172「見知らぬ地にて」
「ルーナ? 君の名前、ルーナっていうのか?」
「うん、そうだよ。あれ、もしかして僕のこと知ってるの?」
自らをルーナと名乗った少女に対し、オレは思わず詰め寄る。
ルーナ。
それは間違いなくオレ達と共にいた彼女の名前。
だが、今目の前にいる少女の外見はオレ達が知るルーナとは似てもにつかない。
唯一、類似してる点を挙げるなら、それは肌が同じ褐色であるという点だが、それ以外は全く異なると言っていい。
第一髪の色。
オレが知るルーナはルーナの髪は月のような銀色だったが、こちらの少女は太陽のような金色。
顔立ちもあちらが少し大人びた綺麗系に対し、こちらは素朴なかわいい系。
あちらのルーナにはこの子のソバカスなども無かった。
それに身長なども全く違う。
同じ名前の別人?
そう考えると辻褄は合うが……。
思わず唸るように目の前の少女を見つめるオレに対し、少女は困ったような笑みを浮かべる。
「あ、あははー。いきなり初対面の人にそこまでマジマジと見つめられるとちょっと照れるかなー」
「! あ、ああ、そうだよね。ご、ごめん」
少女――ルーナのセリフに確かにマジマジと見すぎていたと反省する。
うーん。やはり、ここでは別人と考えた方が良さそうだな。
少なくとも向こうはこちらに見覚えは全くないようだ。
そんなことを思っているとオレの隣にいたロックがルーナの前まで来ると、彼女の顔を見上げる。
「? どうしたの?」
屈託なく笑顔を見せるルーナに対し、ロックはそのまま彼女の足に抱きつく。
「わっわっ、なに!?」
驚くルーナであったが、しかしロックはそのままルーナに抱きついたまま、どこか安堵した様子で微笑む。
「ルーナおねえちゃんだぁー」
そこには別れた姉妹と再会できたような喜びがあり、嬉しそうな笑みを浮かべたまま抱きつくロックをオレもルーナも引き剥がせずにいた。
しばらくロックがルーナの足に絡みつくが、ルーナもそれに対し悪い気分はしていないのか、むしろしゃがみこんでロックの頭を優しくなでる。
「うんうん。なんだかよく分からないけれど、僕のことお姉さんか何かと思ってくれたのかな?」
「うん!」
そう答えるロックに対し、ルーナは嬉しそうに笑みを返す。
「えへへー、そっかー。嬉しいなー。僕には兄弟とかいなかったから君みたいな可愛い妹がいたら、僕も嬉しいよ」
そう言ってクシャクシャと嬉しそうにロックの髪の毛を撫で回し、ロックもそれを嬉しそうに受け止めている。
そのさまは少し前まで、あのルーナにじゃれついていたロックを思わせ、オレは知らず笑みを浮かべていた。
「ところで君達、こんな砂漠のど真ん中にいたってことは旅人かな? それとも迷子?」
「ええと、どちらかというと後者ですかね……」
「そっかそっかー。うんうん、そういうこともあるよねー! じゃあさ、僕のいる街まで案内してあげようか?」
「! 本当ですか!?」
「いいよいいよー。困ってる人を助けるのは勇者の使命だからねー」
そう言って腕をまくるルーナ。
正直、この状況で助けてくれるのはありがたい。
ここがどこか、右か左かも分からなかったのだから。
目の前の少女に関して、聞きたいことは山ほどあったが、今はとりあえずここから移動するのが先決だ。
しかし、こんな何もない砂漠からどうやって移動するのだろうか?
一応、ここにいるロックが魔物の姿に変化すれば、その背中に乗って移動も出来るが、何も知らない目の前の少女にそのことを明かすわけにもいかないし……と悩んでいると、ルーナが先ほど倒したサンドワームの死体へと近づく。
はて? 一体何をするのだろうか? と思った瞬間、とんでもないことが起きた。
「――解析――分離――融合――再構築――」
ルーナがなにやらブツブツと単語を呟いた瞬間、目の前にいた巨大なワームが粒子となり、ルーナの体の中へと吸収されていく。
その後、僅かに何かをつぶやくと、再びルーナの中に入っていった粒子達が外へと溢れ、見るとそこには先ほど倒したはずのワームが全くの無傷で再び現れていた。
「なっ!?」
ど、どういうことだ! 蘇生させた!?
い、いや、だとしてもなんでそんなことを!?
