115「異世界人が地球に来た時のお約束を三行でまとめよ」
「マジで帰ってきたよ……」
呆然と周りの景色を見ながらオレはそう呟く。
隣りでは一緒についてきたフィティスとドラちゃんが「ほへー」と信じられないといった顔で眺めていた。
あのあと、オヤジの訳の分からない提案を聞いたすぐ後にフィティスと彼女の頭に乗ったドラちゃんがやってきた。
二人に事情を話したところ「自分たちもぜひキョウ様の故郷にお連れください!」と言われオレが許可出す前にオヤジが勝手にオーケー出しやがった。
その後、まだ準備も出来ていないオレとフィティスの手をオヤジが握ったかと思えば、目の前が急に真っ白になり、次の瞬間、そこにはオレの見知った景色が広がっていた。
住宅街が建ち並ぶ道路の真ん中。
ガキの頃によくその道路に落書きをしていたり、電柱に登って遊ぼうとしていた。
そして、目の前にはオレのよく知る実家が変わった様子もなく当たり前にあった。
「あー、疲れたー。それじゃあ、久しぶりに家に帰ってビールでも飲むかー」
「っておおおおいいいい!! ちょっと待てー!! なに早速くつろごうとしてやがんだー!!」
そう言って何事もなく家の中に入ろうとするオヤジをすぐさま捕まえる。
「お前こそ何言ってんだよ? 久しぶりに家に戻ったんだからまずはくつろぐのが先決だろう。それにお客さんもいるんだから家に上げるのは基本だろう」
「いや、それはそうだけど、その前に色々と説明しろよ! なんでオヤジがこんな能力持ってんだよ! つーかそもそもオヤジが異世界旅行してること自体が意味不明なんだよ! これまでずっと流してたけどいい加減説明しろよ! ってかなんでオレまで地球に戻す必要があったんだよ?!」
もう次から次へとこのクソオヤジから聞きたいことが多すぎて混乱するオレにオヤジが一言呟いた。
「ちなみにお前が異世界に行ってからのジャ○プ全部買ってあるから、まずはそれ読んだらどうだ?」
それを聞いたオレはすぐさまフィティス達を連れて家の中に入った。
「トガミ―――――――!!!!」
オレが異世界に行ってから、それまで未読状態だった山積みジャ○プを読み終えてからの第一声がそれであった。
いやさ……わかっていたよ……わかっていたけどさ、なんで毎回ハンターズハンターはいいところで休載すんだよ?!!
オレは思わず慟哭の篭った声でハンターズハンターの作者の名前を叫んでいた。
「き、キョウ様! この箱、なにやらすごいです?! 人がたくさん出てきたり、景色も色んな場所が出てきます! ですが手を入れようとしても、この箱の向こうへは入れません?! け、結界ですか?! なにかの結界にこの人たちは閉じ込められているのですか?!」
「ご、ご主人様! この丸くて変なの物が部屋のあちこちを動き回って部屋のゴミとか吸収してます?! な、なんて魔物なんですか?! というか気のせいか私の後をついてくるみたいな……きゃー! こっち来てますー!!」
一方のフィティスとドラちゃんはこの地球文明にある未知の機械に慌てふためき驚いている。
うむ。異世界人がこの現代社会に来た時の反応を見事にしてくれたな。二人共ご苦労。
「あー、とりあえず二人共。それがこの地球にある文明品の一つだ。ふたりのいた世界には無い道具がたくさんあるから、まずはそのへんから説明するな」
そう言ってテレビにかじりついてるフィティスと、お掃除ロボットのルンバ君の上に乗って楽しみ始めてるドラちゃんに説明を行う。
「なるほど……つまりこれらは『機械』と呼ばれるキョウ様の世界に存在する文明品であり、私達の世界でいう『魔法』の代わりということなのですね?」
「そういうことだ。こっちでは魔法がない代わりに電気や熱、火とかそういったものを機械で出したり使ったりしている。さっきのテレビもそっちで言う映像や音を遠くに飛ばす魔法を機械の力で再現している感じだ」
「な、なるほど……素晴らしい世界ですわ、キョウ様……」
感嘆の息を吐いて頷くフィティス。
一方のドラちゃんもこの世界には魔物が存在せず『野菜』なる以前にオヤジが見せた食べ物しか存在しないことにショックを受けている。
「そ、そんな……ま、魔物がいない世界なんて……そ、そんな世界あるんですか……? というか、その野菜ってなんなんですか……? 魔物じゃないんですか? 魔物の変異種とか……喋らない魔物とか……私、ずっとそういうのだと思っていたんですが、違うんですか……?」
う、ううむ。まるでオレがあの世界に始めて行った時以上の衝撃を受けているな。
確かに魔物しか存在しない世界から野菜のある世界に来たら、そりゃこうなって当然か。
「おーおー、異世界から来たお客さんはやっぱこういう反応するもんだよなー。いやー、久しぶりの反応でオレも面白いわー」
そう言いながらオヤジは両手にお盆を持ち、その上になにか料理を乗せたままオレ達の方へと近づく。
