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23.王との晩餐

フェンドル王国は、瀟洒な雰囲気のサリアーデと比べて、建物も人の装いもどちらかというと見た目より機能を重視する傾向を持っているようだった。

 質実剛健がグレアム王の信条らしいとクロードに聞かされていたリセアネは、馬車の小窓を覗き、物珍しそうに行きかう人々や街並みを眺めている。気候は、想像以上に寒かった。今が秋だからかもしれない。春になれば、ここまでではないだろう、と自らを慰めながら、コートの襟もとをかき合せる。その前に冬が来るのか、と思いつき、少しだけ気分が沈んだ。

 くるくると表情を変えているリセアネを楽しげに見つめていたティアとナタリアだったが、馬車の揺れが止まったのに気が付き顔を見合わせた。


「姫様方。王城の正門に到着致しました。ここよりは、我がフェンドルの馬車にお乗換え願います」


 凛とした声の持ち主は、どうやらフェンドル軍の騎士らしい。続いて、ノルンの声が聞こえてきた。


「開けますよ、姫様」

「いいわ」


 両開きの扉が開くと、途端に冷たい空気が流れ込んでくる。

 ああ、懐かしい。ティアは久しぶりに味わう北国独特の澄んだ風に望郷の思いを抱いたが、リセアネは顔を顰めた。鼻先が赤くなっているような気がしてならない。

 ノルンに手を取られ、サリアーデの第二王女が姿を現すと、出迎えの騎士たちの間から一斉に溜息が漏れた。

 後につづき馬車から降りてきたナタリアやティアのことなど目に入らない、と言わんばかりの彼らの視線に、リセアネは内心「馬鹿じゃないの!」と毒づいた。

 最初に声をかけた騎士が、うやうやしく片膝をつき、リセアネに挨拶を述べる。


「お初にお目にかかります。私は第一師団に配属されておりますジェラルド・ランズボトムと申します。この度、陛下直々に姫様方の警護を仰せつかりました。若輩者ではございますが、どうぞお見知りおきを」


 目の覚めるような青の裏打ちマントをまとった若い騎士に手袋越しの接吻を許し、リセアネは鷹揚に微笑んだ。


「出迎えご苦労さま。では、あなたが私付きの騎士になるというわけ?」


 ジェラルドと名乗った青年は、思いがけないことを言われたというように目を瞬かせた。


「姫様付き、とは……?」

「ああ、リセは知らないのだったね」


 もう一台の馬車から降りてきたクロードが、リセアネの傍らに歩み寄った。


「フェンドルには、サリアーデのような習慣はないのだよ。王室警備隊という軍の一部が、近衛騎士を兼ねているんだ。式典や外出の際の護衛を勤めてくれる彼らだが、常にリセの傍に控えているというわけではない」


 不安かい? と兄に顔を覗きこまれ、リセアネは優雅に首を振ってみせた。


「いいえ、むしろホッといたしましたわ」


 想像していたより自由に、王城内を動き回れそうだ。

 リセアネはにんまりと笑いたいのを我慢して、ジェラルドに目を向けた。


「では、参りましょうか」

「はっ」


 さすがに王のいる城の中にまで、私兵同然の近衛騎士を連れ込むことは出来ない。

 リセアネ、ナタリア、クロード、そしてティアだけが馬車に乗り込むことになった。フィンやノルンなど近衛騎士たちは、別の馬車で迎賓館へと迎えられる段取りらしい。

 黒塗りの馬車に乗り換え、どれくらい走っただろうか。

 一際大きな城の前で、馬車は止まった。


 馬車と並走していた馬から飛び降り、ジェラルドが扉を開ける。

 リセアネはようやく、グレアム王の住まう王城へと到着した。

 寒さを防ぐためだろうか、窓のガラスは小さいものが多いし、扉の分厚さから壁の厚さがうかがえる。どっしりとした印象をあたえる頑強な建築物を見上げ、リセアネは白い息を吐いた。

