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129「トラウマ」

「キョウ様!」


「兄ちゃん! 無事だったんだな!」


「おう、フィティスもジャックも久しぶりー」


 あれからオレ達はマンティコアの洞窟から脱出し、フィティス達のいるアラビアル王国へと戻ってきていた。

 無論、オレの背中にはシンというよりもアリーシャの弟である本物のシンも一緒にいた。


「……けど、よくあのマンティコアを説得できたわね、アンタ。話に聞けばその子の親代わりだったんでしょ、そいつ」


「ああ、けど、だからこそあのマンティコアに取ってこの子がよくなることが、結局は一番だったんだよ」


 あのあと、アリーシャの一言に意識を覚ました弟シンだったが、すぐさま気を失ってしまった。

 もともとシンの病状は精神的なものであり、それに引きづられて体が衰弱していた。

 しかし、マンドラゲのおかげで体の衰弱自体は治った。あとは精神面が安定すれば、問題はない。

 言ってしまえば生きる支えなり、目的なりを持たせること。


 それにはやはり実の姉弟という絆は大きいはず。

 それまで外部の声にほとんど反応のなかったシンがアリーシャからの一声に反応したのもそれを示している。

 そして、それはマンティコアも目撃しており、だからこそオレの説得にあいつも渋々ながら頷いてくれた。


「とは言え、街の外まで見張りとして着いてきて、シンがこの国に戻ってきても反応がなければ連れ帰るって宣言してたけどな」


 リリィからの問いかけにオレはマンティコアが言った言葉をそのまま伝える。

 正直、これで弟が良くなればことは無事に解決なんだが、もしもそうならなかった場合は、マンティコアも強硬手段に出る可能性もあり、事態はますます厄介なことになるだろう。

 そんな不安を覚えつつもオレは目の前で弟が生きていたことに喜び、未だにはしゃぎ、時折瞳の端に涙を浮かべるアリーシャを見つめていた。


「……ところで、さっきから気になってたんだけど、そこの魔物、なんなの?」


 そう言ってリリィはオレの隣を歩く下半身クラゲの魔物を指差す。


「あ、どうもっすー。ドラちゃんの妹でドラゲちゃんって言いますー。ついこの間、ご主人に育ててもらった者っす。どうぞよろしくっすー」


「そ、そう、よ、よろしく。アタシはリリィよ」


 とダウナーな挨拶をしながら、触手の一本を握手とばかりに差し出すドラゲちゃんに、ちょっとどうしようかと言った顔を浮かべつつも、その触手を握り返すリリィ。

 ちなみにドラちゃんは「わ、私はこんなに暗い子じゃありませんよ?!」と誰に向けてか言い訳している。

 今更だが、オレの周囲の魔物もヘンテコなものが増えてきたなー。








「ここでいいのか、アリーシャ?」


「はい。ここは僕とシン、それに母様と一緒に住んでいた部屋なんです」


 シンに案内されるまま離宮のある部屋まで弟を担いだまま移動し、そのまま彼女の案内に従うように弟をベッドへと寝かせる。


「……ここなら弟も意識を取り戻してくれるかもしれません。部屋の内装も当時と同じままにしていましたから」


 そう言って愛しい子供を見るように弟のすぐそばに寄り添い、額に手を当てながら、その寝顔を見守るアリーシャ。


「それにしても……まさかシンが女の子だったなんてね」


 弟シンをこの部屋に運び終えて、すでに周囲に兵がいないのを確認して、その寝顔を見守るアリーシャの姿を見て、思わずそう呟くリリィ。

 あのマンティコアの洞窟でアリーシャと瓜二つの少年であるシンを見た際、混乱したリリィに説明をするためにオレとアリーシャとで事情を話していた。

 一方、この部屋に一緒に入った来たフィティスとジャックに関しては初耳だったらしく、目をパチクリさせるが、アリーシャから話しても良いと頷きを見て二人にも事情を話す。


「そう……だったのですか」


「なるほど。しかし嬢ちゃんも随分と過酷な人生を歩いてきたんだな」


 フィティスもジャックも、思うところがあったのか天才勇者と呼ばれながら、これまで性別を偽って生きてきた少女の人生に同情なり、敬意なりを言葉の端に感じた。


「……っ……ううっ……」


「! シン! シン! 目が覚めたの? シン!」


 そうこう話しているうちに眠ったままのシンから声が漏れる。

 それに反応すように必死にアリーシャが声をかける。


「……アリーシャ……姉さん……?」


 その声に反応したのか、うっすらとした瞳を開ける弟シン。

 それを見てアリーシャはこれまで見せたことのないような笑顔を浮かべる。


「うん、そうよ! 私よ! シン、生きててくれたのね! 本当に、ありがとう!」


 そう言って弟に抱きつくアリーシャだったが、次の瞬間青ざめた顔で自分の周囲を見回す弟シン。

 その後、凄まじい絶叫をその口から上げる。


「――っ、あ、あああああああああああっ!!!」


「し、シン?」


 絶叫を上げると同時に、シンは自分に抱きついていたアリーシャを引き離し、慌てた様子でドアへと向かう。

 だがドアの周囲にはオレ達が立っており、それを見たシンは傍目にもわかるほどの恐怖の表情を浮かべて部屋の隅に移動し、全身にシーツを被り震えだす。


「し、シン、一体どうしたの……?」


 明らかに狼狽し、取り乱している自らの弟に恐る恐る近づき声をかけるアリーシャだったが、そこから返ってきた答えは先程までのアリーシャの笑顔を奪うものであった。


「い、いやだ……ここは、居たくない……!」


「え……?」


「こ、ここにいたら、僕はまた襲われる……! 誰かに殺される……! ママに……ママのところに帰る……!」


 震える声で答えるシン。

 それはまさに彼が抱えたトラウマそのものであった。


 ここはかつてシンとアリーシャ、そして母親と暮らした部屋。

 だが、それは同時に母親が殺され、シン自身も殺されたトラウマの部屋でもあったのだ。

 そのことに気づいたアリーシャは自分の迂闊さを呪うように顔を落とし、震えるシンに近づこうと手を伸ばすが――


「いやだ! 来ないで……! 来ないでよぉ! ママに、ママに会わせてよぉ……!!」


 その悲痛な叫び声に伸ばしていた手を止める。


 シンが言うママという言葉。

 それが本当の母親のことを指しているのか。あるいは彼の母親がわりとなったマンティコアの事を指しているのか。あるいはその両方か。


 いずれにしても数年間行方不明だった弟シンの心は幼少のトラウマを抱えたままであり、事態は厄介な方向へと転がりつつある危惧をオレは感じていた。

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