プロローグ
タイトルやあらすじからはややわかりにくいですが、異世界転移の魔法無双モノです。
アスファルトは正義か否か。
道路といえばアスファルトという印象が強い。
ある程度おっさん世代だと、アスファルトという単語からタイヤを切りつける歌を思い出す。俺もそんな一人なのだが――。
年間の雨日数が日本で最も多い某県。俺はそんな某県の県庁所在地の郊外で生まれ育った。
そんな俺から一言。
土の道ってさ、ぶっちゃけ最悪だよ?
都会では田舎に憧れる人は多いと聞くが、雨の日の土の道を通常の靴で歩くのは御免被りたい。本当にキッツイから、勘弁してくれよってなる。
せめて晴れてさえいれば良いのだが。雨、雪の日数が日本一位な我が県では、天気は悪いのが当たり前だった。
話は戻るがアスファルトの道路は、日本ではそれこそ田舎にだって、ある。全ての道が舗装されていなかったり、痛んだアスファルトの修繕が疎かだったりするだけだ。
そもそも何故道路をアスファルトで舗装するのかと言えば、他の手段よりも手早く低コストであるからだ。石畳やその他諸々は、基本的にアスファルトより高価なのである。
再び話は戻るが、アスファルトは正義か否か。
正直なところ、アスファルトが良いとは思えない。昔からこの地域に住んでいたが、一時期やたらと道路工事をしていた印象が多い。
ある意味地方だからだろうか。あちこち道路を掘り返して公共事業を行うことで地方に金をばらまいているという印象が強かった。
古い灰色の色褪せたアスファルトと作りたての黒いアスファルトとの色の違い。それは俺個人としては昔から見慣れた光景だった。
頻繁に張り替えないといけないという点でアスファルトは明らかに低品質な素材だ。
しかしそれでも、コストという面で、大正義なことは明らかだった。
もしも日本の田舎に、神社等の例外を除いて石畳の道やレンガ舗装の道があるというのなら教えて欲しい。俺の知る限り田舎の道というのは、大抵は土か、ひび割れたセメントである。
アスファルトにそんな想いを抱いている俺の、ささやかな望みといえば。
もしヨーロッパに観光に行くとしたら、石畳で舗装されたローマ街道は歩いてみたいよな、なんてことだった。
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「残念ながら西川正道さん。貴方は死んでしまいました」
「はぁ、そうですか」
とある雨の日の帰り道、車にはねられたのが運の尽きである。ちなみに市内の道は大体舗装されているので、別に土の道というわけではなかったのだが。
交通事故に遭った結果、現在白い空間にて女神様っぽい方との面談中である。金髪碧眼の美人さんではあるのだが、それほど好みでは無いな。
「交通事故に遭うと神様が異世界に転生させてくれるって、物語の中だけだと思ってましたよ」
「西川さん? まだ私からは何も説明していないのですが」
「えっ、違うんですか?」
「……違う、とも言い切れませんね」
女神様からの言い分はこうである。死せる人々の魂はそれぞれに輪廻転生を果たすらしいのだが、その際好条件の物件はすぐに予約で埋まってしまうらしい。
特に現代地球の日本人として転生するというのは、それこそ数百年、数千年待ちの状況なのだそうだ。
いや、そもそも人間として転生するのが倍率が高めであり、加えて前世の記憶は消えるのが当たり前なのだとか。
「日本以外の国々の方も大勢、日本やアメリカ、西欧諸国での転生を希望されますからね。ですから我々は、日本人の死者の方には別の世界への転生、あるいは転移をオススメしています」
「なるほど。それはどちらかと言えば大歓迎なのですけれども。何かしら優遇措置はしていただけるのでしょうか?」
「ええ、それは――そうですね。世界にもよりますが、結構優遇させて貰っていますよ」
「おお?」
きた、テンプレチーレムきた、これで勝つる!
