120「ジャック・オー・スイカを育てよう」
「これは……」
目の前の光景に驚くシン。それもそのはずだろう、今彼の前になっている魔物はまさにこの世界に存在しない初の魔物なのだから。
「どうだ、見るからに珍しい魔物だろう。ちなみに名前はジャック・オー・スイカって名付けたんだ」
そこには地面から無数の蔓と大きめの葉が生えており、その蔓の先にスイカの形をしたジャック・オー・ランタン達が無数に実り、フワフワと浮いていた。
「これって、ジャック・オー・ランタンなんですか? ですが彼らは砂漠では発生しない魔物のはずでは……?」
「まあ、慌てなさんな。こいつはただのジャック・オー・ランタンじゃねーんだよ」
そう言ってオレはその場から適当に蔓の先に実っていたジャック・オー・ランタンを手に取り、包丁で切れ目を入れて中を開ける。
「これは……!」
その中身はジャック・オー・ランタン特有の黄色いカボチャの実ではなく、真っ赤な瑞々しいスイカの実であった。
「食べてみな」
オレから差し出された赤い実のジャック・オー・ランタンを恐る恐る口に入れるシンであったが、次の瞬間、驚愕の声をあげる。
「これは……すごく甘い! それに美味しい!」
驚くシンにオレは改めて、ここで栽培した魔物の正体を明かす。
まずオレは地球から持ち帰ったスイカの種と、ジャック・オー・ランタンの種、それからキラープラントの種を混ぜて一つにして植えてみた。
そうすることでそれぞれの魔物が持つ良さ、つまりはいいとこ取りをした新種の魔物を生み出そうとしたのだ。
地球から持ってきたスイカの種は、砂漠で育つカラハリスイカ。
過酷な環境にも負けない耐性を土台に、キラープラントからは同じく過酷な環境下でもわずかな水で育つ能力と、それに比例した瑞々しい実をつける力、さらにジャック・オー・ランタンの繁殖力と収穫力の高さを交えた。
そうすることで地球では苦くて思わず吐き出しそうになったカラハリスイカを、瑞々しく甘い果実として、しかも大量に実る魔物として、ここに生み出すことに成功した。
無論これにはオレが持つ魔物栽培能力の他に、オヤジが教えてくれた品種改良の知恵とアイディアがあってこそだ。
そして、オレの新たな魔物栽培はこれだけに留まらない。
「あっちを見てみな、シン」
そこにはキラープラントを元にした樹がいくつかなっていたが、その先端に実っている実はキラープラントが持つ赤い果実でも、オレが以前に改良を施した黄色い果実でもなった。
「白い実のキラープラント……?」
疑問を投げかけるシンに対し、オレは手頃な大きさの実を掴んで、それを手に取る。
ちょうどバスケットボールくらいの大きさだ。
普通のキラープラントの果実でもここまで大きくはならない。
連中の実はトマトと同じ大きさにしか育たないのだから。
「一見すると、こいつはキラープラントの果実に見えるだろう、けど実はな――」
勿体つけるように、オレはその果実を近くの岩に軽く叩きつける。
すると果実の表面にヒビが走り、それが次々と全身へと行き渡り、次の瞬間、オレが手に持った白い果実が割れ、その中からはまさに予想だにしなかったものが現れる。
「コケーッ!」
「こ、これって……! コカトリスですか?!」
これまでにないほど驚いた表情で動揺するシンに対して、オレはドヤ顔で頷く。
「そう、これこそがオレが見つけた新たなる魔物栽培。本来、卵からしか生まれない魔物たちをこうして樹になる卵として栽培することに成功したんだよ!」
オレのその成果に、まさに予想外とばかりに驚くシン。
そう、この発想に至れたのもオヤジの助言があったからこそだ。
オヤジはあの時、オレにしかできないことをやれといった。
品種改良だけならオヤジでも出来る。だが、オレの持ち味はなんといって魔物を生み出すという能力だ。
ならば、それを突き詰めた進化をすればいい。
それこそが、畜産という手段でしか増やすことができなかったコカトリスやバジリスクと言った植物型以外の魔物達、彼らという存在をキラープラントやジャック・オー・ランタンのように樹から生まれる魔物のように生み出すこと。
それこそがオレが目指した魔物栽培の究極の形である。
これが可能となれば、オレはこの世界に存在する全ての魔物を土から樹として生み出すことが可能となる。