 リセアネとティアは、さっそく特別な一室に案内された。

 来賓であるナタリアとクロードとは離れた部屋で、そのことがリセアネは不満だったのだが、しきたりだと説明されてしまえば文句は言えない。


「長旅で、さぞお疲れでしょう。今日はごゆるりとお休みくださいませ。呼び鈴を鳴らしてくだされば、すぐに姫様付きの侍女たちが飛んで参りますので」


 侍女頭と名乗った年配の女性を軽くねぎらい、見送る。リセアネはティアと二人きりになるやいなや、うーんと大きく伸びをした。

 大きな暖炉からは薪のはぜる音が聞こえてくる。

 防寒の為だろうか、窓のない方の壁には色鮮やかな毛織のタペストリーがかかっていた。


「なんだか眠くなってしまったわ」

<では、お召替えを>


 荷物を詰める際、すぐに使いたいものだけを一纏めにしてあった。使用人たちがそのトランクを部屋まで運んで来てくれたので、一通りのものは揃っている。

 ティアは早速ベルを鳴らし、バスタブとお湯を運ばせた。

 手際よくリセアネを入浴させた後、暖炉の前に移動し、丁寧に主の髪の水気をふき取っていく。

 念入りに自分の髪を梳いている彼女を、リセアネは半分閉じそうになっている瞳で見上げた。


「あなたがいてくれて良かったわ、ティア。ここは……本当にサリアーデとは違うもの」

<星の宮には源泉から湯を引いた湯殿がありましたものね>


 リセアネを入浴させた際に濡れてしまったのだろう、ふやけたティアの手帳に鉛筆の文字が掠れていく。


「ええ。バスタブにわざわざ湯を貯めて、体を沈めて中で洗うなんて不便だわ」

<北国において、水を温めるというのは大変な手間なのですよ。リセ様にお湯を運ぶ為、皆苦労したことでしょう>

「そうなのね。ではあまり贅沢を言っては、皆が可哀想ね」


 ふああ、と愛らしいあくびをかみ殺し、リセアネはそう呟いた。

 ティアは微笑み、ゆったりとした部屋着に着替えさせた姫を寝台に導いた。

 飾り気のない実用性第一の寝台には、暖かな毛布が何枚も準備されている。

 その中に大人しくもぐりこみ、あっと言う間に安らかな寝息を立て始めたリセアネをしばらく見守ってから、ティアも自分の旅装を解くことにした。

 バスタブでの入浴に、暖炉やタペストリー。

 ファインツゲルトとよく似ている生活様式に、激しい感傷がこみ上げてくる。

 もうすぐ冬将軍がやってくる。ゲルトの民たちは、無事冬を越せるだろうか。

 隣の国に想いを馳せながら、ティアは窓辺にいつまでも佇んでいた。



 挙式を翌日に控えた日の夜。

 グレアムとリセアネの顔合わせを兼ねた晩餐会が開かれることになったらしく、侍従がその旨を知らせにやって来た。


「司祭の前で初めて顔を合わせるというのでは、王女様に気の毒だから、と陛下は仰せです」

「お気遣い、ありがたく頂戴するわ」


 リセアネは、早速ティアを呼び寄せ、支度をすることにした。

 夫となる人に初めて会うのだ。礼を失しないよう、なるだけ盛装した方がいいだろう。

 しばらく思案した結果、襟の高いロングスリーブのドレスを着ることに決めた。

 髪は高く結い上げ首回りをすっきりさせて、五連のネックレスを重ねる。

 仕上げにサリアーデの王女の証であるティアラをつけ、鏡に姿を映すと、我ながら豪華で威厳のある恰好に見えた。


「どうかしら?」

<よくお似合いですわ>


 ティアは一番地味な灰色のドレスを選んだ。お仕着せの服が一番落ち着くのだが、挙式前だからかまだこちらの物が支給されていないのだ。

 ティアは晩餐会の行われる広間までリセアネに付き添い、隣の間で夕食にあずかることになっている。

 案内係りの後に続き、リセアネは部屋の外に出た。ティアが影のようにひっそりとリセアネの後ろに続く。


「そういえば、絵姿の交換もしなかったわ。どんな方なのかしらね」


 扇を広げ、口元を隠してこっそり囁いてきたリセアネに、ティアは小さな笑みで応えた。


<きっと素敵な方ですわ>

「……だといいけど」


 長い廊下の角を何度か曲がった突き当りが、目的の部屋らしかった。


「お付きの方は、ここまでで。すでにクロード殿下もお見えになっております」


 案内してくれた侍従がうやうやしくお辞儀をしながら、扉を開ける。

 リセアネはティアに軽く頷いてみせると、頭をツンとそらせ部屋の中に足を踏み入れた。


