ケース2:最初に訪れたギルドが冒険者ギルドでは無かった場合
神様からチートを貰って異世界へと転移した場合、まずは冒険者ギルドに行くのが個人的にはテンプレだと思っている。
そんな俺がこの世界で最初に訪れることになったのは――。
大工ギルド。いわゆる職人ギルドと呼ばれるものの一つだった。
「あんたがあの道を造ったとかいう大魔導師さんか」
「あぁ、そうだ」
「ほう……?」
ギルドの中には数人の男達が待機しており、彼らからじろじろと観察された。なんとも気分が悪いが、我慢する。
この大工ギルドというのはこの街で活動する大工の親方達が所属し、利益を折半する為の組織であるらしい。
言い換えれば、建設会社同士が堂々と談合する為の場ってことだな。公共事業の事前入札で談合するようなものだ。
談合は悪いことだと、俺は昔思っていた。けれども、いつだかどこかで、談合して仕事や利益を配分しないと各会社が潰れてしまったり、粗悪な素材で着工して必要以上にコストカットすることにより出来の悪い建物が出来てしまうという話も聞いたことがある。
どちらにせよ俺が詳しく知らない世界の話であるから、知りもせずに安易に批判するのもどうか、というのが現在の見解だ。一概に悪とも言えない、ってところだな。
さて、俺が何故わざわざ大工ギルドに来ることになったのかと言えば。それは当然、俺に仕事を依頼した領主側、領主軍中隊長のアルバン氏に連れて来られたのだ。
そしてその目的はといえば。
「既に話は聞いている。魔法で作業をするらしいが、デザインってのも必要だろう?」
俺に任された仕事の一つは土の道を石畳へと舗装することだが、これはただやれば良いというものでは無いらしい。
非常に地味な問題だが『石畳のパターン、柄』というのが問題になる。
俺は昨日石畳の道を造る際、その柄は格子状というか、横長の長方形の石を一段ごとに半分ずつずらした、いわばレンガ模様とでもいうべき状態で構成していたのだ。
実用性を考えればそれで十分だと思うのだが、そこに待ったがかかったらしい。
「アンタが昨日造った道を見せてもらった。まるでレンガのように成形された石が、ランニングボンドの柄で並べられていた。確かにそれも悪くは無い。悪くは無いが、手放しに良いとも言えない」
「ふむ」
「そもそも石畳ってのは本来レンガとは違うものだ。こういった模様を見たことは無いか?」
「……それは」
あらかじめ用意されていたのだろう。ニメートル四方ほどの四角い木枠の中に石を並べたサンプルを見せて貰った。
その石は扇状に並べられており、俺も見覚えのあるパターンだった。
「これはいわゆるウロコ張りと呼ばれるパターンだ。アンタのように成形した綺麗な石畳を造れるのならわざわざやる必要も無いのかもしれないがな。だがレンガ風にしても、並べ方がランニングボンドのみってのも頂けない。他の並べ方を知らないのか?」
「……うむ」
「なら教えよう」
そうして教えて貰ったのが、ヘリンボーン、バスケットウィーブ、ハーフバスケットウィーブという他3パターンだった。
実際にレンガを敷いてパターンを見せて貰ったのだが、用意されたレンガは二色用意されており、各パターンの違いをそれぞれ際立たせていた。
「……なるほど」
「どうだ? ただ何も考えずに全てランニングボンドにするよりは、別パターンを、二色に分けて並べた方が大分味が出るだろう?」
「確かに」
「だからアンタには、俺達から技術指導をさせて貰う」
というのが、俺がこの場に呼ばれた理由の一つだった。
領主の依頼によりこの街の道を土から石畳へと張り替えるわけだが、その際、それぞれの道ごとにそのパターンを調整して欲しいということらしい。
その道ごとのデザインにこの大工ギルドに所属している各大工業者の親方達が指示することで、デザイン料という形で利益の一部を受け取ることになっているそうだ。
実際の施工は俺が魔法で行うというのに、利益を掠め取るというのもどうなのかとは思うのだが。
しかし、この街では大工ギルドなどの各職人ギルドが幅を利かせて各職業の利権を固持している為、領主としても彼らを無視することは出来ないようだ。
用件はもう一つあった。石畳の柄よりも、むしろこちらの方が本題と言って良い。
「出来れば下水道を、造って貰いたい」
「……下水道」
「あぁ、そうだ。道をただ石で埋められたんじゃ、掘り起こすのも大変なんでな。計画自体は以前から進められていた。着工する為の費用が支払われる見込みが無かっただけでな」
「ふむ」
水は高きから低きへと流れる。当然の話ではあるがこれが厄介で、勾配もつけずに下水道を造っても、水は流れずに停滞して汚れが溜まってしまう。
計画書らしき街の地図には、各地点での下水道の深さ、各区間の勾配の率などが記されていた。
