あなたに対しわずかでも手加減をしようとした我が身の恥をお許し願いたい! 改めて我が名はアルカード! 闇の吸血種族、その最高位を冠する者として全力であなたとお相手願いましょう!」


その宣言と同時にアルカードの手から生まれた闇の球体が両者を包み、その場に時空を歪ませるほどのブラックホールを生み出す。

すでに周囲の重力は歪み、物理法則は崩壊し、大地にはクレーターすら穿たれている。

だが、その強大すぎる闇の力場に飲み込まれながらも、凛とした少女の声が響いた。


「あいにくだけど、そういう口説き文句は飽きてるのよ。けど、アンタのその礼節に応じてアタシも全力で行ってあげる」


その瞬間、アルカードの手より生まれた闇の球体が砕ける音がした。

二人を中心に生まれた闇の力場が瞬時に崩壊し、まるでガラスの欠片のように砕ける光景が広がる。

その中で驚愕に顔を歪ませるアルカード。

なにが起こったのかオレにも分かる。

リリィは、アルカードが放ったであろう最高の能力をただ“力のみ”で砕いたのだ。

そこには技も駆け引きもない。ただ圧倒的な力の差。

それをもって両者の勝負は付いた。


闇の力場を破壊したリリィの拳がアルカードの腹に再び入り、だがその拳による一撃はアルカードを再び立ち上がらせることなく、静かにその場に沈める。


前にSランクであるリヴァイアサンを仕留めるときは、リリィのみでなくフィティスやイースなど数人がかりでやっとだったという。

その同じSランクであるはずのアルカードをこうもあっさりと沈めたリリィの実力にオレだけでなくフィティスも唖然とし、そんなオレ達の背後から戦場を移動してきた戦勇者アマネスの声が聞こえる。


「あれこそ私が惚れたリリィの力。すべての勇者の中で唯一“魔物”の力をその身に宿すことができる勇者。それこそが“獣人勇者”リリィだ」


金色の獣によるその圧倒的勝利により、進行していた魔物達の足すら止まり。

ここに戦場における決着はついた。

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