神の身許によくあれかし
貴方を好きになったのは、出会って間もないの冬の事。風邪をこじらせた私のもとに、「生きてるか」と訪ねてきた日。
「移りますよ、物好きですねえ」
いつもの調子で軽口叩けども、貴方は笑って、しばらく居るよと安請け合い。寝込む私の傍らで本を眺めるその横顔に、なんだかひどく安堵した。
「君に想いを告げるつもりはなく、墓の下まで持っていこうと、気付いて直ぐに諦めました。
それでも、君の傍を離れることだけは、どうしても出来なくて。ただの“友人”のまま、随分季節を重ねてきましたが……私は上手く演じてましたか?」
一度目の後悔は、貴方の結婚式の友人代表スピーチを引き受けた時。
報せにきた貴方の照れた顔に、ただ胸は痛んだ。
「締りのない顔ですねえ。まあ、引き受けますよ」
「助かる、君は何だかんだで優しいな」
君にやっぱり祝われたいんだ、と続けて笑う顔こそ優しくて、泣きたくなったものだ。
誤魔化すように飲んだ、あの珈琲の苦さを未だに忘れられずにいる。
「君のそばに居ることは、ただの私の我侭でした。私は君になにかしら、返すことが出来ていたのでしょうか。
それだけが、気がかりです。」
二度と会えぬと思った夜は、貴方にこどもが産まれた日。電話口の貴方の声は、いつになく幸せそうだった。
ああ、どうしたって私は貴方を幸せにできやしない。自分の醜い想いが貴方を食いつぶしそうで、私はただ怯えていた。
暫くそうしていたが、えんえんと震える携帯。煩わしくなったが開いてみれば、赤ら顔の猿のような赤ん坊とぶれた貴方の指が写り込んだ画像がひっきりなしに届いて、落ち込むのが馬鹿らしくなってきた。
【やめてください、さすがに迷惑です。それから貴方の指も写り込んでますよ。構図もワンパターンです。】
【正直すまなかった。最後の方の指摘がつらいw】
「私は生憎、こういう性質ですから、ついつい余計な一言を言いがちで、そんな私の物言いを君は大抵、笑ってましたね。貴方は正直だからって。そうですね、ついぞ素直にはなれませんでしたから、せめて正直に在りたいと、そう思っていたのでしょう。」
最後、貴方に伝えたかったのは、私は望外に幸せだったという事実。だってこうして私の不出来に怒ってくれる。
「どうして、隠してきた!ずっと予兆はあったろう?!」
「医者の不養生の結果ですね。貴方はきちんとなされることです」
「諦めないからな、絶対に!」
貴方が泣いてくれただけで、それだけでこの長い長い不毛な片恋も報われる。
「私はずっと君に、君が私に向ける“好き”とはずれた好意を伝えてきました。
それに後悔はありません。友愛も確かにあったのですから。
私は真実、妻も娘も愛してきました。いまも、きっと。
君に抱いていたものは、憧憬がいちばん近いように思います。君の心が私に向けられることが、だからずっと嬉しかった。
君が病に冒され、余命幾ばくもないことを知った時、天罰が下ったのだと思いました。けれど同時に、君が私を好きなまま死ぬ運命にあることに狂喜もしました。
こんな私の身勝手を、どうか皮肉っぽくいつものように笑ってください。
直に私もそちらへ逝くでしょうから、その時はきちんと、君のいつものネチネチとした説諭に付き合います。ですからどうか、おしまいに、私を君がどう思ってくれていたのか、君の言葉で聴かせてください。
ねえ、だから、さよならなんて言いません。」
「またいつか、そう遠くない未来まで。神の身元でよくあれかしと。」
君と同じ、好きではなかった。けれど、私も君が好きだった。それをどう呼べばいいのか、私は結局、わからないんだ。