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19.束の間の休息

 あっという間に、第二王女の婚儀の段取りは進められていった。

 国中に噂が駆け巡る。


 「暁の姫巫女さまが、フェンドル王の元に嫁がれるんだってね」

 「お強く凛々しい方だという噂じゃないか。リセアネ姫と並べば、絵のように似合いの二人だろうねえ」


 買い物に出かけた市場で、その話を耳にしたカンナは、慌てて店へと駆け戻った。


 「母さんっ!」

 「どうしたの、そんなに血相を変えて」


 はあ、はあ、と息切れする胸を押さえながら、カンナは母に一部始終を話して聞かせた。


 「お輿入れに際して、数名の侍女をお連れになると決まったそうなの。まさか、姫様まで……」

 「しーっ」


 店内には、見本として置いてあるデザイン帳をめくっている小柄な男性が一人いるだけだ。

 カンナは不服そうに唇を尖らせたが、エルザは思慮深げな瞳を瞬かせ、指を口元に立てた。


 「すみません、今、リセアネ姫と聞こえたのですが……」

 

 かの男性が、いかにも不思議そうな表情を浮かべて、カンナに話しかけた。


 「第二王女の婚姻が決まったというのは、どうやら本当なのですね?」

 「ええ。街はその噂でもちきりですわ」


 西国からサリアーデに布を売りにきた、と自らの素性を明らかにしてから、その男はうーんと腕組みした。


 「では、フェンドル国に出向くべきかな。婚礼の儀に合わせて、貴族ご用達の店には沢山の注文が入るだろうから」

 「せっかくサリアーデに来たばかりだというのに、難儀なことですね」


 エルザがそう労うと、男ははにかんだ笑みを浮かべた。


 「需要のあるところに出向くのが、流しの商いの定めですよ。それにしても、前からそんな話があると知っていたなら、先にフェンドルに向かったのですがねえ」


 大荷物を抱えての移動だ。旅費も馬鹿にならない、と男がこぼすと、カンナは「そうですわよね」と相槌を打った。


 「フェンドルとの縁組ということは、やはり先の戦絡みでしょうか」

 「さあ、どうなんでしょう」


 皇女ティアと自分たちを引き取る為に、クロードがフェンドル王に借りを作ったから、などとは口が裂けても言えない。エルザは曖昧に笑ってお茶を濁そうとしたのだが、男は笑みを浮かべ、言葉を続けた。


 「私も早く自分の店を持って、こちらの店のように王族御用達だと呼ばれたいものです」


 エルザが慌てて口を挟もうとしたのだが、カンナは明るく「まあ、うちってそんな風によばれてるんですか?」と問い返した。男はさも羨ましそうに、溜息をついて天を仰ぐ。


 「王太子殿下が直々に訪れる店だと、評判ではないですか。あやかりたいものです」

 「カンナ。……そういえば、届け物があったんだ。帰ってきたところ悪いけど、今から行ってきてくれないかい?」

 「そうなの? じゃあ、行ってくるわ」


 何も気づいていない風の娘に、一枚のメモと手近にあった包みを渡す。


 「必ず、直接お渡ししてくるんだよ」

 「はい、母さん」


 カンナは朗らかに答え、ドレスの裾を翻して店を出て行った。

 エルザは手元の布に集中する振りをして、まだ色々と話を聞きたそうな男の相手を続けた。



 



 リセアネは、二月後の10月にフェンドル王国に嫁ぐことが決まった。

 サリアーデの社交シーズンは10月から12月までと定められている。

 姉のナタリアも10月になれば、領地から王都のタウンハウスへと移動してくる予定なのだ。


 「もう、うんざり!」


 星の宮にリセアネの甲高い声が響き渡った。


 「今あるドレスから、型を取ればいいでしょう。さあ、下がって!」


 北国であるフェンドルに嫁ぐ為、ドレスやコート、外出着や乗馬着。夜着に至るまで、全てを新たに作ることになったのだ。朝から何時間も下着姿で大勢のお針子たちにつつき回され、リセアネは我慢の限界を迎えていた。


 「姫様、でも」

 「すぐに出て行かないと、型紙に火をつけてやるわよ!」


 両手を振り回し、部屋にいた侍女たちまで追い出してしまう。

 その様子を、ティアは笑いを噛み殺して見守っていた。


 「何笑ってるの? どうせ、ティアだってこれから同じ目に遭うわよ!」

 <すでに私の分の荷物は、準備済みでございます>


 さらりと紙に書付け、ティアはリセアネに見せた。


 <ロゼッタ公爵様が、王宮に上がる際に冬用の服も一緒に誂えて下さいましたから>

 「そうなの? エド義兄さまにはお見通しだったってわけなのかしら。ああ、もうこういうの大嫌い」


 下着姿でうろうろと部屋を歩き回るリセアネに苦笑しながら、ティアは動きやすいドレスを一枚選び、手早く主人に着せ付けた。


 <美しいドレスや宝飾品を選ぶのに夢中になる女性の方が多いのだと思っておりましたわ>

 「ふん。何を着ても一緒よ。大事なのは中身だわ」


 最もなことを言っているのだが、癇癪を起して両手を振り回していた姫の言葉とも思えない。堪えきれなくなったようにフフフと笑うティアを見て、リセアネは腰に手を当てた。


 「いつまで笑ってるつもりなの!」

 <申し訳ありません>


 すかさず持ち歩いているカードのうちの一枚を掲げたティアに、とうとうリセアネまで笑い出してしまう。二人は仲の良い姉妹のように、お互いの肩をつつきあって笑った。




 星の宮からお針子たちが追い出されていたその頃――。


 「フィン様。正門に、二の郭の仕立て屋の娘だと名乗る者が来ております」

 「ん? すぐ行く」


 非番だったフィンは、久しぶりに訓練場で若手の騎士を相手に模擬戦を行っていた。いつもなら、婚約者に会いに一の郭まで降りていくのだが、あいにくマアサは領地に戻ってしまっている。

