解放の時 前編
闇…私を包む冷たく、何もない場所。
光はおろか、私の魔力さえもなくなる、この場所…。
ここに封じられて、どの位たったのか、時間さえも判らない。
只、静寂だけが、私に与えられる。
もう、何も考えたくない。
ここには誰も、訪れる事が出来ないのだから…。
暗く深い闇の中、静かに時を過ごすモノがいた。
神殿の奥深く、重く閉ざされた扉の中に封印されたモノ。
この大陸に滅びという恐怖を撒き散らし、人々に恐れられたモノ。
神々の手によって、この地に封印されたモノ。
そのモノは、闇の中で眠っていた。
夢見るは、優しき昔の夢。
目覚めれば閉ざされた闇が広がり、悲しみだけがその心に残る。
その繰り返し。
心の平穏は、かのモノに訪れない。それが神々の罰。
永遠の苦しみ、悲しみのみが、そのモノに与えられる。もう、幾度、こうして目覚めを迎えた事か…とかのモノは思う。
『これは罰。
私の罪への罰。
失ったものが大きかったから、私は狂った。狂って、他の者から奪い尽くした。
それが罪だと、人々と神々は言う。
でも、私は……思わない。』
闇の中で佇むモノは、未だ、罪を認めていない。故に封印は、何千年も解ける事はなかった。
そんな折、重い扉が開く音がした。
何度目かの空耳と、かのモノは思った。しかし、それは空耳ではなかった。
かのモノへ、ゆっくりと近付く気配がある。
闇に閉ざされ、光を映さない瞳は、何も見る事が出来ない。補う魔力は、施された封印の為…ない筈…であったが、かのモノの心の瞳は何かを捉えた。
銀色の微かな光…それが、かのモノに近付いて来る。音を奏でない喉の代わりに心の声で、かのモノは問う。
『何者だ?!ここに何をしに来た?』
光は、かのモノの寸前で止まり、暫し沈黙をしていた。
「私の名はエルフィン。この国、ルータイリアの王だ。
そなたが滅びの乙女か?」
神々から与えられた罰で唯一閉ざされなかった、かのモノの耳に、若く威厳に満ちた低音の青年の声が届く。
この国の王?何故、そんな国を支える重要な役目の者がここに来たのかと、かのモノは不思議に思った。
ここに来るには、何重にも重なった封印を解かなければならない。普通の人間では絶対に出来ない、荒業である。
それが、数メートル離れている青年王に、出来ただと?そんな筈がないと、かのモノは思った。
だが、現実は違った。
魔導師はおろか身辺を守る騎士さえ、この王は連れていない。
かのモノはこの事実に対して不思議に思ったが、それを上回る疑問を王に問う。
『その滅びの乙女の我が身に、何の用だ。』
「特に用はない。只、実在するか知りたかっただけだ。」
返って来た即答で、酔狂な事だとかのモノは思った。封印を解かれた自分が再び、この世を滅ぼすとは思わないのか?とも。
かのモノはふと、視線に気が付く。何時の間にか青年王が目の前にいた。
そして、彼から放たれる僅かな光に目を奪われる。
『光髪…光の神の加護持ち…か。』
「そうだ。」
久し振りに見る光…僅かであったが、暖かな光をかのモノは、心の目で見つめる。無表情だったかのモノ顔に、懐かしさと憂いの表情が微小ながら浮かぶ。
この光に触れても良いのだろうか…でも…自分は、神々の罰を受けたモノ。
加護持ちに触れる事は…出来ないだろう。
そんな思いを感じたのか、先に若き王の方がかのモノの頬に触れた。
触れらた手の暖かさに、かのモノは思わず目を閉じる。微かな微笑がかのモノの顔に再び宿る。
それを見た若き王は、とんでもない事を口にする。
「滅びの乙女よ。そなたが気に入った。吾が許に来るがいい。」
その言葉を聞いて我に返ったかのモノは、驚いて何も考えられなくなった。
『何を…言っている…?私は…』
「滅びの乙女よ。吾と共に、ここから出るのだ。良いな。」
手を取られ、強い意思で告げられた言葉と共に、優しく微笑みかけられたかのモノ・ルーイナーは、呆然となり、王の成すがままに手を引かれ、連れて行かれる。
黒い扉の向こう、外の世界に…。




