1.口を開けた暗闇
新しく始めました。相変わらず見切り発車ですが、よければ見ていってください。
ここが何処かなのかも分からないまま、ひたすら走り続けている。分かることといえば、今は夜で、辺りは木々が生い茂って鬱蒼としていることくらいだ。
そんな場所を必死に走り回りながら、不幸、最悪、運がないと呟く。どうしてこんな目に合わなければいけないのか。理不尽だ。そう思うと、少し涙が出てくるような気がした。
俺が必死になって走り回っているのは、背後から謎の黒い球体が追いかけてくるからだ。ケラケラと気味の悪い笑い声をあげながら、何処までも追ってくる。
時おり、黒い球体の方から美味しそうだとか、今日のご飯ねとか、物騒なことを言う女の子の声が聞こえてくる。それがなお不気味さと恐怖心を駆り立てて来るのだ。
あれに捕まったら絶対に死ぬ。そう思うと、どれだけ息が切れていても、本能的に足が動き続ける。
「待て~!」
しかしながら、黒い球体の方からは、まるで追いかけっこを楽しんでいるような女の子の声が聞こえてくるのだ。その声を聞くたびに背筋がゾッとする。恐い、危険、逃げなくては。そんな感情が頭の中を駆け抜け、より一層足に力が籠る。
黒い球体はどれだけ走っても、離れる様子はなく、永遠と付いてくる。たまに何かにぶつかるような音が聞こえるが、それでも止まる気配は一切ない。
あれからどれくらい走っているのだろうか。疲れからか足がほつれて転びそうになる時がある。息をするのも辛くなってきた。明らかに走るスピードが落ちてきているのだ。それでも必死に四つの足をがむしゃらに動かす。
「いい加減にどっか行けよぉ!」
必死に走っているうちに、そんな言葉が口から飛び出てきた。死に物狂いで逃げるのも、いい加減に限界だったのだ。なんでこんな目に合わなければならないのか。そう思う内、恐怖よりもこの不合理に対しての怒りが勝るようになってきた。
そうとは言え、大声を出したからって何か変わるわけではない。むしろ俺の声に呼応するように、黒い球体のスピードは上がったように思える。明らかに状況が悪くなってきている。
俺は隠れられる場所はないかを探す。こんな場所だ。上手く行けばまだ逃げられるかもしれない。そう思うと少し冷静になれた。辺りを見渡して隠れられそうな茂みを探す。そしてすぐにその場所を見つけることが出来た。
「(ここ!)」
目の前に大きな茂みが現れる。俺は迷わずそこに飛び込んだ。硬い葉や草が皮膚を切り裂く感覚があったが、それよりも逃げることを意識すると不思議と痛みはなかった。
茂みに入ると俺はすぐに身を小さくして、辺りを見渡す。あの黒い球体に見つからないようにと息を殺す。黒い球体は減速し、そのまま辺りをうろつき始めた。そして少しすると何処かへ去っていった。
その様子を見て、俺は大きなため息をついた。とりあえず逃げ切れた。そう思った途端、バタリとその場に倒れ込んだ。
もう足は動かない。呼吸も浅く、視界が少しぼやけている。それが生きていることを実感させてくれた。死ぬかと思った。本当に。そんなことを呟いたときだった。
「どこにいったのかな?」
茂みの向こうからあの声が聞こえた。俺は咄嗟に起き上がって身構える。まだ近くにいた。逃げ切れたという安心感は吹き飛び、また背筋も凍るような寒気と共に緊張感を覚えた。
茂みの隙間からあちこち見回す。夜なので視界は悪く、あまり遠くまで見えないが、少なくとも目の前には木々しかない。しかしながらあの声はしきりに聞こえてくる。どこに行ったの? と、こちらを探しているかのような声だ。
「(来るな……来るな……!)」
心の中で何度も呟く。しかしながら、声は俺が隠れている茂みの方へと近付いてくる。心臓の鼓動も激しくなってきた。そして……。
「あ、見つけた」
真後ろから女の子の声が聞こえた。俺はすぐに後ろに振り向く。同時に気の抜けた声が出た。
そこにいたのはお札のような変なリボンを頭に付けた、幼い風貌の女の子だった。あの黒い球体ではなかった。なぜこんな所にこんな子が? 声を掛けようとする。その時だった。
「いただきます」
「え?」
女の子の声と共に視界は真っ暗になった。同時に喉元から声も出せないほどの激痛が走った。なんだよこれ。その言葉を最後に、俺の意識は途絶えたのだ。