ケース3:最初に訪れた国が帝国だった場合
この街の領主である辺境伯と面会した日はその後ゆっくりと休み、次の日から俺は今度は街を囲む防壁の工事へと移った。
半ば予想していたことではあるが、ここでも再び大工ギルドの親方達からの指示を受けることになった。
「どうせなら火砲に耐える、新しい城塞を造りたい」
「ふむ」
「これがその、計画書だ。以前の計画では一部だけを改修する予定だったんだが、思い切って広げてみた」
「どれどれ?」
大工の親方から渡された計画書とやらを眺めてみる。そこには特徴的な、星型が描かれていた。
なんだっけこれ。知ってる気がする。確か、そう。星型要塞とかそういう名称だったような。
しかし知ってたら知ってたで問題がありそうなので、知らない振りをしておく。
「この形は、一体?」
「それはだな、星型要塞と呼ばれる新しい形の防壁だ。従来の城壁では、魔物相手には有効だが、昨今の火砲による戦争には耐えられん。よって現在の城壁はそのままに、火砲に対する備えとして新防壁が計画されていた」
「なるほど」
「計画はされていたものの、施工される見通しは全く立っていなかった」
「……」
どうにもそういうことらしい。
辺境伯の苗字からある程度察していたことだが、この土地、街はニュルンベルクと呼ばれているらしい。
ニュルンベルクの防壁内の土地だが、実のところ結構狭かった。半径一キロメートルの円の中にすっぽり収まってしまう程度のサイズしか無いのである。
しかしこれでも、近隣では大都市の部類に入るのだとか。俺の前世の地元の地方都市よりも遥かに狭いことは明らかだな、うん。
土地自体は、防壁の外に出ればいくらでも広がっているし、実際に農地として利用されているようなのだが。防壁を造るコストが如何に苦しいのかということが窺えた。
周囲に土地が有り余っているのに、わざわざ防壁を築いて狭苦しい土地に密集して暮らしているという状態なわけだ。
防壁の外に住めば良いのではと思わなくも無いのだが、それだけ魔物なり他国との戦争なりの危険があるということなのだろう。
「やれるか?」
「やってみます」
そんな感じで、俺は防壁建造の依頼へと取りかかるのだった。
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俺の土魔法の性能は実際凄まじい。女神様から貰ったのは別に土に限らず魔法全般のチートなので、土以外も使えるのだけどね。
とはいえ、土属性にやや多めに魔法の適性とかいう素質を配分してあることは事実だ。
土魔法で星型要塞の土を盛り、同じく土魔法で堀を掘った。
堀には近所の川からの水を取り込んでいるのだが――下水道もあの川に排水するように繋いだわけだが、実際のところ大丈夫なのか? コレ。
堀の水が完全に停滞するというわけではなく、ある程度川の水と循環して入れ替わるようにはなっているのだが、正直なところ汚物がある程度流入して停滞するような堀には足を踏み入れたくないところだな。
今はまだ下水道設備に対して各家庭からの排水溝を掘っていないから流れ込まないだろうが、将来的にはきっと――うん、深く考えないようにしよう。考えたら負けだ。
外側に星型城塞を築いたついでと言うべきか、従来の防壁は一旦取り壊して、より外側に新築しておいた。そもそも元の防壁の形が綺麗な円にはなっておらず、歪んだ菱形のような状態になっていたのだ。
星型城塞は完全に円状に築いた為、新規の通常防壁もその星型に合わせて新築しておいた。
この従来の縦に高い防壁は火砲に対してはあまり役に立たないらしいのだが、魔物に対する備えとしては優秀なので、無いよりはあった方が喜ばれるらしい。
全ての作業を終えるまでには、またもや半月かかった。とはいえその内訳は、五日ほどが測量と目印の設置という形だったのだが。縄張りという作業であるらしい。
設計図自体は存在しても、現地に工事をする為の目印を建てないと分からないって話だな。
縄張り作業を待っている間、俺は防壁の構造について学ばされた。
まぁ、なんだ。単なる石の壁を造るだけじゃ駄目だよっていう、そんな話。
内装までしっかり考えて設計をさせられた次第。例えば防壁の中から外を狙う為の、銃眼という穴などもしっかり造ることとなった。
またしても半月である。異世界に来てから一ヶ月間、連日土木工事をさせられている。
魔法の力により有り得ない効率で建造物が生み出される様子そのものは正直見ていて楽しいのだが、ただ造るだけでなくクオリティまで確保するとなると、そちらの方にかなりの労力と時間を取られる感じだ。
俺のにわか知識が、そういった作業を通じて実用的なものに変わるという点では良いのだけどね。しかし今後その知識が役に立つのかどうかはわからないし、そもそも役に立ったら立ったで、そんな何度も土木工事ばかりさせられるのはイヤだという想いもある。
