4.廃神社の先で
4話です。
そしてここで初めて主人公の名前が明かされます(え)
それではどうぞ。
電車に揺られながら、窓から町の景色を眺める。もう秋だと言うのに、秋らしさはどこにもなく、まるで夏がまだ続いているような景色だ。気温も真夏とさほど変わらず、屋外に出れば汗で服がびしょびしょになる。
本当は今日も店を開く日なのだが、諸事情による臨時休業ということで、店を閉めている。それはある場所に行くためだ。
そこまでして外に出ようと思ったのは、昨日、店に来た女性の言葉がどうも頭から離れないからだ。それは俺のいるべき場所はどこなのかという言葉だ。奇妙な言葉に聞こえるが、俺には思い当たる節があった。そしてそれはあの場所に行こうと思うには十分だった。あの女性は俺が何者か知っていたのだろうか。そう思うと、あの女性に全てを見透かされているような気がして、少し背筋がゾックとする。
あれこれ考えている内に、電車は目的の駅に着く。ホームに降りた途端、熱気が身体を包み込む。数歩歩いただけで汗が出てくる。まったく、今年も今年とて暑い。額の汗をハンカチで拭いながら呟いた。
改札口を出てすぐ、俺は見慣れた道を歩き始める。それはこれから向かう場所へ続く道だ。
歩きながら通り過ぎて町の景色を眺める。ここ数年で町の様子は随分と変わっている。砂利道だった場所は舗装され、どこまでもコンクリートの道が広がっている。見晴らしのよかった景色は建物に遮られ、所々に出来ている影から妙な淋しさを感じる。すれ違う人々の服も多種多様だ。町の景色にはもうあの頃の面影はどこにも残っていない。そのことに少しばかり寂しさを感じた。
「おっ」
丁度、分かれ道に差し掛かったときだった。分かれ道の傍らに小さな地蔵が立っていった。俺は地蔵の前で足を止める。まだあったのか。そのことに妙な安心感を覚えた。
この地蔵は昔、町の人が安全を願って置いた地蔵だ。それまでは事故や事件が絶えない場所だったのだが、お地蔵様が置かれてから町は平和になっていった。よくないものから町を守ってくれている。いつからかこのお地蔵様は町のシンボルとして大事にされていった。
お地蔵様の前にはお供え物がされている。見るからに最近置かれたもののようだ。まだこのお地蔵様を信仰している人がいるのだろう。そう思うと自分のことのように嬉しくなる。俺はお地蔵様に一礼すると、目的地に向かってまた歩き出す。
駅から数十分歩くと、町の中心部から離れて郊外に入る。町中とは違い、郊外は昔と変わらない景色が広がっている。
舗装された道路は少なく、小道に入れば砂利道が続く。大きな建物も少なく、その代わりに田んぼや畑が広がっている。町中の喧騒は聞こえず、虫や鳥の鳴き声、風の吹く音など、自然の音に満ちている。のどかな景色がそこには広がっていった。……正直、数年経ってもあまり変わっていないことに少し驚いた。町中とは大きな違いである。
「ふう……着いた」
駅から歩いて一時間以上のこと。やっと目的の場所に着いた。目の前には塗装が剥げた鳥居が立っており、その奥には鬱蒼とした杜が広がっている。鳥居を潜るとすぐに杜の奥に続く石段が現れる。俺は石段を上って杜の奥へと入っていく。手入れなどされていないのか、辺りには随分と木々が生い茂っている。日光は木々の枝に遮られ、日中にも関わらず視界は薄暗い。石畳の上に枯れ葉や木の枝が散乱している。なんとうか、酷い。この一言に尽きる。
石段を上り始めて数分で一番上にたどり着く。目の前にはまた鳥居が立っている。先ほどのものよりも酷く、柱には遠目で見ても分かるほどの亀裂が走っている。見るからに今にも倒壊しそうなほどぼろぼろである。誰もいなくなればこうなるのも当たり前か。そんなことを呟きながら、俺は鳥居を潜り抜ける。鳥居を潜り抜けると、視界が明るくなる。そこは開けており、日光を遮るものもない。日の光が辺りを照らしている。そして目の前に佇んでいる建物を見て思わず口に出る。
「おー……相変わらず酷いなこれは」
そこにはぼろぼろになった建物が佇んでいた。形だけ見れば神社に見えなくもない。いや、神社だった建物だ。しかし今はもう見る影もない。屋根はほぼなくなっており、正面の戸やなんかは全て朽ちて崩れている。浜縁の部分も所々に穴が開いている。それは残骸が折り重なって形を保っているような状態だ。数ヵ月前に来た時より酷くなっている。俺は思わず苦笑いをした。
俺は建物に近寄る。正面辺りの浜縁に座れそうな場所を見つけると、手で埃を払い腰をかける。見た目とは裏腹にしっかりしており、軋む音もあまり立てない。土台部分はまだ大丈夫なのだろうか。そんなことを思いつつ、空を見上げた。
