妃教育の教師達
翌日、彼女の身に、思わぬ出来事が降り注いて来る。
噂を現実にする為か、エルフィンに命じられた女性が数人、彼女の許へ訪れた。
一人は侍女のファナエラより少し年上とみられる女性、もう一人は同年代位の女性、もう一人は彼女位の娘がいても可笑しくない女性、最後はご隠居の身と言っても過言でない女性だった。
この四人の女性は、ルーイナーと挨拶を交わし、名と役目を告げる。
最初の一人は、ダンスの指導をする教師で、ダイアナ・デルト・フィーレナルト伯爵夫人。黒髪で厳しい緑の目の貴婦人であったが、嫌悪感は抱かなかった。
侍女と同じ位の女性は、歴史を教える教師で、アリセシア・バナフ・ルイディモンテ伯爵令嬢。若輩ながら頭が良いらしく、薄い金色の髪で青く活発そうな瞳の令嬢であったが、こちらも嫌悪感はなし。
次の女性は、この国での貴族の仕来りを教える教師で、ハルディアナ・ガルトディ・バルトレイモン侯爵夫人。赤みがかった金髪で冷めた光を宿した銀色の瞳の貴婦人であったが、何かしらありそうな印象を受けた。
最後の一人である壮年の女性は、侍女と共に彼女の世話をするという、リセテリア・グレア・ジルバート元侯爵夫人。世話役らしく、優しそうな紫の瞳で彼女を見ていたが…ルーイナーの印象は、最悪であった。
邪悪なる闇に落ちて以来、人の心の動きが判る彼女にとって、初見で相手の思惑が判り過ぎていたのだ。しかし、相手を泳がして反応を見る事にした彼女は、己が身に着けている礼儀で対応する。
『皆様、まだ何も知らない不束者ですが、御指導の程、宜しく御願いします。』
ドレスの裾を両手で軽く摘み、優雅に頭を下げると、ダイアナとアリセシア、ハルディアナは、驚きながらも溜息を吐いて感心し、リセテリアだけは、微笑みながらも憎しみの籠った視線を送っていた。
滅びの乙女などに王妃が務められるか、と言う心情で来たと判る態度にルーイナーは、己の望みの為に彼女を利用する事を決める。
エルフィンとの婚姻を破綻させる。
その目的に利用するのに、最適な人材が現れたのだ。
だが、現実は無常であった。
何故なら、彼女の身に付いている物の全ては王族のそれ。古き時代の物であったが、基本的に今と変わらなかった。
故に教わる事は歴史のみとなり、他の教師の者達というと、彼女の事を絶賛してしまっている。唯一残った壮年の女性は、この様子を見て忌々しさで一杯であったようで、その余りつい、先走ってしまい決定的な過ちを犯した。
ルーイナーの食事に毒を盛る。
判り難い物であったが、侍女達と騎士達の活躍でその事実は感嘆の暴かれ、彼女は任を解かれた。
その婦人の代わりに来た女性・フェリアーナは…と言うと、ファナエラの母であり、エルフィンの乳母であった。
ファナエラと同じ、紅の髪に紫の瞳。前任者と同じ様な優しい雰囲気であったが、その瞳にも、心の内にも、優しさが籠っていた。
「ルーイナー様、我が娘が粗相をしていませんか?」
初見の挨拶の後、聞かれた質問にルーイナーは首を横に振り、返事を返す。
『いいえ、ファナは優秀ですよ。只…』
「只?」
『視力の方に、問題がありますね。』
溜息交じりで返された答えに、フェリアーナで無く、ファナエラが反応する。
「ルーイナー様、それは一体、如何いう意味ですか?」
怒りの混じった声に、ルーイナーは即答した。
『ファナ…前から言っているけど、私の何処が、美しく可憐なの?
然もパルトと一緒になって、白き姫君なんて呼んだりして…。』
今では彼女までが、ルーイナーの事を【白き姫君】と呼ぶ様になった事を指摘すると、予想通りの反論が返ってくる。
「事実です。
ルーイナー様は、御美しくて可憐な御方です。パルトナール殿の言う通り、白き姫君の二つ名は、的確だと思っております。」
胸を張って断言する侍女に、脱力をする主。
その様子にフェリアーナは微笑み、止めの言葉を掛ける。
「確かに、娘や騎士様の言う通り、ルーイナー様に【白き姫君】の呼び名は、物凄く御似合いですわ。
フィーレナルト伯爵夫人やバルトレイモン侯爵夫人も、納得されてましたよ。」
一週間前に役目を終えた人物の名を告げられ、更に脱力する彼女へ周りの者達の同意の頷きが聞こえる。
御妃教育の間、彼女の取る行動の全ては一般の市民には見えず、高位の貴族か、王族にしか見えなかったのだ。
立ち振る舞いから言葉使い、ダンスに至るまで、そこに居るのは何処かの国の姫君にしか見えない。故に彼等は、龍人の姫君として捉えていた。
この事を彼女は知らなかったし、誰も彼女に教えなかった。言う必要がなかったから…とも言えるし、姫君に仕える身としては、それが誇らしかったようだ。
劃して、エルフィンとルーイナーの婚姻の日取りが、正式に決められる事となった。
だが貴族の中で、それを良しとしない者が暗躍を始める。
それは彼女にとっても良い機会であったし、確実に利用出来る駒が手に入る可能性を秘めていた。




