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名もなき魔導師の少年は、妖艶に微笑む狐に口づけられる

作者: 松平 ちこ
掲載日:2026/06/08

 ある日、星が落ちた。

 その場所を中心に、広範囲が荒廃する大地と化した。

 また、星が落ちる光を見た生き物にも変化が起きた。

 ある生き物は死に絶え、ある生き物は全く別の何かへと変貌した。


 それは人間も例外ではなく、突然死する者から、未知の力を宿した者まで様々だった。

 各地の混乱は終息する気配を見せず、能力に目覚めた者たちを驚異と見なし、迫害を始めた。

 やがてそれは国をも巻き込み、持たざる者と持つ者との長い戦いの幕開けとなった。


「……実に、くだらないな」


 半壊した建物の屋上から、頬杖をついた少女が遠くを眺めて呟いた。

 長く煌めく銀髪は着ている白の服と相まって、今は無き雪原のようだった。

 そこに一つ華を模した赤い飾り紐が揺れているのが、印象的だった。


「そういうわりには、検体を出して協力するんだな?」


「……住処を奪われたんだ。生きる上で必要ならば、口惜しくともそうしよう」


 持たざる者は、一丸となって様々な兵器を用いて戦いに挑んだ。

 持つ者は、己に芽生えた新たなる能力を使い応戦した。

 戦場には草木一本も残らず、安息の地はもはやどこにもなかった。


「あっち側に居そうなものなのに、こっちを選んだのは……その、住処への恨みか?」


 持たざる者は、兵器では意味がないと、やがてクローン技術に手を出した。多くの人が死に絶え、物資も減り、戦力を増やすことを目的に、それは世界規模で行われた。

 クローンの基となる素体は、古来より存在していた超能力者、妖怪、八百万の神を始め、仙人、魔法使い、魔女と言った特殊な者たちの生き残り。

 次第に彼らと彼らのクローンと、持つ者とが争う時代へとシフトした。


「恨み、などとあるものか。同胞の仇と言いながら、屠った数も同じ数だけあるだろう。これは正義などない、ただの不毛な戦争だよ」


 くるりと少女が姿勢を変ると、ひょこんと三角の銀の耳が揺れた。

 微笑を浮かべた少女は柵に背を預け、身体を支えるように手を掛けている。澄んだ薄蒼の瞳に、向かいに立つ黒髪の少年が映った。


「……ああ、なんだ君か。魔導を扱う人の少年よ。それほどまでに化生の私が気になるのは、その性の探求心からかい?」


「種族に拘る気は無いけど、狐の君は僕を知ってるんだ?」


「クローンに充てられたアルファベット、だいたい一つが精々のところ、君は二つだろう?