 年明けに婚礼の儀が決まったので、その準備をしなくてはならないのだ。理由が理由なだけに、フィンも文句は言えなかった。


 マアサにしばらく会えないストレスを、剣に乗せてぶつけられてしまった若い騎士たちは、大きく息を吐いた。あちこちが痛んで、しばらくはまっすぐ歩くのも辛そうだ。


 「もっとちゃんと訓練しておけよ。実戦だったら、とっくに死んでるぞ」

 

 訓練用の模擬刀をさげ、フィンが踵を返すと、あちこちから情けない返事が上がった。

 鍛錬を欠かしていないわけではない。相手が悪いのだ、と誰もが心の中で呟いた。


 正門にある待機所へと足早に向かうと、そこにはカンナが所在なさ気に佇んでいた。見張りの兵士の一人に先程から口説かれているようだが、困ったように俯いている。

 フィンは「はい、そこまで」と間に割って入った。


 「可愛い女性を見つけて口説くのは構わないが、引き際も肝心だよ」

 「フィン様!」


 カンナは、見知った相手に会えた喜びで、嬉しそうに顔を綻ばせた。

 近衛騎士であるフィンを見て、兵士もバツが悪そうに肩をすくめ早々に退散していく。


 「どうされました?」

 「母から、これを預かりました」


 カンナが差し出した書付けに目を通すフィンの顔が、みるみるうちに真剣なものに変わっていく。


 「どうすればよろしいでしょうか?」

 「ここで少し待っていて下さい。殿下に報告して、一緒に店まで行きますから」

 「は、はい」


 ホッとしたように胸を撫で下ろすカンナを安心させるように、フィンは微笑んでみせ、それから足早に光の宮へと向かった。


 フィンの報告を受けたクロードは、素早く指示を出した。

 星の宮の警備をより厳重にすること。

 リセアネが嫁ぐ10月まで、正門及び二つの門を通るものの身元を詳しく調べること。

 そして、フィンと共に執務室を飛び出した。


 「殿下直々に出向くことはないでしょうに」


 苦々しげに吐き捨てるフィンを見て、クロードはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

 「最近、書類仕事が多くてね。腕がなまりそうだったんだよ」

 「殿下の期待されてる展開には、ならないかもしれませんよ」


 果たして、フィンの言った通りになった。

 カンナを従え、数名の騎士と共にゲルト洋裁店へと向かった時には、もうくだんの男の姿はなかったのである。


 「クロード殿下!」


 店で彼らを待っていたエルザは、クロードの顔を見るや否や、膝が砕けたかのように椅子に座りこんでしまった。余程気を張り詰めていたのか、唇は真っ青だ。


 「大丈夫かい? 知らせてくれてありがとう」

 「いいえ、殿下に警告されていなかったら、気づけませんでした」


 エルザは問われるがままに、店に現れた小柄な商人風の男について覚えている限りのことを話した。

 エルザの話を聞きながら、クロードはさらさらと似顔絵を描いていく。


 「こんな人相かな?」

 「ええ、そうです! 殿下は絵もお上手なのですねえ」


 感心してしきりに褒めるエルザの顔色は、すっかり元に戻ったようだ。


 「隠してはいましたが、語尾にフェンドル人訛りがありました。おそらく、フェンドル国の人間だと思います」

 「よく分かったね!」


 フィンが感嘆の声を上げると、エルザは切なげに視線を落とした。


 「城で、沢山聞きましたから」


 皇城が陥落した時のことを指しているのだと分かり、フィンは「すまない」と小さな声で謝った。

 カンナは、そんな母の話を唖然として聞いていた。


 「ご、ごめんなさい、母さん。そんなこととは知らなくて」

 「いいんだよ。お前は素直な子だから、隠し事には向いていないと私が殿下に申し上げたんだ」

 「そんなことないわよ!」


 その証拠に皇女役だって立派にこなしたではないか、と言わんばかりの娘を見て、エルザは首を振った。


 「来るか来ないかも分からない密偵を待って、神経をすり減らすような真似はして欲しくなかったんだよ、カンナ」

 

 もう十分に苦労した。

 これからは、人並みの幸せな人生を歩んでほしい。

 そんな母の想いの籠った言葉に、カンナは思わず涙ぐんだ。


 「さっそく手配書を回すことにしよう。こっそり探って尻尾を捕まえてもいいが、逆上されたら事が面倒になる。フィン、頼めるか?」

 「御意。フェンドル国の手の者だとしたら、余計に穏便に済ませた方がよさそうです。とりあえず、派手にばらまいて王都から出ていってもらいましょうか」


 今更グレアムが密偵を放ち、クロードの周りを嗅ぎ回らせるような真似をするとも思えない。グレアムとは立場を異にする、フェンドルの貴族の仕業だろう、とクロードは見当をつけた。


 「さて。こちらもお返しといくかな」

 「殿下。ほどほどになさって下さいね」


 生き生きと瞳を輝かせ始めたクロードを見て、フィンは頭を押さえた。


 

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