「ま、それはともかくせっかくこっちに来たんだから地球産の料理でも食べなされ。ウインナーとほうれん草のカルボナーラ半熟卵乗せとトマトとキャベツのサラダだ。さあ、遠慮せず食べてくれ」
そう言ってオレ達の前に置かれたのはこれまた実に濃厚な匂いを漂わせるカルボナーラ。
しかも半熟がいい感じにとろけており、これはもう食べる前から美味しさが漂う。
そして、その隣にはちぎったキャベツの上に新鮮なトマトが乗せてあるシンプルなサラダ。
この世界の野菜を食べるのも久しぶりだ。
「こ、これはパスタ……ですよね。一見すると私達の世界の料理とそれほど違いはありませんが……そのほうれん草とやらは一体? それに、こちらのこのサラダが野菜……というやつですか?」
「ああ、そうだぜ。ちなみにそのトマトってのはキラープラントの実と似たような味だ。形は地球のやつの方が小さいかもしれないが、みずみずしさでは負けてないぜ。ちなみにほうれん草ってのはパスタにくっついてるその緑色の草みたいなやつだよ。とりあえずまずは食べてみろよ」
そう言ってオレはフィティスとドラちゃんに食事を促し、それに頷くように両者がパスタとサラダを口に入れる。
次の瞬間、両者の口から溢れたのは未知の感動であった。
「美味しいですわ! さすがはキョウ様のお父上がお作りになっただけはありますが、このほうれん草なるものの不思議な感触……柔らかで味が濃厚……これは、なんと例えればいいのでしょうか……フォレストドラゴンの体に生える藻に似た感じですわ! あれほどの高級食材がこの世界にはたくさんあるのですか?!」
「ま、まあ、そうだな。わりと平凡にあるな」
ドラゴンの体に生える藻って。
思わず突っ込みそうになったが、フィティスの口ぶりからかなりの貴重品であるのは分かった。
あとでこの世界のほうれん草を箱いっぱいに詰めて向こうで売ろうかとか、そんな異世界貿易が頭をよぎってしまった。
「ご主人様! このサラダもすごくみずみずしいです! このトマトもご主人様の言うとおりキラープラントの実に似てますけど、あちらに負けないほどみずみずしくてなによりも甘いです! これ多分、ご主人様が品種改良したキラープラントを除けば、向こうのキラープラントよりも美味しいですよ!」
そしてドラちゃんの方にもサラダは好評のようだ。
キャベツにしても、キャベツボールという魔物よりもシャキシャキしてて美味しいと大絶賛。
二人にとっては始めて食べる野菜だったため、最初の感動もあって必要以上に美味しいと感じている部分もあるのだろう。
オレも向こうの魔物とこちらの野菜と色々と比べてみたものの、やはりどちらにも一長一短があり、それぞれの旨さはあると思う。
そう思いながらも気づくと完食していたことに自分でびっくりした。
素材もそうだが、やはりここまで料理を美味しく仕上げるオヤジの腕は一流だと思い知らされた。
「さてと、それじゃあ三人とも飯もたら腹食べたようだし、せっかくだからキョウ、お前さんこの二人連れて街を案内してやるな」
「……は?」
とオレがオヤジを持ち上げるのも束の間、すぐさま訳の分からない提案をして、再びオレの頭はフリーズした。
「なんでそうなるんだよ?! ってかその前にオヤジについての説明とオレをこの地球に戻した理由から説明しやがれ!!」
再び食ってかかろうとするオレを抑えるようにオヤジが口を開く。
「まあ、落ち着けってそれについてはちゃんと説明してやるから。ただそちらのお嬢さん二人は始めて異世界に来て色々と興味も津々だろう。なら、まずはそうしたお嬢ちゃん達の望みを叶えてから、ゆっくり説明したほうがいいだろう」
そのオヤジの言葉にふたりの方を振り向くが、二人とも笑顔でこちらを見つめつつ口では「お、お気になさらないでください。キョウ様。か、観光などいつでもできますから」「そ、そうですよ、ご主人様」と言っているが、体は明らかにこの始めてくる異世界を見て回りたいとウズウズしているのがバレバレであった。
「……そうだな。まずは二人にこの地球について色々と観光させるのが先決だったな」
思えばフィティスはダンスパーティの時に唯一誘わなかった相手であり、その穴埋めに関してもここで彼女に付き合うのが礼儀というものだろう。
なにより初めてくる世界を見て回りたいという衝動は異世界に行ったオレが誰よりもわかっていることであった。
「よし、それじゃあ、二人共ちょっくらオレのいた世界を回ってみるか?」
オレのその提案に思わずふたりの顔がパァッと明るくなるのが見えた。
「「ぜひ!!」」
そして間髪入れず頷く二人にしかし、オレは一つの提案をする。
「けど、その前にひとつ――二人共、まずは服を着替えてもらうぞ」
そう言って異世界の服装そのままでこの世界にやってきていたフィティスとドラちゃんを指してオレは断言した。




