大地の姫君
一応、今回で、本編の方は最終話となります。
そんなルーイナーの想いを知らないエルフィンは、自分の目の前に倒れている彼女へ目を向ける。
彼の厳しい目は未だ、敵として見なした滅びの乙女を捉えている。ピクリとも動かない彼女へ、止めの一撃を見舞おうと近付き、言葉を吐く。
「滅びの乙女・ルーイナーよ………
これ以上、重い罪を重ねるなら、この場で永遠に果てるが良い。」
両手で振り上げた聖剣を下ろそうとした時、周りに倒れた人々が発したらしい、微かな呻き声が彼の耳の届く。その途端、彼の手は止まり、周りで血塗れになっている者達を見回す。
すると、先程まで全く動かなかった者達が、小刻みに動き出していたのだ。しかも彼等の無事を確認する為に、壁に飛ばされた筈の騎士達までもが動き出す。
「お前達…無事だったのか?」
騎士達と侍女達への言葉に一斉に頷きが返り、口々に気絶させられただけだと告げられる。騎士達に至っては、壁の方向へ飛ばされたが、壁に激突せずにその下で、何かの力によって動けなくなっただけだったのだ。
全てはルーイナーの力によって、演じられた芝居。
己の命を失わせる為だけに、作られた舞台。
これに気が付いたエルフィンは、剣を鞘に収め、床に横たわる彼女の体を抱き起した。そこには…薄らと微笑を浮かべる彼女の安らかな顔…全てを騙し終えた彼女の、終焉の死に顔があった。
「ルーイン…君は…君って人は…自分が死する事が最良の案だと…考えていたんだね…。だけど…私は…君を失いたく…なかった…。」
冷たい躯となった彼女の体を抱きしめたエルフィンの目からは、幾筋と無く暖かな滴が流れ出してゆく。
最愛の姫を亡くした彼は、この先妻を娶る事をしないと誓い、彼女を埋葬する為に涙を振り切り、残された躯を抱き上げようとするが、不思議な事に腕の中の体から微かな体温を感じた。
驚いて確認すると…背に有った翼と尾が何時の間にか掻き消え、髪の色は白から緑へと、緩やかな波を作りながら変化していく途中であった。肌の色も普通の人間と同じになり、顔の醜く酷い傷も無くなり始めている。
そう、彼の腕の中にいるのは滅びの乙女の姿で無く、あの古の王族の姫君の姿に戻って行く女性の体。
再び驚いたエルフィンは、そのままの状態で、段々と変化していく彼女を見つめるしか出来なかった。
エルフィンの腕の中で、変化していくルーイナーは、夢を見ていた。
彼女の見る夢の中は、光だけが満ちた真っ白な空間に彼女だけが立っていたが、そこへ何時の間にか、金髪碧眼の美しい少女が姿を現す。
少女は彼女の方へ、優しく微笑み掛けながら近付いてくる。ルーイナーの目前へと着た少女は、彼女に向かい話し掛ける。
「お戻りなさい、貴女がここへ来るのは、まだ早いわ。」
そう言って女性は、ルーイナーの体を振り返らせ、その背を押す。
告げられた言葉の意味が判らなかった彼女は、押された反動でその場から意識を飛ばされてしまった。
再び意識が戻ったのは、暖かな何かに包まれた感覚がする場所。
重い瞼を開けると…飛び込んで来たのは、驚いたエルフィンの顔だった。
「え…?此処は??私は…死んだ筈…?」
言葉を綴った後、気付いたのは、あの女性が誰であるかだった。
美と愛の神・リルナリーナ…夢の中で、かの神から告げられた言葉は…もしかして…まだ死期でない、という事を意味するのではないか?