下水道には終点となる排水先が必要になるわけだが、最終的に近所の川に流す予定らしい。
「川に汚物をそのまま流して良いのか?」
「あぁ、問題無い。生活用水は通常川からではなく、井戸か、魔道具か、魔法で得るからな」
「ふむ」
「それで、どうなんだ。やるのか、やれるのか、そこのところを聞かせてくれ」
「……やるだけやってみるが」
乗りかかった船であるからして、今更「めんどいからやめたい」などと言い出すのもどうかと思った。
こうして俺は、大工ギルド所属の親方達から指導を受けつつ、道と下水道を土魔法で整備することとなった。
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街の道を石畳に張り替えつつ下水道も整備するという仕事にとりかかった俺だったが、結局半月かかった。
逆に言えばたったの半月しかかかっていないとも言える。
実際大変だったのは地上よりもむしろ下水道の方だった。地上の三倍大変だったと言っても良い。
作り終えた下水道に俺が水魔法で実際に水を流し、正常に流れているかどうかをチェックした。下水道を九日間ほどかけてほぼ全体作り終えた後に、この勾配の調整だけで三日もかかった。正直勘弁してくれよというか、根を上げそうになった。
その後地上の石畳を貼る際には、三日しかかかっていない。
地上の方は街の中の道ごとに、それぞれデザインを変えて違いを出した。ただ石を貼るだけでなく地下の下水道への排水用の側溝を設定したり、一定間隔でマンホールを設けて下水道に降りられるようにした。
ちなみにマンホールの蓋を造ろうとしたのだが、土魔法では土や石を生み出すことは出来ても、金属や木材を生み出すことは出来なかった。
そんなわけで現在、マンホールの蓋は全て無地の丸い白石を造ってはめ込んである。このマンホールの蓋のデザインを、いずれまた大工ギルドの方で行って領主から報酬を得る予定であるらしい。
人が魔法で仕事したのに乗っかって儲けるのもどうかとは思うのだが、彼らは彼らで生活がかかっているからな。俺が口を出してもきっと聞く耳は持たないだろう。
俺が魔法で仕事をしている最中、周りは領主軍の兵士達と、大工ギルドのメンバーにより固められていた。
しかし俺が土魔法で作業する様子を、街の人々があちらこちらから観察していた。
見た目に現れない地下の下水道部分を先に魔法で工事していた為、その間は何をしているのかと疑われていたんだけどね。
下水道部分が完成して地上部分に石畳を貼り始めると、それを見た街の人々は大喜び。「凄い」だとか「神業だ」だとかそんな言葉があちらこちらからあがった。
いや、うん。実際には地下の下水道部分の方がよっぽど大変なんだけどね?
あちらはレンガ風にしたというか、床だけじゃなく側壁、天井部分までアーチを描く構造で。
そうやって造った下水道に各家庭から穴を繋げる仕事は大工ギルドの方でやるそうだが、逆に言えば俺以外の他人が、魔法を使わずに部分的に破壊可能な構造にしなければならなかったのだ。
つなぎ目の無い、ただの石の水路って感じで完全に固めてしまった方が楽に造れたのだが、それをやると他人がいじれなくなるからダメだって判断されたんだよ。
だから地下に関しては、レンガ状に成形した部分の外は本来の土壌のままになっている。
工事期間中、俺は領主から指定された宿屋で宿泊した。当然費用はあちら持ち。
これがまぁ、なんだ。そこそこ質は良いものの、至って普通というか。
食堂があり、その食堂では若い看板娘的なお嬢さんも働いていたのだが、この娘がその、普通に可愛くはあるのだけども、美少女ってほどでもなかった。
うん……なんていうか、普通。わざわざ口説く気にもなれない感じ。
ヒロイン不足も甚だしいというか、そもそもなんで俺は、異世界に来て、冒険者ギルドにも行かず、大工ギルドの親方達と一緒に土木工事をしているのだろう。
いや、うん、最初になんとなく、土の道が許せなくて、その場の勢いで石畳の片側三車線の五十メートル道路に貼り替えたのが原因だってことはわかっているんだけどさ。
でも、だからといって、そこまでやらせるかなぁ、と思ってしまうのです。
とはいえ、魔法であれこれ出来るというのはそれなりには楽しかった。何より、より複雑なものを造ることによって、魔法の技術も上達するからな。
石畳のパターンとかレンガ積み、レンガ敷きのパターンが知識として手に入ったことは、素直に喜んでおくことにした。
そうやって下水道工事と道路工事が完了したところで、俺は領主の館へと呼び出された。
依頼された仕事はまだ二つ、防壁の補修と新規建造、そして王都までの街道整備が残っている。
しかしひとまずはここまでの分の報酬を支払うということで、呼び出されたのだった。
領主の館というか、そこは城だった。王様では無いらしいのだが、そこそこ偉い模様。辺境伯とかそういうのだろうか。