「……ただいま」
ため息まじりに呟く。言葉を返してくれるものはおらず、ただ独り言のように、言葉が消えていく。そのことにある種の安らぎと寂しさを覚えた。
この神社は俺が生まれ育った場所だ。ここでたくさんの出会いと別れを経験し、人間として成長してきた。今は廃墟にしか見えないこの場所も、俺にとっては大切な場所なのだ。
いずれここはなくなるだろう。そうなる前に少しでもこの場所の景色を記憶に焼き付けよう。この場所の最後を見届けよう。そう思い、たまに来てはここで1日を過ごす。
ここに来るようになってから数年経つが、来る度に神社の朽ちる度合いが進んでいるように見える。ここが取り壊されるのも時間の問題だろう。そう思うとより一層、寂しさを感じた。
「……あれ?」
ふと見た先に彼岸花が咲いていた。俺は立ち上がり、彼岸花の咲いている場所へ近寄る。この場所に彼岸花を植えた記憶はない。誰かが知らぬ間に植えたのだろうか。それとも種がここに落ちたのか。不思議に思いながら、その場を離れようとしたときのことだった。
「うわっ、なんだこれ……」
後ろに振り向いたときだった。建物の影にも彼岸花が咲いているのが見えた。その場所に行くと、裏庭だった場所に多くの彼岸花が咲いている。紅く染まった景色を見て、思わず声が出る。綺麗なのだが、どこか不気味で近寄りがたい雰囲気があった。
俺は裏庭を抜けて、建物の東側に向かった。そこにも彼岸花がたくさん咲いており、まるで彼岸花の群生地のような印象を受けた。いや、この場所に彼岸花など咲いていなかったはずだ。俺は今度は東側から正面へ、正面から再び西側へと建物を一周するように歩いた。
「どうなってんだこれ……?」
どこに行ってもたくさんの彼岸花が咲いていた。それもついさっきいた場所にまで彼岸花が咲いている。気が付けば、建物の周りは彼岸花で囲まれていたのだ。これは明らかにおかしい。俺は辺りをきょろきょろと見回す周囲に変化はなく、鬱蒼とした杜が広がっている。ここにだけ何故か彼岸花が咲き広がっていた。
本当にどうなっているだ……俺はため息をつきながら頭を掻く。あれこれ考えてみるが、何も分からず途方に暮れる。こんなことは初めてのことだ。まるで狐か狸にでも化かされているような気がする。とりあえず、深呼吸して考えることをやめる。不可思議な現象とはいえ、特に何か害があったわけではない。そう思うと段々と気にならなくなる。
「……よし、見なかったことにしよう」
……考えた結果である。触らぬ神になんとやらだと、自分に言い聞かせてその場から離れる。鳥のような今日は帰ろう。また来たときには全て元通りになっているだろう。そんな淡い期待を持って鳥居の方へ向かう。
鳥居の前に来たとき、俺は後ろに振り向く。そこには彼岸花に囲まれた廃神社の姿があった。残骸のような建物を取り囲む彼岸花の紅い景色は、まるで異世界の光景のように見える。本当に、何故こんなことになったのか。原因は分からずじまいだが、これはこれでいいのかもしれない。そんな風に思うようになっていた。
それじゃまたと呟き歩き出す。次はいつ頃来れるだろうかと考えながら鳥居を潜る。週末にまた来ようかなと呟いたときだった。
「うわっ!」
突然、強い風が目の前から吹いてくる。それは思わず目をつむるほどだった。風はすぐにやむことなく、十秒ほど吹いていた。風がやむまで目を開けられず、風が弱くなるにつれ、少しずつ暗闇の中に茜色の光が差し込んでくる。それは眩しく、俺は思わず手のひらを目の前にかざす。
風が止んだような感触があったとき、ゆっくりとまぶたを開く。眩しい茜色の光がまぶたの隙間から差し込んでくる。何回か瞬きをすると、眩しさは弱くなり、目の前の景色が見えてきた。そして目の前の景色を見たとき、俺は目を見開いた。
「おいおい……なんだよこれ……」
目の前の景色を見て呆然とする。そこには上ってきた石段や鬱蒼とした杜は見当たらない。その代わりにどこまでも咲き広がる彼岸花が目に映る。空は夕焼けのようで、茜色に染まっていた。
俺ははっと後ろに振り向く。そこに鳥居もあの廃神社もなく、彼岸花がどこまでも咲き広がっていった。俺は夢でも見ているのだろうか。目を擦るが目の前の景色は変わらない。何も考えられなくなり、俺はしばらくの間その場に立ち尽くした。
どうも。風心です。
今更主人公の名前を出さしていただきました。
白銀狼代です。
これからどうなっていくか、見届けていただければ幸いです。
それではまた。