この考えに至った彼女は、俯いて悲しそうな声を上げる。
「まだ…神々は、私を許しては下さらないのですね…。」
彼女の声に、他の男性の声が被る。
「そんな事は無いよ。白き姫君、いや、古の姫君。」
頭の上から聞こえた声に、かの乙女は顔を上げる。彼女の視線を優しい微笑が迎え、ゆっくりを体が浮き上がった。
古の姫君と呼ばれた乙女は、驚きながら相手を見るが、彼女を抱きかかえる相手の歩みが止まり、その先を見る様に促される。
そこには大きな姿見があり、移っているのは…エルフィンに抱かれている緑の髪と紫の瞳の女性。
思わず自分の手で頬を触ると、鏡の中の女性も同じ仕草をする。
この為彼女は、意を決して己の髪を掴み、目の前に持ってくると…波の様な癖を持つ美しい緑の髪が映った。
「これは…私の髪?私は…元に戻ったの??」
「そうだよ、リュリィア。気が付かないかい、君の声は戻っているし、君はその瞳で物事を見ているんだよ。」
エルフィンに指摘されて漸く、自分が声を出し、両の瞳で周りを見ている事に気がつく。良かったと呟く彼女へ、再び彼の声が届く。
「古の姫君、神々からの君への罰は、終わったんだよ。
でもね、私からの罰が待っているだよ。」
エルフィンからの罰と聞いて、不思議そうに顔を上げると…軽い口付けを落とされる。それが離されると、彼からの罰が告げられる。
「リューリシアナ・ディンリリア・レムト・ベアリリシェラル、今日の悪戯の罰として、私の妻になり、一生この国で暮らす事を申し渡す。」
自分の本当の名を告げられ、申し渡された罰にルーイナーいや、リューリシアナは、誰の目にも判る鮮やかな微笑を浮かべた。
「畏まりました。エルフィン国王陛下。
ベアリリシェラル王家の末裔、リューリシアナはその罰を受け、一生この国の為に生きますわ。」
この言葉に、少し不服そうな顔をしたエルフィンへリューリシアナは、一言、自分の本音を付け足す。
「エルフィン…私は、貴方を一生愛し抜くと誓います。」
そう言って彼の首へ手の伸ばし、体を完全に預けると…周りから拍手が起こった。この事で、今のこの部屋が如何いう状況だったか思い出した彼女は、急いで彼の腕から抜け出し、汚してしまった部屋を一瞬で綺麗にしてしまった。
「如何やら、君の力は健在のようだね。
…これじやあ、私の浮気等は、全く出来そうにないな。」
残念そうに告げる国王へ、楽しそうに笑う古の姫君の声が響く。
「私だけに求愛した陛下が、浮気をする心算がおありのですか?」
明るい声に、ないぞと返す彼へ姫君は己の体を預けるが、彼等の暖かな遣り取りに周りの者からの突っ込みが入る。
「エルフィン様、ルーイナー様…いえ、リューリシア様の御着換えがまだですので、御部屋から出て行って貰えますか?
勿論、此処におられる騎士の方々全員とです。」
侍女の言葉にエルフィンは頭を掻き、そう言えばそうだなと呟いて、騎士達と共に一旦部屋を出る事にした。
「また後で…古の姫君…いや、大地の姫君。」
敢えて愛称を呼ばず、大地の姫君と呼んだ彼を呼ばれた本人と侍女達は、微笑みながら見送る。何時も通りに着替えが済み、エルフィンが再び騎士達と共に入室すると、神殿からの連絡が到着する。
それは神々から滅びの乙女に関する知らせが、神殿へ届いたのであろうと思われる内容であった。
結婚式の変更…滅びの乙女が神々の罰を償い、大地の神に祝福された姫君に戻った事を民人に知らせ、国王の妻となる事をも知らせる事を書いた書状に、当事者の本人達は優しく微笑んでいた。
もう、神々がから罰を受けた、滅びの乙女はいない。
この国に存在するのは、大地の女神の祝福を受けた、古の王族の末裔である美しく優しい姫君。
その姫君は今、光の神の祝福を受けた国王の花嫁となり、更なる国の繁栄に国王たる夫と共に力を入れる事となる。
この国の繁栄と共に国王夫婦の仲睦まじい様子は、後にも伝えられている。
滅びの乙女の伝説は、この国の国王によって償いを終え、この後の彼女の一生は、幸せな物だったと綴られている。
しかし…こうも伝えられている。
この国が正しき道を歩んでいれば、これを害する物の前に再び、かの乙女が降臨するであろうと…。
本編は、これで終焉ですが、後日談として二話程、番外編が続きます。お楽しみに。