作業中、俺の周りは常に領主軍の兵士達と大工の親方達により固められていたのだが。街の住人達には俺のことがとっくに知れ渡っている様子であった。
まぁ、そりゃあ、街の中の道を全部石畳に貼り替えたりしたわけだから、気付かないはずがないんだけどさ。
彼らの声は様々だった。「ありがたや、ありがたや」ってしきりに感謝しているお婆さんなどもいれば、逆に、俺の圧倒的な魔法の力を妬むような声も多少は聞こえた。
衛兵から聞いた話では、この世界では魔法が使える人間が元々一握りという話だしな。
魔法が使えるというだけでも妬みの対象になるのに、更にその威力が他の魔導師と比べても飛び抜けているとなれば、注目を集めるのも当然の話か。
半月かけて防壁を完成させたところ、俺は再びニュルンベルク辺境伯の居城へと呼び出された。
「賢者殿。此度の貴殿の働きは、我々の当初の予想を遥かに超えるものだった。以前した約束では報酬は金貨百枚としていたが、倍の二百枚を払わせて頂こう」
「おぉ? ありがとうございます」
「残りの仕事は街道整備だけとなるが、お願い出来るだろうか?」
「……えぇ、まぁ、やりますけど」
ただ道を貼るだけなら結構楽である。どの程度道を引くのかにもよるが、一応は了承しておく。
「そうか! それを聞いて安心した。ところでひとつ、お願いしたいことがあるのだが、良いだろうか?」
「……はい、なんでしょうか」
「貴殿にまず道を引いて貰いたい場所は、このニュルンベルクから帝都プラハまでとなる。――これは実に長い道のりだ。道を引いた後にただ何もせずに戻ってくるというのでは、実にもったいない」
「はぁ、なるほど」
「で、あるならば。貴殿をその際、是非プラハに滞在する皇帝陛下に紹介させては頂けないだろうか。私も今回の件を、報告しに行かなくてはならないのでな」
「……ふむ」
どうやらそういうことになるらしい。
さすがにこれについては、回答に困った。ここでこのままノリでイエスと答えてしまうと、このまま国に召し抱えられてしまうであろうことは明らかだ。
道を引くこと自体は大した労力でもないので構わないのだが、国に召し抱えられるのは、ちょっと。それこそ半月や一ヶ月どころか、年単位でずっと土木工事をさせられかねない。
断る理由となる事項は他にもある。そもそも、今いるこの国の名前が、神聖ガルド帝国なのだったか?
なんというかこう、国の名前が痛いというか、どうにも悪役っぽいイメージが強すぎる。
そもそもガルドって何よ。ゴールド? 金か? 和風に表現すると、神聖金ピカ王国?
なんというかこう、ネトゲのキャラネームに『†聖天使猫姫†』とか付けるのと似通った痛さとか、多少感じなくも無い。
なので、俺は。しばらく悩んだ後、このように断りの言葉を告げることにした。
「ええっと、辺境伯様のご厚意は大変痛み入る次第なのでありますが――私としてはこの国にその、召し抱えられるようなことは、現在考えていません」
「……そうか」
「えぇ、すみません。私としてはそれなりの額の報酬も得られましたし、それを元にしばらくこの世界を回ってみるつもりです」
「そうか。それは残念だ」
俺が断りの言葉を入れたことにより、場を沈黙が支配する。正直言って気まずい。
大変気まずいところだが、ここははっきりと断っておくべきだったと俺としては確信している。むしろここで断らないと、ある意味人生がゲームオーバーというか、土木工事だらけで潤いの無い生活になりそうなのが嫌だった。
沈黙が数分間続いた後、辺境伯は再び口を開いた。
「旅を始めるということだが、それは、今すぐに、ということだろうか?」
「ええっと? ……いえ、別に今すぐに、というほどでは無いのですが」
「そうか。それならば……貴殿の気が許す限りで良い。幾つか他の仕事もお願いしても構わないだろうか?」
「それは――ええ、まぁ、そんなに多くなければ構わないですよ」
「そうか! では是非お願いしたい」
二度連続で断るというのは、かなり勇気が要ることだと俺は思う。というか、二度目の提案というのは、妥協点のようなものではなかろうか。
もしその提案まで蹴ってしまった場合、相手の心象がかなり悪くなることは明らかだ。
心象が悪化した結果唐突に敵対するような可能性も、無くはない。
これを断ってそのまま出奔した結果、謎の追っ手が差し向けられるなんてことも十分に有り得る。
その場合、例えば寝込みを襲われたりなどすると、魔法を使う暇も無く命を落としかねない。
不意打ちだとか暗殺だとか、そういった類のことには最大限注意を払う必要がある。
寝ている間も常時展開されるバリアとかそういうのがあれば気楽なんだけどな。
