104「とある看板娘の憂鬱①」
「はぁ……」
思わず大きめのため息をこぼす私の名前はミナ・エルレーン。
この街ミールにて小さな食堂屋を営んでいる女の子です。
なぜ私がため息をついているかというと先日、起きたある事件がきっかけです。
その事件とは私の恩人であるキョウさんを中心に世界樹の覚醒を促すという、なにやら難しそうな話でしたが、とにかくその件において私はキョウさんに対してひどい態度を取ってしまいました。
いや、正確には私と言いますか、記憶をなくしていた私なんですが……でもそれも一応私なんで私です。
とにかく、問題は私がキョウさんに対してひどい態度をとったというその一点が重要なのです。
あとから私や周りのみんなに対して、今回の件についての説明と謝罪があり、キョウさん自体も気にした様子はなかったのですが、やはり私自身の気持ちは未だに納得できていません。
そのせいか、ここ最近キョウさんに対して気まずい態度が出てしまいます。
「ああ……どうすればいいんだろう」
別段、私が悪いというわけではないのですが、それでもどこかで仲直りできるきっかけがあればと思いつつ、今日も身の入らない態度でお店を経営していましたら、どこかで見かけたような二人組の男性が店に入ってきました。
「久しぶりだね、食堂屋少女ミナさん」
「? 誰でしょうか?」
見ると王侯貴族のようなしっかりとした服を身にまとった兄弟と思わしき二人組でしたが、やはりどこかで見たような覚えがありました。
だけど、どこで会ったのか記憶がぼんやりとしています。
「ああ、前に一度会ってはいるがその時は一瞬だったからな。名乗りも上げていないゆえ改めて名乗らせてもらおう。オレの名はロスタム。アルブルス帝国の帝王にして帝王勇者の称号を持つゆ……へぶっ!」
思い出しました。
こいつです。
この帝王勇者とかいうやつのせいで私とキョウさんが気まずい雰囲気になったんです。
というわけで手に持っていたフライパンで思いっきり殴っておきました。
「い、いきなりの挨拶だな……まあ、それくらいのことはやられても仕方のないことはやったのだ。君の気が済むのなら好きなだけ殴ると……へぶっ!」
ではお言葉に甘えてもう一発、顔面殴っておきました。
とりあえず、何発かフライパンで殴ったところ気も収まってきたので改めて何の用で来たのか尋ねることにしました。
「決まっている。君とキョウ君との関係に対する侘びを入れようと思ってね」
はあ?
それって一体どういう意味でしょうか?
疑問符を頭に浮かべている私に、帝王を名乗ったその男の口から出たのは予想だにしない言葉でした
「要するに今回行われる我が国でのパーティに君を迎えたいと言っているのだ」
「へっ?」
思わず間抜けな声を上げてしまう私。
けれど、それもそのはずであり、なぜ急にパーティに招待なんかを?
そう思っていると向こうからその説明をしてくれました。
「まあ、いわゆるキョウ君に対するお詫びを兼ねた謝罪パーティというやつだ。無論、彼には主役として招待をしている。そのパーティでは彼に様々なリラックスを与える予定だが、その際、君がドレスを着て彼をエスコートするというのはどうだろうか?」
どうだろうか、と問われて思わずその場面を想像してしまう。
帝王が言うにはふたりっきりの催しも用意し、ゆっくりとバルコニーにて互いを見つめ合いながら料理。
ロマンチックな雰囲気での男女ふたりの会話。
その場面を想像し、私は思わず顔が赤くなるのが自分でも理解できました。
「ドレスやその他の装飾も全て我々の方で用意しよう。無論、宿泊や参加も全て無料で提供だ。君もキョウ君とともにしばらく我が城でゆっくり休むといい。君への侘びに対して少しでも償いができるなら幸いだ」
な、なるほど。悪くないですね……。
今までそうしたドレスやパーティなどとは無縁の生活だったために、そんな思わぬ招待にわずかばかり心を震わせながらも、キョウさんとふたりっきりのいい場面を逃す手はないと、私は心中複雑な想いはありつつも、そう言って差し伸べた帝王さんの手を取ることとなりました。
「……ミナ嬢……一つお伝えしたい……。君に洗脳を施したのは弟のロスタムではなく私だ……弟はあくまで計画の指揮をしていただけであり、それを実際に実行していたのは私だ……だから、恨むならどうか弟ではなく私の方を恨んでくれ……」
そう言って謝罪をしたのは以前、この帝王さんと一緒にここへ来ていた黒服の男性でした。
ああ、確かに言われてみればこの人に肩を触られてから違和感があったような。
私は「分かりました」といい、とりあえずこの人のこともフライパンで2,3発殴っておきました。
「ぱ、パーティ……ですって……」
それを建物の裏側に隠れて聞いていたリリィが思わず、顔を引きつる光景があった。
いやいや、考えてみれば確かに今回の件ではミナは被害者だったわけなのだから、それくらい美味しい役割があってもいいのだけれど、だがしかし、ふたりっきりでのロマンチックなディナー!
