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魔法少女になってみんなを守ったのになあ

掲載日:2026/06/22

# 灯を守る者


## 一


(あかね)が初めて変身したのは、十一歳の誕生日を迎えたばかりの夜だった。


空から舞い降りてきた小さな鳥の姿をした使い、ルーチェは言った。

「あなたには『灯守(ひもり)』の力がある。世界中の人々の心には、誰にも譲れない小さな灯がある。夢、憧れ、譲れない想い――それを、影喰(かげく)いという者たちが狩っている」


影喰いに灯を喰われた人間は、何も欲しがらなくなる。何も信じなくなる。空っぽの目で、ただ生きているだけの存在になる。


「力を使うたびに、あなたは一つ年を取る。普通の時間の流れとは違う形で」

ルーチェは静かにそう告げた。


「それって……どれくらい、長く続くものなの?」

茜が尋ねると、ルーチェは一瞬だけ言葉を濁した。

「それは、あなた次第です」


その答えが、はぐらかしだったと気づくのは、ずっと後のことだった。茜は迷わなかった。誰かの灯が消えるのを、見過ごせなかったから。


## 二


最初に守ったのは、絵を描くことが好きな同級生の少女だった。


影喰いは、人の形をした黒い靄のような姿をしていた。輪郭の中に、いくつもの目が開いては閉じる。声を持たず、言葉も発さず、ただ獲物に近づいては、胸の奥から細い光の糸を引きずり出そうとする。なぜそうするのか、何を考えているのか、誰にも分からなかった。分かるのはいつも、結果だけだった。


少女の胸から光の糸を引き出そうとしていたそれに、茜は変身したばかりの力を叩きつけた。


闘いは一瞬では終わらなかった。爪が頬をかすめ、息が上がり、力を使い切った瞬間――視界が歪み、骨の節々が軋むような重さが全身を駆け抜けた。鏡を見ると、頬の丸みが、わずかに削げていた。たった一晩で。


それが、代償だった。


そこから数えきれない夜が続いた。ピアノを愛する少女。誰にも言えない夢を、誰にも知られないまま抱えていた少女たち。茜はその一つ一つを、影喰いの手から守り抜いた。


ただ一度だけ、物語を書きたいと泣いていたはずの少女を救ったとき、その子は喜びもせず、ただ俯いて小さく呟いた。

「……どうして」


それ以上は何も言わず、少女は逃げるように去っていった。茜はその背中を見送りながら、奇妙な引っかかりを覚えた。けれどそれは戦いの興奮と疲労にすぐ紛れて、記憶の隅に押しやられた。


ある夜の戦いで、茜は先輩格の灯守、雪乃(ゆきの)と出会った。すでに大人びた容姿をしていた雪乃は、闘いの合間に小さく笑って言った。

「もう何年やってる? ……ま、聞くだけ無駄か。あたしも数えるのをやめた」


ふと真顔になって、雪乃は呟いた。

「ねえ。影喰いって、本当に全部、悪いことだけしてるのかな」

「……どういう意味?」

「いや。なんでもない。ただの愚痴」


雪乃はそれ以上語らなかった。茜もまた、深くは聞かなかった。


戦うたびに、鏡の中の自分は少しずつ大人びていった。同級生たちが制服を変え、恋をし、進路に悩み、ごく当たり前の階段を一段ずつ上っていくあいだ、茜だけは違う時間を生きていた。教室で笑う声が、どこか遠い場所の音のように聞こえることが増えていった。


## 三


暦の上では、まだ五年ほどしか過ぎていなかった。けれど鏡に映る茜は、すでに三十路を超えたような顔をしていた。最初に守った少女たちは、まだようやく高校を卒業したばかりの若さのままだった。


ある日、街で最初に守った少女とすれ違った。声をかけても、相手はすぐには茜だと気づかなかった。年上の女として、ただ警戒した目を向けられただけだった。それも当然だった。同じ歳のはずの自分が、今や母親ほどの年齢に見えるのだから。


ピアノをあれほど愛していたその子は、楽器店の前を素通りし、参考書の詰まった鞄を抱えて、つまらなそうな顔で歩いていた。


「ピアノ、もう弾かないの」

思わず声をかけた茜に、彼女は怪訝な顔をしただけだった。

「ああ……昔の話ですよね。今は安定が一番ですから」


それだけ言って、彼女は雑踏に消えていった。茜だけが、自分よりずっと若いその背中を見送った。


羨ましい、と思った。守ってやったその子の、何も知らない呑気な背中が、無性に憎たらしかった。あの子は知らない。何かを失わずに済む人生がどれほどの幸運か、失った人間にしか分からないことを。


茜は自分でも驚くほど醒めた声で、小さく笑った。――まあ、そんなものか。守った灯をどう使うかは、結局その子の自由だ。恨む筋合いはない。ただ、こっちが削った分の歳月は、誰も返してくれやしない。それだけのことだ。