だから俺はこの異世界に転移する前にまず女神様にバリアっぽい能力が無いのかと尋ねたんだけどね。
まぁ、うん。バリアが貰えない代わりにかなり強力なチートの魔法能力を貰えたんだから、それはそれで助かってるんだけどさ。
でも身の安全という一点だけを考えれば、バリアに軍配が上がるんじゃないかなぁ。
「皇帝陛下に貴殿を紹介するかどうかという件に関しては、すっぱりと諦めさせて貰う。しかし、我が領から帝都までの道を引いて欲しいということについては変わりは無い。この仕事、引き受けて頂けるだろうか?」
「はい。それについては構いませんよ」
「そうか、ではお願いしよう。――帝都へと発つまでには、数日かかる見込みだ。準備が整い次第報せを出す。それまでに貴殿も準備を整えて欲しい」
「わかりました」
こうして、今回のニュルンベルク辺境伯との面会は終わった。
俺は今回の仕事の報酬である金貨二百枚を受け取った後、城を辞した。
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街に戻った俺は、指示通りに街を出る準備を整えることにした。
一応、馬車だとか道中の食料だとかは、あちら持ちなので気にしなくて良いらしい。だからと言って着の身着のままで、準備ゼロというわけにもいかない。
まず最初にしたことが、服を買うことだ。
俺はこの世界にきた際に、女神様から如何にも魔法使いっぽいローブと、粗末な杖を装備として支給されていた。
実のところ、付与する能力をややしょぼくした場合は支給される装備品をもっと良い物をくれたらしいのだが、俺はそんな初期装備がちょっと良くなるよりは能力の方に全振りで、と女神様にお願いしたのだ。
その結果、俺の格好は如何にも魔法使い風ではあるのだが、ぶっちゃけぼろっちかった。
色も無染色だし、下手すると乞食と大差無いレベル。
まぁ、うん。よくあの格好で領主の居城に入れて貰えたなって感じではある。実力を最初に、道を造ることで証明していたからこそギリギリ許されてたってだけだな、本当に。
領内の中心部にある服屋へと突撃して、魔導師としてもっとまともな服を見繕ってもらった。
入店をお断りされる可能性も正直危惧していたのだが、既に俺の風貌を店員に知られていたこと、そして何よりも、この街に来てから俺のことをほぼ常時マークしている領主軍の兵士が仲介してくれたので、問題無く買い物を行うことが出来た。
というか、うん。実はこれまで、ずっと護衛というか、監視付きなんだよね。
ほぼ毎日仕事場と宿屋を往復するだけの日々を過ごしていたが、監視の目が外れたことは無いです。というかわりと傍で堂々と護衛する形で監視されていたので、抗議する気にもなれなかったというか。
要は敵に回さなければいいんだよ。敵に回さない限りは、護衛として機能するんだから。
「賢者様、こちらの服は如何でしょうか?」
「ふむ……」
「こちらの服は上質な生地を、とても良質な染料で染めてあります。色褪せてくすむことは、なかなか起こらないはずです」
「そうか」
選んだ服はどことなく神官っぽいローブなのだが、赤、白、青のトリコロールカラーで染められていた。
現在よりは衣類が劣ることは予想していたのだが、案外しっかりとした出来である。染料が良質だと言っていたか?
どうにもそのあたり、ピンキリが激しいのだろうか。
服一式揃えたお値段は、金貨三十枚ほどだった。
……金貨一枚は約十万円の価値だと思われるので、三百万円分ってことだな。
監視役の兵士に思い切って聞いてみたが、新品の服を庶民が買うことは殆ど無いらしく、基本的に中古服を買うのだそうだ。
俺の場合は新品の服を、それも上質だとされる服を買ったわけであるからして、値段がヤバイことになるのは当然ってことか。
買った服に早速着替えて、古い服は処分した。ボロかったというのが最大の理由ではあるが、あまり荷物を持ち運べないという理由もある。
俺は女神様に魔法チートを貰って大体の魔法は使いたい放題なのだが、残念ながらアイテムボックスだとかテレポートだとか、そういった空間系列の魔法は存在しない疑惑がある。
今の俺は宿屋暮らしなわけだし、どこかに長期間定住する予定は今のところ無い。となれば、財産は常に持ち歩ける範囲でしか所持出来ないということになってしまうのだ。
正直なところとんでもなく不便である。ある意味現実的ではあるんだけどね。
当分は背嚢(リュックサックというべきか、バックパックというべきか)などに収まる範囲に留めておくしか無いだろう。
それ以上の量を持ち運びたいとなると、馬車を買うぐらいしか無い気がする。前向きに検討しておこうか。
この日はとりあえず服や身の周りの物を軽く買った後、俺は宿へと戻ったのだった。