さらにはパーティでのダンスやエスコートなどもあるはず!
さらにさらに、二人がいい雰囲気になって窓辺での星空を見ながらの急接近、あまつさえ思わずぶつかった肩の拍子から、互いの顔が近づき、そのまま唇が……。
「だ――――!!!」
なぜそこまで想像して思わず絶叫をあげるリリィ。
お、おかしいわね。
た、確かにあのふたりの関係は気にはなるけれど……そ、そんなここまで動揺する必要なんてないじゃないの……?
あ、あれ、おかしいわね?
こ、これじゃあ、まるでアタシが二人の関係に嫉妬してるみたいな……?
そんなモヤモヤした感情を抱えつつ、ひとり頭を抱えてうんうん唸っていたところ、背後より声がかかる。
「ふっふっふっ、どうやらお悩みのようだなリリィ」
「なんの用よ、アマネス」
そのドヤ顔な声だけで振り向くことなく声の主がわかった。
というか本当になんの用でここにいるのよ。
アンタといい帝王といい、一国の頂点のわりに自由行動すぎるでしょう。
「いやなに、実は私もロスタムのやつからパーティに招待されてな」
「え?」
じゃあ、なんでアタシには声かけないのよ。
あいつ。
「多分だが、それは今回のパーティがキョウとミナ主催だからじゃないのか?」
それってつまりアタシは邪魔者ってこと?
よし、あとで殺そう、あいつ。
「おいおい、怖い顔するなよ、リリィ。だから私はお前をパーティに同伴しようと声をかけたのだぞ」
「え! 本当?! いいの?!」
「当然だ。なにしろ私の可愛いリリィに可愛いドレスを着せてエスコートできるんだからな、こんなチャンスは逃す手はない!」
そう言ってじゅるりとヨダレを拭く動作をするアマネス。
あー、そうだった。
こいつ、こういう奴だったんだ。
「まあ、それは本音の六割ほどだが、うち四割はお前への単純な応援だ。私はお前もキョウも好きだからな、だからお前たちの関係の方を私は応援させてもらうぞ」
そう言ってアタシを抱き寄せるアマネス。
べ、別にアタシとあいつはそういう関係じゃないし……!
と内心で否定しつつも、それを口にできず、なぜかそう思った瞬間、顔が赤くなるのが自分でも感じられた。
「おー、改めて見るとすげえ豪勢な城だなぁ」
と呟いたオレの目の前にはアルブルス帝国の帝城が広がっていた。
先日、オレの元を訪れたロスタムより今夜、帝国でのパーティが開催されるためにぜひ来て欲しいと誘われ、とりあえずタダ飯目当てで来てみたものの、街中でのお祭り騒ぎや、城に施された装飾を見る限り、思った以上に力のこもったパーティのようでこれはかなり期待できそうだ。
そう思いつつ、城の中へ入ろうとした城の扉が開き、そこから見覚えのない美女が現れる。
それは褐色の肌に長い黒髪というまさにアラビア美人とでも呼ぶべき女性。
背も高く、それに見合った胸に、腰のくびれ、プリンとしたお尻といいかなりルックスの整った人物であった。
着込んでいるドレスもその人物に見合った煌びやかさであり、思わずその人物の姿に見惚れてしまうと、なにやらオレの方へと近寄り、こちらを歓迎するような笑みを浮かべる。
「ようやく来たか、キョウ。待ちわびていたぞ」
あれ、なんでオレの名前を?