その手始めとしてオレは持ち込んだコカトリスの卵と一緒にキラープラントの種を混ぜて植えてみた。
結果はこのとおり、見た目はキラープラントの樹だが、そこに実ったのはキラープラントの実ではなく、一緒に植えたコカトリスの卵が実った。
これによりその魔物の卵と一緒にベースとなる魔物の樹の種を植えれば、植物型以外の魔物も樹から生まれるようになると証明された。
現段階ではまだコカトリスというありふれた魔物しか樹から生み出すことは出来ていない。
だが、この改良が進めば、それこそバジリスク、スピンクス、ドラゴン、あるいはロック鳥など様々な魔物達を直接、樹から生み出し、今までにない繁殖や養殖が可能となる。
これによってシンの国の食糧問題も大きく解決するだろうし、それ以上の進歩も可能となるだろう。
いやシンの国だけではない。魔物の食材や、その加工品が足りない国においても、こうして色んな魔物を生み出すことが可能となる。
なんだったら絶滅危惧種の希少な魔物も、卵ひとつさえ手に入れれられば、こうして増やすことも可能となる。
オレが見せた新たなる魔物栽培の成果と、その説明に感嘆の息をあげるシン。
だが、その瞳には未だに理解できないことがあるようで、その疑問を口にした。
「ですが、キョウさん。いくらキラープラントや、そのスイカ、というやつをベースにしたからとは言え、この過酷な砂漠の環境下で、ここまでスムーズに成長するものなのですか?」
「確かに、普通はそう思うだろうな。けどな、その疑問に関しての答えなら、ちゃんと用意してあるぜ」
そう言ってオレは手のひらに握っていたある物をシンへと見せる。
「これは……粘土、ですか? これが一体?」
「粘土団子っていう、オレの世界における裏技的農法だ」
そう、あの時、砂漠でオヤジから渡された粘土。
これこそが砂漠で魔物を栽培するための最後のキーアイテムとなってくれた。
粘土団子とは粘土に堆肥、肥料と植物が育つのに必要な要素を団子としてまとめ、その中に種を入れて地面に植えるという農法だ。
この農法の素晴らしいところは材料の負担が全くないところと、砂漠などの不毛地帯でも種が発芽しやすいという点だ。
砂漠や荒地などで食物を育てる際の難点はなんといっても最初の発芽の段階にある。
砂漠の砂などは水を吸収しやすくそのため、発芽のための水が不足し、さらには根を張る場所がないことにある。
それは荒地などの乾燥地帯においてもそうであり、最初の発芽を行うことがまず至難の業となる。
だが、この粘土団子を使えば種から出た根は粘土に張り付き、そこに溜まった水分を得ることが可能である。
オレはオヤジから教わったこの粘土団子を使い、魔物達を栽培した。
なによりもこの粘土団子における粘土そのものが複数の魔物の種を一つにまとめるのに、これ以上ないほど噛み合っていたのだ。
そのおかげでジャック・オー・スイカのように複数の魔物の種をブレンドしたものが全く崩れることなくひとつとなってくれた。
オレの説明を聞き終えたシンは感心するように頷く。
「すごい……本当にキョウさんはすごいです! 僕なんかよりも、よっぽど天才的発想ですよ!」
それは初めて会った時にはまるで想像もできなかったシンの素直な笑顔があった。
最初は生意気で、姑息な奴とも思ったが、あの時はこいつも国を支える立場として勝利を得ようと必死だったのだろう。
まあ、その方向性が少し良くない方向へは行ってはいたが、こうして素直に喜んでいる顔は結構、可愛らしい。
言っておくが、オレは男の娘属性はないからな? ないからな?
そんなことを思いつつもオレの手を握って思わずはしゃぎ喜んでいるシンを見て、オレも思わず嬉しくなり、一緒にはしゃぎ回る。
「よーし、それじゃあ、次はこの砂漠で発生している色んな魔物達の要素をかけあわせた新種の魔物を作ってやるからな! というわけでシン、早速で悪いが、砂漠にそいつらの調達に行きたい。場所の案内や手助けを頼んでもいいか?」
オレのその呼びかけに対して、迷うことなくシンは頷く。
「もちろん! 任せてください! 一緒にこの砂漠にいる色んな魔物達の種や卵を手に入れましょう!」
そこには年相応のワクワクとした少年の笑みが浮かんでいた。