そんなことを心の中で思いながら、女神様から詳しい説明を聞くことにした。
異世界への転生。これはまず大雑把に転生と転移の二種類に分けられるらしい。
転生というのはその世界の誰かしらの子供として生を受ける形であり、転移というのはそれとは別にある日突然ある場所に肉体を作成してそこに魂を入れる形になるそうだ。
「転生と転移。一概には比較しづらいものですが、私達としては転移よりも転生が優遇されていると判断して、転移の場合には条件を優遇しています」
「ふむふむ、理由を聞いても?」
「そうですね。転移の場合、対象者はその世界において天涯孤独の身となりますから」
「なるほど」
その世界で親がいる、家族がいるというのは、家族ゼロの根無し草よりよっぽどマシという判断なのか。
まぁ、そうだな。どんな家に生まれるのかによるけれども、貴族の子供に生まれたら生まれた時点で人生勝ち組とか普通にありそうだしな。
「ちなみに、貴族の子供として生まれるコースは、どの世界でも既に予約が五百年先まで埋まっていますね。どれも前世の記憶は消去されるという条件なのですが、それでも良いからという人が後を絶たなくて」
「……そうですか」
「西川さんも転生をお望みですか?」
「いえ、僕は転移の方でお願いします。能力で優遇してくれたらそれで満足出来ますから」
「そうでしたか」
俺の答えを聞くと、女神様はにっこり微笑む。どうやら最初から転移の方を俺にオススメするつもりだったようだ。転生の枠が埋まってるというのなら、まぁそうなるんだろうな。
彼女の話によれば転生は基本的に前世の記憶を消去されてしまうらしいのだが、それでも家族無しでスタートとなる転移よりは人気があるのだそうだ。
俺個人としては最初から大人スタートであれこれやった方が楽しいと思うのだけども、案外そうでもないらしい。
皆わりと家族とか重要視するってことだね。俺は別に、親兄弟がいなくても家族は新たに作ればいいと思うのだけども。
「それで西川さんは、どのような能力を望まれますか?」
「うーん……そうですね」
「はい」
「身の安全を常に確保したいところなので、常時展開される無敵のバリア能力とかあると心強いのですが」
「バリア、ですか。少し待ってくださいね」
女神様はそう答えると、目を閉じて左手をこめかみあたりに被せた。どこかしらとテレパシーで通信でも取っているのだろうかと見守っていると、しばらくしてこう告げてきた。
「申し訳ありませんが、既にその能力は使われているようです。私としても管轄外ですし、西川さんのご要望にお応えすることは出来ません」
「……マジっすか」
「魔法関連ではどうですか? そちらは私の管轄となりますから、比較的強力なものを与えられますよ」
「ではそちらをお願いします」
身の安全を確保するバリアはダメらしいが、魔法は貰えるらしい。
そんなわけで俺は、素直に魔法を貰うことにして、その後詳しい条件を女神様と詰めることにした。
その結果、レベル制ではない、スキル制でも無い、剣と魔法の中世風ファンタジー世界へと転移させてもらうことになった。
レベルやスキルがある世界では、高レベル者が低レベル者を虐げる、危険な世界が多くなるという話だったので回避したのだ。
どうにも、レベルがあるイコール魔王が存在するに近い状態になるそうで。であるならば、比較的平和であるレベル無しの異世界を選ぶのは当然の帰結であった。
「それでは西川正道さん。貴方は異世界へと、魔法使いとして転移することとなります。その世界では扱える魔法が属性毎の適性により左右されますが、適性の割り振りは先ほどの通りでよろしかったですか? 先天性のものですから、後からの調整は利きませんよ」
「はい、問題ありません。あの通りにお願いします」
「そうですか。それでは転送を開始致します。……西川さん、新しい人生が良き物になるよう、お祈りします」
女神様のそんな声を聞き終わると同時に、俺の意識はふっと遠くなった。
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異世界での目覚めは、最悪だった。
草原スタートであること自体は全く問題無かった。
問題は、土砂降りの雨が降っていたということだ。
普通こういう場面で、開幕大雨というのはそうそう無いのではなかろうか。
小説において天気というのは、登場人物の心情とリンクしていることが多い。
