プロローグ
遥かな昔 この世界を滅ぼそうとした者在り
その者 絶大いなる魔力を持ち
多くの民人を 死に至らしめた
だが…その者 神々の怒りを買い
神殿の奥深くに 封印されし
その者の醜き姿 その証為れど
その姿 何人の目に触れる事無し
されど民人よ 忘るる事無かれ
かの魔物は 生きている
神殿の闇の中で……
昔々、この平和な国ルータイリアには、美しい姿で絶大なる魔力を持ち、それを使って多くの生命を奪った乙女がいた。
彼女の行いで多くの国が亡び、世界に脅威を振り撒いた。
この結果乙女は、神々から怒りを買い、神々の祝福からも見放される事となる。
神々に捕えられた乙女は、罰としてその姿を醜く変えられ、ルータイリア国の神殿の地下、奥深く暗い一室に封印される。
神々の施した封印は、誰にも破る事が出来ず、只、只、月日だけが無残にも流れ過ぎて行く。
そして、その乙女は伝説となり、この国の御伽話として、永い月日の中で語り継がれて行くのみであった。
あれから千年、いや二千年経ったであろうか。
この国に年若き王が君臨する。
太陽の下では金色に月の下では銀色に輝く髪を持ち、昼間は青に夜は藍色に変化する瞳は強き意思を示し、程良い肉付きの体は武術に秀でていた。
何事にも真剣で一途な心は、周りの武官および文官という国に仕える者達だけでなく、一般の国民にまで大いなる信頼を受けていた。
中でもかの王の持つ髪と目は、光髪と空の瞳と呼ばれ、光神・ジェスクの祝福を受けている証故に、周りの国々にも一目置かれる存在でもあった。
その王・エルフィンは、一つの伝説に興味を示す。
『世界を滅ぼし掛けた、邪悪なる乙女』…その乙女が自国の神殿に封印され、眠っているという。
自分の国民と周辺諸国の恐怖となったその人物が、本当に存在しているのか?
本当に生きているのなら、その脅威を自らの手で無くそうと思っていた。
そうして、祖先が残した多くの文献を調べている内に彼は、乙女が封印されていると伝えられる場所を突き止める。
文献よると、自らの王宮の直ぐ近く、ルータイリア国内全域における神殿の要、首都・エジンアル大神殿に乙女は封印されているらしい。
周りの従う者達や神官達が止めるのも聞かず、彼はその場所に赴く。
白き石…光の神が無から創る、輝石と呼ばれる石で造られた大神殿の神々の間の奥、そこに地下へ通じる扉があった。
人の身の丈3倍位の大きさで両開きの扉には、幾つもの神々の象徴が犇めき合い、厳重に多くの鍵が掛けられていた。不思議な事に、その扉には取っ手が無かった。
「ここが…その部屋へ通じる扉か…」
「お止め下さい、陛下。
生まれながらにしてジェスク様の恩恵を授かっている貴方でさえ、神々の逆鱗に触れる事になりますぞ。」
長く白い髭を顎に蓄えた壮年の大神官の必死な制止にも、若き王は止まらない。
目の前の扉の鍵を開る為に近寄り、一つ目の錠前を手に取る。
そこに封印を解くと言われている、一番最初の鍵を差し込もうとした瞬間、扉が眩い光を放ち出した。
光が収まると眼前の扉の錠前は全て姿を消し、幾重もの封印が無かったかの様に重そうな大きな扉は大きく開け放たれる。
そこは深い闇に包まれ、やっとの思いで見える冷たく硬い石の階段が存在していた。
「如何やら神々は、吾を見放されてはいない様だ。
寧ろ、行けと言われているのかもしれん。」
大きく口を開けた扉を見つめ、若き王は大神官に言う。これを受けた大神官は先程の出来事を考え、王に告げる。
「エルフィン陛下。
神々は我等に、試練を与えようと為されているのかもしれませんな。くれぐれもお気を付けを…。」
深々と頭を下げ、大神官は若き王を見つめた。かの王は大神官の方に振り向き、その眼差しを受け止めて真剣な顔で頷く。
そして、再び扉の奥に広がる闇を見据える。覚悟を決め、ゆっくりと奥へと階段を下りて行く。
手にある仄かなランプの光と自らの髪の銀色の光だけが、階段を包む暗黒の闇を照らす輝きであった。
どの位下りたであろう、長く続く階段に漸く終わりが見え始める。
最奥にある扉らしきものが小さく、かの王の目に映った。
「…やっと見えたか…。流石に最奥と言われてるだけあって、長い階段だな。」
一人ごちて、一つ溜息が出る。頼りのランプの光は、かなり小さくなっていた。
後は自らの光のみであったが、余りにも頼りない。
生まれながらにして持つ光神の恩恵の一つであるこの光は、満月の様に闇を照らすものでない故、心許い物であった。
これの他に光神の祝福でもあれば話が別であるのだが、かの王にはそれがなかったのだ。
王にあるのは、生まれながらにして持つ光の神の恩恵である光髪と空の瞳、左腕にある二連の腕輪…戦の神と美と愛の神の祝福のみ…。
三神の神の祝福を受けている事は、かなり稀な事である。
多くても二神…それでも稀有である。大概の祝福が一神の神からであった。
その珍しい境遇故に、王は過度の期待をされ、またそれを熟す能力を持っていた。流石に、三神の祝福を受けた者である。
故に若き王は多くの民、多くの臣下から信頼を得ている。
その王が今、滅びの乙女と呼ばれる厄災を、この世に放とうとしている…それが、どの様な結果を世界に齎すか、神々以外の者達には知る術が無かった。
長く続く階段が終り、若き王の前に重厚な扉が再び広がる。
全く装飾が無く、只、闇の様に黒い扉がかの王の行く手を遮っている。
上のあった物と同じく、取っ手の無い扉にかの王は右手で触れる。腕輪の無い利き腕では、重い扉に開く気配はない。
「やはり、こちらでは無理か…。」
何か感じたらしい若き王は、利き腕と反対の手…神々の祝福の証がある左手で、そっと扉に触れた。すると、如何だろう。
ビクともしなかった重い扉が素直に開いたのだ。
扉の中は、一片の光も届かない真の闇が広がっていた。頼りにしていたランプの光は、既に消え去っていて自らの光も、その闇を照らす事は出来なかった。
闇は深く、僅かに齎された光さえも、その懐に収めている様だ。
その中をゆっくりと進んで行くが何の気配も感じない為、何も無いのか…と、若き王は思った。
伝説の滅びの乙女など実在しない夢物語だったのかと、落胆した……
その時だった。
『何者だ?!ここに何をしに来た?』
王の頭の中で声がした。
驚いた王は、辺りを見回し、そして、闇の中に蠢くモノを見つける。
そのモノの姿は暗くて良く見えなかったが、伝説が本当だったと王は確信する。
これが、幾千年も封印されていた滅びの乙女と神々の祝福を受けた王の、運命的な出会いである。