悔しいとも、悲しいとも少し違う。腹の底にどろりと溜まったその感情に、茜はまだ名前をつけられずにいた。けれど名前をつけたところで、何かが変わるわけでもなかった。


茜の中で、何かが静かに崩れた。あの夜、命を削ってまで守った灯は、結局、本人の手によって手放されてしまった。


ピアノを弾いていた子も、いつしか鍵盤に触れなくなっていた。


茜は問わずにいられなかった。

――自分は、何のために戦ってきたのだろう。


## 四


闘いは続いた。けれど茜の足取りは、かつてのような確信を失っていた。


ある日、戦線から雪乃の姿が消えた。引退したとも、行方をくらませたとも噂されたが、本当のところは誰も知らなかった。茜が最後に交わした言葉は、彼女の意味深な呟きだった。


「ねえ、茜。いつか、あたしたちが守ってるものの意味が、ちゃんと分かる日が来るといいね」

「どういうこと?」

「さあ……あたしにも、もう、よく分からない」


そう言って、雪乃は柔らかく笑っただけだった。それきり、二度と会うことはなかった。


最後の戦いを終えた夜、力尽きるように座り込んだ茜のもとに、ルーチェが舞い降りた。


「最初に、本当のことを話してくれていたら……違う選び方をしていたかもしれない」

「……それでは、世界が困るのです」


ルーチェは、それ以上の答えを持っていないようだった。あるいは、持っていても語る気がないのか、茜にはもう判別がつかなかった。


「後悔しているのですか」

「分からない……守った灯は、本人たちが捨ててしまった。それでも守る意味は、あったんだろうか」


答えの出ない問いを抱えたまま、茜は深い疲労と孤独の中に沈んでいった。


季節は幾度となく巡った。茜の歳月は、もう普通の物差しでは測れないほどに進んでいた。最初に守った少女たちがようやく社会人になり、結婚を考え始める頃には、茜の髪はとうに真っ白になっていた。それでも茜だけが、誰よりも早く老女と呼ばれる年齢を通り過ぎていった。


同い年として出会ったはずの友人たちに、いつしか「おばあちゃん」と呼ばれるようになっていた。


友人の結婚式に招かれた夜、祝儀袋を差し出しながら、茜は腹の奥で渦巻くものを顔に出さないよう、ただ笑っていた。綺麗ね、おめでとう、と口では言いながら、心のどこかで思っていた。――どうしてあなたたちは、何も差し出さずにそこに立っていられるの。


けれどそれを口にするほど、茜は浅はかではなかった。妬んだところで何も変わらない。むしろ醒めた声が、いつも頭の隅で囁いた。――比べるだけ無駄。あんたが選んだ道でしょう、と。


そうやって、どろどろとしたものを腹の底にしまい込みながら、表向きはあっさりと笑って生きてきた。それしか、もう茜には残されていなかったから。


## 五


ある日、一人の女性が茜の家を訪ねてきた。記憶を辿っても、すぐには思い出せない顔だった。けれど女性は、挨拶もそこそこに、刺すような目で茜を見据えた。


「あなたですよね。昔、私を『守った』人」


茜が頷くと、女性は吐き捨てるように言った。


「余計なことをしてくれましたね」


意味が分からず、茜は黙って続きを待った。


「あの頃、私、絵なんて本気で続けるつもりありませんでした。ただの暇つぶしです。なのにあなたが大袈裟に守るものだから、周りから『才能がある』だの『諦めるな』だの言われ続けて。本当はとっくに諦めたかったのに、あなたのせいで、何年も無駄に苦しい思いをしました」


女性は乾いた笑い声を漏らした。


「あなたが守ったのは、私の夢なんかじゃない。あなたの自己満足です。それに何年も付き合わされたこっちの身にもなってください」


それだけ言うと、女性は振り返ることなく去っていった。


茜は、何も言い返せなかった。守ったはずのものが、相手にとっては重荷でしかなかったという事実だけが、胸に深く突き刺さって残った。


命を削ってまで守ってきたものの正体が、結局、誰かを縛りつける鎖だったのかもしれない――そんな疑いが、もう頭から離れなくなった。それでも茜は、戦うことをやめなかった。やめ方を、もう知らなかったから。


## 六


その夜、茜は最後の戦いに出た。もう体は思うように動かなかったが、目の前で震えている少女から目を逸らすことはできなかった。


影喰いを退けた瞬間、少女の体から黒い靄が引き剥がされ、光の粒となって消えていった。少女は崩れ落ちるように泣き出した――だが、それは安堵の涙には見えなかった。何かを取り戻したというより、何かを奪い返されたかのような、虚ろな目をしていた。


「もう、大丈夫だよ」

茜は震える声でそう告げた。少女は答えなかった。ただ、力なく頷いただけだった。


何かが引っかかった。けれどその違和感を確かめる体力は、もう茜には残っていなかった。きっと、ただの疲れだ。そう自分に言い聞かせて、茜は意識を手放した。


老いた体は、もう立ち上がる力さえ残っていなかった。誰かが迎えに来てくれるわけでも、誰かが手を握ってくれるわけでもなかった。


誰にも見送られないまま、茜の意識はゆっくりと閉じていった。最後に浮かんだのは、迷いのない、ただ一つの確信だった。

――今夜も、誰かの灯を守ることができた。


その確信が、本当に正しかったのかどうか。それを確かめる術は、もう誰にも――茜自身にさえ、永遠に残されていなかった。


―了―


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