女神様に異世界転生、もとい転移させて貰ってチート的な魔法能力まで与えられたのだから、当然人生はバラ色が約束されているようなものであり、であるならば天気は快晴で心地良い風が吹いているべきなのである。
それがまさかの大雨スタートとか。一体どういうことなんだよ、と問い詰めたくなってしまった。
目覚めた時には草原に寝転んでいる状態で、それが既に大雨で打たれていたのだから、いきなりびしょ濡れである。
驚いて飛び起きたが、周囲を眺め回しても手近な雨宿り場所は存在せず、初めての魔法行使で作ったのは、粗末な土作りの家だった。
建ててしばらくして雨を含んで湿ってきたので、後から必死に土から石へと変えて崩壊を防いだ次第である。
土で壁を作り、屋根も作り、それを石に変え、室内が暗いことに気付いて壁のあちこちに明かり取りの窓を取ってから人心地ついた。
そうしてから周囲を眺め回し、近くに道らしきものが存在することに気付く。
道、とはいっても。草原の中でその場所だけ、草があまり生えていないというだけの話だった。
それはただの土の道。全く舗装されておらず、今は雨でぐちゃぐちゃになってしまっている。俺はそれを見て、昔を思い出して不快な気分になった。
そんな外の様子を見ながら、土属性の魔法で作った拠点に篭もる。
俺が女神様に注文した魔法適性の条件は、土属性の適性を高めにするというものだった。
文明レベルが中世から近世程度であるという話は聞いていたし、その中で魔法を振るうのであれば火魔法で破壊の限りを尽くすよりも、土魔法で建造や土木工事を請け負った方が楽というか、儲かると判断したのである。
とはいえ、別属性の魔法が一切使えないわけではない。そこそこの適性が用意された火魔法と風魔法でずぶ濡れになった服を乾かし、水魔法で生み出した飲み水で喉を潤した。
そうしながら、土魔法で作った一時拠点を拡充し、そこそこ立派なものにしておいた。
結局その日は雨は止まず、翌朝、ようやく雨があがった外へと俺は出た。
飯も食わずに石のベッド、石の枕で寝たのはなかなかにきつかった。それでも雨晒しになるよりはマシだったと、俺としては考えているが。
今俺の目の前には、草原の中で草が生えていない、土の道が真っ直ぐに伸びている。
地面はぬかるみ、酷い状態だ。これならまだ草地の上を歩いた方がマシだと思わせるに足りる状況である。
「……ふむ」
そんな道の状況を見て、ふと俺は思い立った。
これを全部、石畳の道に変えてしまうのはどうだろうか。
そう、例えば――ローマ街道のように。
材質が石畳という点ではローマ街道をイメージしつつ作業を進める。
既に昨日雨宿りをする際、一時拠点の床は石畳にしていたのだ。俺が放つ魔力に従って、徐々に土の道が石へと置き換えられていく。
そんな中ふと思い立って、その幅を横に広げてみる。イメージしたのは市内で最も太い道路。片側三車線で、確か五十メートル幅だったか。
やりすぎな感がしなくもないが、どうせやるなら徹底的に、だ。
せっかく女神様から魔法チート、それも土属性に適性高め振りにしたのだから、ここは徹底的にやらせてもらうことにした。
そうして出来上がったのが、石畳の、はるばる延びる、見事な五十メートル道路だった。
中央分離帯もしっかりと設定してある。
あいにく魔力の届く範囲には限度がある為、道の先の方はぷっつりと途切れて土の道のままだ。ふと後ろを振り返ると、そちら側にも魔力の届く範囲で道が形成されている。
そうして造った石の道を、俺はゆっくりと歩き出す。正直腹が減って仕方がないが、魔力を行使しても問題は無いらしい。
歩きながら再び道を延伸しつつ、俺は先を目指す。
そうしながら、俺はふとこんな言葉が頭の中に思い浮かんだ。
僕の前に道はない。
僕の後ろに道は出来る。
※ただし物理的な意味で。
確か人生を道にたとえた言葉だった気がするのだが。しかし俺は思うのだ。
それは人生を道にたとえるよりも物理的にやった方が面白いんじゃなかろうかと。
特に雪の降る地域出身の身としては、雪を踏み固めることで作られた『道』のことをよく知っている。
物理的な意味で道を造れるのなら、それはきっと楽しい部類のことだと個人的には思っている。
剣と魔法の異世界ファンタジー世界。そこに自由に道という絵筆を引きまくるのも、また一興なのではなかろうか。そう考えたのである。
「……行きますかね」
自分で鉄道のレールを引きながら走る機関車とかいう秘密道具も確かあったよなぁなどと考えながら、俺は道を造りつつ、この新しい世界を歩み出すのだった。