偽りの裏切り
数日後、いよいよエルフィンとの婚姻式が目前に迫ったルーイナーは、あの最終手段を決行する。
自分の周りにいる者達を傷付け、エルフィンの怒りを買う事。
但し、本当の意味で彼等を気付付ける事は、今の彼女には出来ないので己の力を使い、重症負うまたは、死んだ様に見せかける事にした。
只、幻を見せるだけでは直ぐに判ると思い、赤い液体をも用意する。
血の様に見える液体を隠し持ち、何時もの様に侍女達を迎え…計画を実行する。侍女達を己が力を駆使して気絶させ、用意していた赤い液体を倒れている者達の体とその床へと撒き散らす。
あたかも血液が飛び散り、流れ出ている様に見える形に散らされたそれに、ルーイナーは己の力で匂いさえも付け加える。
咽返る血の匂いを充満させて、他の者が様子を見に来るのを待つ彼女は、まさに滅びの乙女そのものだった。
そして…彼女の思惑通り侍女達が帰って来ない事を心配し、様子を見に来た者が部屋の惨劇を目の当たりにする。
驚愕を張り付けた顔のまま、この部屋を去る侍女を見送り、彼女はその場で王の到着を待つ。程無くして知らせを受けたらしいエルフィンが、近衛騎士達を引き連れて彼女の部屋へと到着する。
扉を荒々しく開け放った彼等が目にした物は、報告通りの悲惨な状況であった。
「何故…ルーイン…何故…君は…。」
周りの者達の返り血を全身に浴びた様に見えるルーイナーの姿に、エルフィンは絶句した。赤い血(実はそう見える液体)を体中に散らした彼女は、滅びの乙女としての微笑を浮かべる。
「知れた事よ。我は滅びの乙女。
お前との事は、只の戯れ、細やかな退屈凌ぎだっただけよ。それも…もう、飽いた故に、本来の目的である、この国を滅ぼす事を果たすまでよ。」
そう言って彼女は、驚きの為に未だ動けないエルフィンへと両手の爪を伸ばすが、周りにいた近衛騎士達によって阻まれる。
彼女に向かって騎士達が剣を繰り出すが、彼女から放たれた力により壁へと飛ばされる。周りの騎士達の様子で漸くエルフィンは、己の国王たる意識を思い出した様だ。
怒りを秘めた真剣な顔で、ルーイナーと対峙する。その手には神々から与えられし、始祖の剣が握られていた。彼の姿と剣の所在を確認した彼女は、一瞬微笑み、そして…彼に向かって攻撃を仕掛ける。
己の力でなく、持っている凶器…長く伸びた両手の爪で彼と戦う。しかし彼女の爪は尽く、彼の剣によって切断される。
このような結果になる事が、ルーイナーには判っていた。
エルフィンが持つ剣は、己を滅ぼす為に神々が創られし聖剣だったのだ。然も彼女の力は、その剣によって消滅する事も承知していた。
己の武器を失い、憎々しい表情を作る彼女へエルフィンの声が届く。
「ルーイン…いや、滅びの乙女よ。
やはり、そなたを封印から開放したのは、間違いだった様だ。故に…私の手で、そなたを…滅する!!」
この言葉が切っ掛けとなりエルフィンとルーイナーは、お互いの生死を掛けた攻防を始めるが、彼の持つ聖剣の力によって予測通り彼女の力が掻き消される。
そして…とうとう…ルーイナーの胸に、エルフィンの剣が突き刺さる。流れ行く血は色素の無い透明な色…水の様な液体が流れ、国王の手を濡らす。
己の異能力が、全身を支える力が、奪われてゆくのを感じながら、滅びの乙女は国王の前で倒れ込む。真っ白い髪が床に広がり、背にある黒い皮膜の翼も、真っ白く長い毛並みの尾も、力なく体に寄り添う。
『これでいい…これで…何もかも…上手く行く…筈…。』
己の死を間近にしたルーイナーは、心の中でそう思った。
聖剣によって全ての力を失った為、彼女の心の言葉は誰にも届かない。愛おしい男をこれ以上、己に関わらせない為に生きる事を放棄した彼女。
神々の罰により自ら命を絶つ事が出来ない彼女は、唯一自分の命を絶つ事が出来る神々の御業の剣で、自分の愛する男性の手によって死ぬ事を選んだのだ。
この事が果たされた今、彼女の意識は薄れて行った。
死への旅立ちを示すそれに、彼女は微笑を浮かべていた……。
次回で最終回となります。