また襲いかかってくるんじゃ!? と焦るオレであったが、ルーナの目の前に現れたワームはあろう事か、そのままルーナにかしずくと背中を差し出し、それにルーナが乗るとワームがズルズルとこちらへと近づいてくる。
「お待たせ。それじゃあ、この子に乗って移動しようー!」
「へ?」
思わず間抜けな声を上げるオレであったが、それはロックも同じであり、驚いた顔をしたままワームに乗るルーナを見上げている。
「ち、ちょっと待ってくれ。その魔物乗っても……大丈夫、なの?」
恐る恐る聞くオレに対し、ルーナは笑みを浮かべたまま答える。
「大丈夫だよー。問題ない。この子は僕の力で新しく再構成した魔物だから、僕の言うことには絶対に聞いてくれるし、もう危険じゃないよ。ほらほら、その証拠にこうやって曲芸もできるよー」
そう言ってルーナを頭に乗せたワームは大きくジャンプすると、そのまま砂の中に潜り、再び地上に顔を出す。
それはまるでイルカのジャンプショーであり、ルーナは砂まみれになった体を拭きながら、楽しそうに笑っていた。
「さっ、乗って乗って」
そう言ってワームの背中を指すルーナに急かされるようにオレとロックはワームの背中にまたがる。
しかし、ワームは暴れる様子も一切なく、オレ達が乗ると同時にルーナが合図を送ると、そのまま砂を水のようにかき分けながらすごいスピードで泳ぎだす。
うおっ、確かにこれなら移動はかなり便利だ。
以前オレ達が乗ったコブダよりも楽かも。
そんなことを思いながらオレは先ほどルーナがやったことを思い出しながら、彼女に声をかける。
「それにしてもすごいな、ルーナは。君ってもしかして、さっきみたいに魔物を作れるのか?」
「うん、そうだよ。それが僕が持つ大勇者のスキルだから」
「へえー……って大勇者!?」
「あれ? 最初に言わなかったっけ?」
大勇者という単語に思わず驚くオレであったが、そういえば最初の自己紹介の時に言っていた。
というかルーナという名前の単語の衝撃が大きくて、そこに思考が行っていなかった……。
「えっとね、詳しく説明すると難しいんだけど、まあ、さっきみたいに死んだ魔物を新しく作り変えるみたいなやつかな。正確には違うんだけど。ちなみに今、この世界でこんな風に魔物を作れる人は三人しかいないんだよ? 一人は僕。で、もうひとりが僕のお父さん」
「へえ、ルーナの父親も魔物を作れるのか」
「うん。と言っても僕とは全然違うやり方だし、作れる魔物は決まってるんだけどね」
オレの魔物栽培以外にも魔物を作れる人がいたとは驚きだ。
いや、オヤジ以外では初か? まあ、あれも正確には魔物というよりも魔物を野菜として作るスキルらしいが。
「ちなみに残りの三人目は?」
「あー……その人ねー……」
とオレが問いかけるとなにやらルーナは気まずそうに声を上げる。
「残る三人目はミラーカっていう大魔女なんだけど、その人、魔王の手先なんだよねぇ……。だから僕達とは敵対してて……」
魔王の手先? ってことは母さんの?
けど、母さんの部下にミラーカなんて魔女はいなかった。
イースちゃんのことか?
いや、そんなはずはないよな……。
それにさっきから気になっているルーナが『大勇者』だということ。
この世界の大勇者は歴史上七人のみ。
そのうちの六人、リリィ・アマネス・ロスタム・ザッハーク・フェリド・ツルギとは面識がある。
だが、最後の一人とは面識がなかった。
それにその一人というのは以前、リリィからの話で最初にこの世界に生まれた大勇者だという。
それがこのルーナということか?
でも、リリィの話ではその勇者が生まれたのは何百年も前。
確かに、もしかしたら生きているかもって話は聞いたが……。
何かが、おかしい。
オレがそんな違和感を感じ始めると同時であった。
「着いたよ、キョウ」
それまで砂漠を泳いでいたサンドワームが停止すると、そこには見たことのない広大な都市が広がっていた。
それはオレがこれまで見てきた国の中でも一番といっていいほど、荘厳で不可思議な魔導器具が溢れるまさに魔導王国と呼べる場所であった。
そして、その国を前にルーナは信じられない単語を言った。
「ここが僕のいる国。イシタルだよ」




