古の庭
残されたルーイナーは、驚いたまま、その場で立ち竦んでしまった。
言われた言葉と今の行為…エルフィンからの想いを知り、戸惑い始める。
今まで自分の力を欲した者はいたが、自分そのものを欲した者はいない。
後者であるエルフィンに、強く魅かれる自分を見出した彼女は、今まで座っていた椅子に戻り、悲しそうな顔をする。
『…馬鹿ね…私に好意を寄せるなんて…本当に馬鹿……』
心の声として出さず、想いとして心に留めた言葉に彼女は悲しんだが、涙は出ない…神々から罰を受けた時に、彼女の目から涙も奪われた。
しかし今の彼女の心は、涙を流している。
告げられた言葉と抱き締められた感触…それが更に彼女の胸を締め付け、自分が滅びの乙女でない事を望んでしまうが、現実は無常である。
彼女は滅びの乙女であり、その為の力を持っている。そして、その力が疎ましいと、感じてしまっている現状である。
以前は嬉々として使っていた力なのに、自分に不必要な物と認識している。複雑な想いを抱えてしまった彼女の視線は、不意に窓の外へと向けられる。
そこには一目に咲き誇る花々が一斉に、その美しさを競っている様に見えた為、気分を切り換えたくなった彼女は、あの場所へ行けるかどうか侍女へ尋ねる。
「大丈夫ですよ。ルーイナー様の為にある御庭ですもの。
勿論、エルフィン様から御庭の探索の制限を受けてませんし、後宮の主であるルーイナー様が、そちらに向かわれても何の御咎めも受けませんわ。」
一部の表現を聞き流し、彼女は庭に出る事を希望する。
傍には侍女と、本日の護衛役であるパルトナールが付き従い、ルーイナーは初めて部屋の外、後宮の庭へと出向いた。
色とりどりの花々が咲き乱れるそこは、ルーイナーにとって、不思議と懐かしく感じる風景であった。手入れの行き届いた花園…それを護るかの様に、背の高い緑の木々が周りを包み込んでいる。
人間であった頃に見慣れた、風景を思い出させるこの庭で彼女は、心を鎮める事をしようとしたが、周りの美しい花々を見る度に思い出されるのは、昔の事と…エルフィンの優しい微笑…。
心は静まるどころか逆に、先程からの想いが胸を締め付ける。
辛い想いを振り切ろうと頭を上げた時、後宮の建物が彼女の目に入る。見覚えのある建物につい、侍女へと声を掛ける。
『ファナ、この建物は、昔からここにあるの?』
尋ねられた侍女・ファナエラは、そうですわと答える。
「この王国が出来上がる以前の、建物を再現したと聞いております。」
彼女の返答にルーイナーは、驚き、質問を投げ掛ける。
『再現…した?若しかして、ベアリリシェラって国の建物の…再現なの?』
今の主から尋ねられた侍女は、不思議そうな顔をして、言われた通りだと告げる。
何故、この王国の以前の国名を彼女が知っているのか、侍女には判らなかったが、傍にいた騎士は、かの乙女が永き時を歩んでいると知っていたので、納得したらしい。この為、騎士の方が口を開く。
「ルーイナー様は、この王国が生まれる前の、この土地の旧名を御存じなのですね。
その王国の建物を再現した物が、この後宮と離宮なのですよ。」
傍にいる騎士の言葉で今度は、かの乙女の方が不思議に思った。
何故、昔の王国の建物を再現するのか?新しく作られた国なら、その国ならではの様式で創られる物では無いのか…と。
しかし、その考えは間違いと判る。
その当時、出来たばかりであったこの国は、ベアリリシェラの国の王族が滅んだ後この土地を得たが、ここに住んでいる民人の反発と、この国の様式の美しさを失う事を初代の王が良しとしなかった為、そのままの様式を取り入れたと教えられる。
この理由を聞いた、滅びの乙女は納得する。
彼女が人間として生きていた頃のこの国の様式は、周辺諸国からも絶賛される程の美しさを誇り、国の職人の腕前を他の国々が欲していた。
だが、彼等は国の宝、他国からの注文で品物を作るが、彼等への恩恵を惜しまないこの国から誰も出ようとしなかった。
貴族に次ぐ地位を持つ彼等は、他国での扱いがこの国よりも下の地位になる為、離れる事は無かった。それ故に他国は何としても、これらの技術を得ようとするが、全て失敗に終わった。
国の命を受けた他国の者が職人として修業をし、技術を習得して無事に帰国しても、あの国と自国の扱いの違いに失念して、再びこの地を踏む事となる。
つまり、修行の終えた職人が一旦祖国へ帰っても、再びこの国へと戻って仕事を再開してしまうのだ。
このような理由で自然と国に職人が集まり、様式も洗練されて行く。
その結晶の一つが、王の住まう場所であった。
あの国の建物を一寸の狂いもなく、見事に再現出来るという事は、この国の方針が滅んだ国と同じと推測出来る。
この事を騎士に尋ねると、以前あった国の制度をそのまま受け継いでいると、返答が返って来る。先程からの疑問に的確な答えを得たかの乙女は、改めて後宮の建物を見つめる。
以前と少しも変わらない…いや、以前より洗練されていると思える建物に、懐かしさと美しさを感じつつも、周りの花々にも目を向ける。平穏だった昔を思い出し、自然と穏やかになって行く気持ちに何時しか彼女は、両の目を閉じる。
その穏やかで優しげな雰囲気に、周りの者達は息を呑んだ。
滅びの乙女には見えず、聖女か何か…いや、不可侵的な威厳をも感じ取った者達は、王族がそこに居ると思えたようだ。
彼等の視線を感じたかの乙女は、細やかに微笑みながら彼等の方向へ振り向き、部屋に帰る意志を伝える。ゆっくりと歩みを進める乙女に、彼等は付き従い、共に元の部屋へと戻って行った。