 沢山の燭台で明るく照らされた広間にいたのは、二人だけ。

 兄と、兄より随分年上に見える背の高い男だ。

 リセアネの入室に気が付くと、ワインを傾け談笑していた二人の男はすぐさま立ち上がった。


「リセアネ。こちらが、フェンドル国王グレアム様だよ」


 クロードの紹介を待ち、リセアネは結婚相手に視線を向けた。

 艶やかな黒髪は短く整えられ、こげ茶色の瞳は切れ長で美しい。

 顔の造作自体は非常に整っていると云えるのだろうが、目つきが鋭すぎる。

 服の上からでも、鍛え上げられた体躯だということは見て取れた。

 王ではなく将軍だ、と紹介された方が腑に落ちただろう。リセアネは夫となる人を観察し、点をつけた。

 とりあえず及第点はあげられそうだ、と胸をなで下ろす。生理的に受け付けられない類の男ではない。


「初めまして、陛下。こうしてご尊顔を拝することが出来、光栄ですわ」


 リセアネの今までの経験からいうと、うっとりと自分に見惚れた後、「他人行儀はおやめ下さい。どうか私のことは、グレアムと」と続くはずだった。

 ところが、グレアム王は軽く眉を上げ「遠くから大変でしたね」と至極簡単にリセアネを労った。

 ……それだけ?

 リセアネは驚きに目を見張った。

 じっと見つめても、グレアムは顔色一つ変えない。

 見惚れるどころか、明らかにリセアネに対して「子供ではないか」というような表情を浮かべている。

 日頃から、外見だけに囚われ自分を熱心に口説いてくる男たちを馬鹿にしているリセアネだったが、グレアムのそっけない態度には屈辱を感じた。

 ――なによ、私が子供なのではなくて、あなたが年寄りなんだわ!

 妹の考えていることが手に取るように分かったクロードは、口元に拳を当て、笑いを噛み殺した。


「さあ、こちらの席へどうぞ。貴女が座って下さらなくては、私たちはここに立たされたままだ」

「……そうですわね」


 リセアネは何とか笑みをこしらえ直し、グレアムの隣まで進んだ。それから彼のエスコートで椅子に腰を下ろす。一国の王に丁重にもてなされている現状を自覚し、リセアネは少し機嫌を直した。


「どうぞお掛けになって」


 リセアネの声を合図に、二人が再び席につく。

 部屋の隅に控えていた侍従が動き、給仕メイド達が現れる。まずは温かなスープが運ばれた。

 晩餐が終わるまで、グレアムはずっとクロードとだけ話していた。

 おかげでリセアネは、彼を存分に観察することが出来たのだが、自分の視線に気づいているはずなのに目も合わそうとしないグレアムにひとつの結論を下した。

 ――男色家でいらっしゃるに違いないわ

 だとすれば、クロードが危ない。兄はとても繊細で中性的な容姿をしているのだ。

 同盟国の王太子を力尽くでどうにかしようとはしないだろうが、兄に警告はしておいた方が良いだろう。

 リセアネは、内心盛大な溜息をついた。

 自分に見惚れない賢い男だといいと願ってはいたけれど、女性に興味のない男がいいと思ったことは一度もなかった。

 これでは、世継ぎをこしらえるのに一苦労せねばならないではないか。


 リセアネがそんな見当違いな想像を巡らせているとは露知らず、グレアムは淡々と食事を胃に収めていった。

 一方グレアムも、内心頭を抱えていた。

 確かに噂通り、浮世離れした美しさを誇る姫だ。

 同時に、豪華すぎる装いといい、ツンとそらされた頭といい、甘やかされて育ってきた高慢な姫だというのも間違いではないのだろう。

 国庫を正妃に食いつぶされては堪らない。

 この国ではサリアーデで過ごしていたようには過ごせないということを、まずは飲み込んでもらわなければ。

 だがグレアムが率直に告げれば、泣きわめいたり、ヒステリーを起こしたりする可能性も大きい。

 女性に対し甘い砂糖でまぶしたような物言いをする自分を想像しようとしたが、上手くいかなかった。きっとリセアネは怯え、大騒ぎするだろう。

 ……どうしたものか。

 リセアネに愛らしく見つめられても、グレアムの憂鬱は深まるばかりだった。

 とにかく全ては式を挙げてからだ。それまでは、当たり障りなく事を進めなければ。

 グレアムは割り切り、二人に気づかれないよう重い息を吐いた。



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