というかお知り合いですか。
と思わぬその美女からの呼びかけにポカーンとしていると、美女の方が笑い出し名前を名乗る。
「はっはっはっ、なにを言っている。知り合いに決まっているだろう、なんだ? この姿だとわからないか? では、改めて自己紹介しようか。我が名は帝王勇者ロスタムだ」
ああ、ロスタムさんですか。
なるほど、確かに全体の雰囲気とかそっくりで……って。
「おいいいいいいいいいいいいいい!!!」
なんで女になってんじゃい!!! と盛大に突っ込み。
それに対して目の前の美女ことロスタムと、いつの間にかその隣に控えていた彼(?)の兄ザッハークがため息をついているのが見えた。
「なんだ、もう忘れたのか? 私はSSランクのベヒモスであり、この姿は人化の能力によるものだ。ならば性別くらいは変えられるさ。ま、最もこのように性別を変化できるのは私くらいなものだ。ほかのSSランクではまず出来ないだろうから安心しろ」
はあ、安心しろとかそう言われましても。
んー、そういえばSSランクのこの人化の能力って具体的にどうなってんだろう。
好きな人物の姿に変化できるのかな?
モシャスみたいに。
「それは無理だ。一度自分の中のイメージを作ってしまえば、そのイメージ以外での変化は出来ない。ゆえに私の場合はこのロスタムの姿形が基準だ。ロスタムが女性だった場合の姿がこのような姿というわけだからな」
なるほど。
つまり母さんもリリィもあの姿が固定というわけか。
「まあ、ほかの姿への変化は無理でもその人物を基準とした年齢の変化くらいは可能であろう。とは言え、わざわざそんなこと、相手の変化に合わせるくらいしか使い道はないだろうからな」
へえー、なるほどなー。
またこの世界でのいらない知識が増えたなー。
「まあ、それはともかく今回の主役は別に私ではない。これは単にお前の反応を見るための見せびらかしのようなものだ」
やっぱ、アンタこっちの反応見て楽しんでたんかい。
と、そんなツッコミをスルーしたまま、奥から一人の少女が姿を現す。
純白の衣装を身にまとい、普段の大人しい雰囲気がドレスを着ることで清楚な花へと変わるように、その人物、ミナちゃんはまるでどこかの令嬢のように美しくドレスアップし、わずかに照れている表情に、思わう顔が赤くなってしまった。
「こちらご存知だな。君の街のミナ嬢だ。今夜は彼女を主賓のひとりとしてお招きしていた。よければキョウ殿は彼女と一緒にパーティに参加して欲しい」
そう言った帝王の言葉をオレは半分くらいしか耳に入っておらず、目線は相変わらず目の前のドレスのミナちゃんに釘付けだ。
いや、前々から、可愛い子だとは思っていたし、素材は本当にいいものを持ってると思ったいたんだけど、本当にここまで綺麗になるなんて予想以上で、もうしばらくこうやってぼーっと眺めるのもいいかも。とか思っていると、肩に乗っていたドラちゃんに頬をつねられた。
「いたた、な、なにするんだよ、ドラちゃん」
「別になんでもないです」
そう言って拗ねるドラちゃんだが、実はドラちゃんも今日のパーティに向けて密かにドレスを作っていた。
魔物の一つに糸を吐くカイコロモチという虫がいるのだが、その虫が吐く糸で作った純白のドレスをドラちゃんも身にまとっていた。
これもかなり可愛らしく、最初に見たときは思わずベタ褒めしてしまった。
ちなみにその時のドラちゃんはすごく嬉しそうであった。
と、それはともかく、オレも目の前のミナちゃんに言ってあげないと。
「えーと、ミナちゃん。そのドレス、すごい似合ってるね」
オレのその一言にミナちゃんは「ボッ」と顔面を紅葉させるのが見えるが、嬉しそうにうつむきながら「あ、ありがとうございます」と呟いたのが聞こえた。
「さあさあ、では今宵、我が城でのパーティ。どうか存分にお楽しみください」
そう言ってオレ達ふたりの前をエスコートするロスタムだが、気のせいだろうか、一瞬この人すごくなにか面白いものを期待するような目でオレたちを見ていたのは。