通された部屋で出会った人物は、如何にも貴族然とした中年の精悍な顔立ちの男性だった。
「お初にお目に掛かる賢者殿。我が名はフリードリヒ・フォン・ニュルンベルク。この神聖ガルド帝国で辺境伯を務めている」
「……そうですか、ええと――魔導師の、マサミチです。よろしくお願いします」
何か上手い言い回しを考えようとしたのだが、思い浮かばなかった。『ご紹介にあずかり光栄です』とかはー――たぶん表現が間違ってるんだよな。
とりあえず、この世界では一般人に苗字が無いということは既にこの半月の生活で判明している。だから名前だけを名乗っておいた。
それにしても『フォン』か。どことなく貴族っぽい感じだな。あと、この国が王国ではなく帝国だってのも今更知った次第である。
もう少し情報収集を進めておくべきだったか。宿屋の娘さんをぼけーっと眺めている場合じゃ無かった。
「そう堅くならずとも良い。此度の賢者殿の働きにはこちらも甚く感謝している。聞くところに拠れば、数年、数十年かかる大事業を、たったの半月で完遂して頂けたとの話ではないか。賢者殿のご厚情、痛み入る次第だ」
「いえいえ、それほどでも」
意外と言うべきか否か、彼はこちらに素直に頭を下げてきた。
正直なところこの対応は、予想していなかったわけでもない。というのも、今回の仕事への報酬は本来の相場より大分安い金額になると事前に知らされているし、それにまだ他の仕事も残っている状況だ。
俺に他の仕事も、同じく格安料金でやらせる為ならば、金の為なら頭を下げる程度、どうということは無いのではなかろうか。
「今回呼び立てたのは他でもない、貴殿の働きに対する報酬を支払わせて頂こうと考えてな」
「はい」
「我が領にもそこまで余裕は無いので、十分な報酬を支払えないことは大変心苦しいのだが、どうか納めて欲しい」
辺境伯の言葉に応じて、傍で控えていた兵士が俺の方に革袋を二つ、渡してくる。片方は金貨、もう片方には銀貨が入っていた。
枚数は、うーん……わからん。わからないが、そう多くはない印象。
「それぞれ我が領の金貨が百枚、銀貨が百枚となっている。まずはその金額を納めて欲しい」
「ええっと、わかりました」
「今後防壁の補修と新築の工事が終われば更に金貨百枚。街道の整備を行って頂ければ、距離にもよるが金貨五十枚程度の報酬は出させて貰う。受けて頂けるだろうか」
「…………えぇ、いいでしょう」
言葉遣いこそ下手に出ているものの、うん。なんていうか目が怖い。『やってくれるよね? むしろ、やれ』っていう、そういう気迫がグイグイ伝わってくる。
まぁ、なんだ……どれぐらい安く叩かれてるのかわからないが、公共インフラに関する事業ではあるし、社会への貢献度が高いんだよな。
だから、まぁ……そこまで強行に拒否する気にもならない、というのはあるのだが。
その後は軽く茶飲み話に付き合った後、城を辞した。
途中、例えばこう、貴族の娘さんを勧められるとかそういう展開は無いのかな? とちょっとだけ気構えたりもしていたのだが、そういうことは無かった。
城を辞した後に領主軍の中隊長のアルバン氏に聞いてみたところ、辺境伯の子女は男ばかりで、誰かに差し出せるような手頃な娘はいないとのこと。
そのことにほっとするべきなのかガッカリするべきなのか、微妙なところだ。
異世界に来て早々に、貴族に紐付きにされてもね。それはそれでどうなのかって話にもなるし。
「ところで、金貨一枚って銀貨何枚分ですか?」
「うん? そうだな。金貨一枚で銀貨十枚。銀貨一枚で大銅貨十枚、大銅貨一枚で銅貨十枚といったところだが」
「ふむ……」
「銅貨数枚あれば何かしらの食事は手に入る。賢者殿が泊まっている宿の食事も、おおよそ大銅貨一枚の範囲に収まるはずだ」
「そうですか、わかりました」
それだけ聞いて大体の貨幣価値は察した。銅貨が百円、大銅貨が千円、銀貨が一万円、金貨が十万円といったところか。
金貨と銀貨百枚ずつなら、千と百万円分ってことだな。
個人への報酬としてはかなりの高額ではあるのだが――あれだけの規模の公共事業に対する報酬としては、捨て値の部類に入るであろうことは間違いなさそうだ。
もっとよこせという気持ちは正直なところ、ある。しかし、他の仕事もやれば追加で支払うと既に条件を提示されている。
支払いが一回きりで、もう金が尽きたから何も払えないと言われるよりはマシだと俺は判断した。
それにしても――異世界に来て最初にすることが、冒険者ギルドに登録して魔物退治ではなく、大工ギルドに所属する大工の親方の指示を受けながら土木工事とは。
どこで間違えてしまったんだろうな、俺は。
今更悔やんでも仕方ない。当座の金をまずは稼ぐことに専念しようと、俺はそう割り切りながら宿へと戻るのだった。