 その筋では知るものは知ってるよ。私のナンバーズが先日、君のナンバーズと出陣もしていたしね」


 兵器たるクローンには名前がない。素体毎に一つのアルファベットを割り振り、製造ナンバーから管理している。

 その中でも、出撃出来るだけの成功例をナンバーズと呼んだ。


「わざわざ見送りを?」


「私を変わり者だという者も居るけれど、あれでも、私の血を分けた我が子のようなモノだよ。

 それにね、手間というほどでもない。ほとんど帰ってこないなら、見送りくらい惜しむものじゃないさ」


「そう言うものか」


 少女の言い分を聞いて、少年は首を傾げる。身体の部位を提供しているだけ、それがどう扱われるかなど、あまり気にしてはこなかった。


「ひょっとしてナンバーズを見たこともないのか? 君の割り振りである二つのアルファベットのうち、一つは白髪、一つは黒髪だよ。

 君のナンバーズは、ずっとその二色だ。顔は同じなのにね。研究所も不思議がっているよ。だからこそ、二つのアルファベットなのだろうけれど」


「僕よりよほど、狐の君の方が詳しいじゃないか」


 話しかけたのは少年だったが、今では少女の方がよく話している。お喋りな性格なのか。


「見た目よりも年嵩なだけだ。星が降った日も、この身なりだったからね。ふむ、何かの縁だ。気が向いたら、またお出で。お互い、話し相手にはなるだろう」


 少女はそういって、ヒラリと身を外に投げ出すと、その場から忽然と姿を消した。





「ほら、あの白い子がJ。黒い子がK。君のナンバーズだよ」


「ふぅん。本当にそっくりなんだ」


 ある日、出撃すると施設が浮き足立っていた。だから、ふと思い出して屋上へと足を運んでみた。

 そうすると灰色の空の下、以前と同じ場所で、少女が階下を眺めていた。


「そりゃ、クローンだからね。ちなみに、私の子はあそこの銀のTだよ」


「……耳がない」


「あはは。そうだねぇ、どの子も耳を持って生まれないんだよ。ま、所詮は人が作るクローンだからね。あの子らには、心もまだ宿らない。いや、宿らない方が幸せだろう」


 指し示された方を眺めれば、肩につくくらいの長さの銀髪の人影があった。

 けれど隣の少女のように、頭部に三角の耳は無かった。彼女はただ、静かに笑っていた。





「へぇ、教えられたわけでもなく、スペルはもうすでに持ってるのかい?」


「そう。僕は産まれた時から、必要なことは全て知っていた。力の使い方も、星が落ちたことも、全部」


 またある日、少女に聞かれた。魔導師は何が出来るのかと、少年はそれに淡々と答えたのだ。


「産まれながらの賢者か、果ては現人神として祀られてきたか……。それが、どうして此処に? 私よりも長いだろう?」


「此処に居なきゃいけない気がした。それだけ」


「へぇ、なら今、君が私と話しているのも、気がした、からかな?」


 長生きだという狐の少女は、コロコロと表情をよく変えた。何をそんなに心動かすことがあるのか、少年には不思議だった。


「どうなんだろう?」


 ふらりと、やって来たのは覚えている。ただ、戦争に参加したことは一度もない。

 抜ける髪と伸びる爪、時々血を提供しているくらいだ。その見返りに、寝食は与えられていた。


「ふふ。これも何かの縁なのさ。運命や必然と言った言霊があるからね。なら、私が狐らしく、君に人らしい賢しい知恵を授けるのも、また面白そうだ」


「……賢しい?」


「手始めに――」


 少女は瞳に妖しい煌めきを宿して、少年の頬に両手を添えた。そのまま唇を近づけ――重ねた。


「――っ」


「……これが接吻。ああ、キスと言った方が子どもらしいか」


 ニヤリと笑い、己の指を舌で舐めた少女の頬が、赤い。その薄蒼の瞳に、映る少年の顔もまた赤かった。彼女の熱が移ったのか。


「検体を差し出してるわりに、情を交えたこともないのか。想いのこもった触れ事も、無縁で来たか。それは実に初らしく、悲しいものだな」


 妖艶に微笑む少女は、まさに狐だった。

 そんな少女との逢瀬は、唐突に終わる。





「少年、実に年相応の顔をするようになったな。もう、ナンバーズの隣に並べても、間違えられることも無さそ――、ああ」


 後ろ髪を引かれるように、彼女は振り返った。砂と瓦礫が広がる世界、その遠くで光がパチパチと瞬いている。


「お呼びだ。久々に、こちら側の者と話せて楽しかったよ。またね」


「戦地に行くのか?」


 少年を組み敷いた少女は、薄桃に染まる肌に、白の衣を纏った。赤い飾り紐が揺れていた。


「あっちにも、私にしか相手が出来ない、腐れ縁があるのさ。お互い、これ以上悲しみを増やさないために、ペアを演じててね。内緒だよ?」


 名残惜しげに少女は、少年の肌に触れペロリと舐めた。人差し指を口許に当てて微笑むと、少女は立ち上がる。

 屋上から飛び降り、いつかのように姿が消えた。その後彼女はついぞ、戻らなかった。





「――こはもうダメだ! 逃げろぉ!」


「逃げろって、どこにだよ!?」


 廃墟の地下で行われていたクローンの施設、そこが襲撃にあった。こんなにも人が居たのかと、少年が驚くほど喧騒がうるさい。


「どこにも逃げなくていいよー? これは、別れの挨拶さ。ボクたちは空へ都を築くことにするからね。キミたちの余計な翼を捥いで、これから自由になるんだよ!」


 逃げ惑う人々を楽しそうに射止める、小柄な影。暗がりのせいでよく見えず、けれどそこへ向けて少年は詠唱を紡いだ。


「《我が乞い願うは、天駆ける白き煌めき。目の前の闇を祓う、清浄なる導きを此処へ》」


 上空から雲を穿ち、白銀の雷が目の前の小柄な影へと落ちる。

 少年は眉一つ動かさず、その白く焼けた世界を見据えた。光が止み、そこに現れたのは先ほど変わらない小柄な影。


「あは、活きの良いのが残ってるじゃないか。ねぇねぇ、キミィ、そっち側なのぉ?」


「僕は、生まれた時から僕だ。……それよりも、その飾り紐の持ち主、狐の少女はどうした?」


 一年にも満たない、気まぐれの逢瀬だった。互いに名乗らなかったし、肌を重ねたとしても、決して親しい間柄ですらないだろう。なぜなら与えられるばかりで、彼女のことを何も知らなかったからだ。

 それでも、彼女がこの結末を望んでいるようには、どうしても思えなかった。


「ああ、これ? 綺麗だろ? このご時世にこんな上物、他にないしねぇ。貰ったんだ。全部、全部、欲しいものは、ね。僕の力は他者の力を奪うんだぁ」


 天井が割れ、射し込む光で姿が露になった、ニタリと口許を歪め金髪の少年が嗤った。それは少年より小さく、あまりにも幼い風体だった。


 ――これが、君の言った、くされ縁なのか?


 殺戮の限りを尽くすこの少年の成りをした者は、君よりよほど人外ではないのか。


「《還せ、還せ、在るべき場所へ。孵れ、孵れ、来るべき場所へ》」


 杖を掲げ、少年の濡れたような艶やかな黒髪が風で舞い上がる。銀に輝く瞳が、金髪の少年の姿を捉えた。


『君の瞳は銀色なのか。月光のようであり、それは私の髪とお揃いのようだね』


 初めて重ねた肌と肌。乱れた髪を掻き上げた少女は嬉しそうに目を細めていた。

 少年の髪を撫でつけ、その瞳を愛おしそうに優しくなぞったのだ。


「わぁお。君は空間を操るの? 欲しいなぁ、その力も。勿体ないよ」


「《廻れ、廻れ、悠久。刻め、刻め、遥か彼方へ》」


 杖をくるり、くるりと回し、黒く煌めく世界が開く。それは大きく、大きく、全てのものを呑み込んで、そして何一つ遺すことなく、消えた。





 ――星が落ちた後に、僕は産まれた。


 物心ついた時には、一人だった。共にあったのは一本の杖で。辺りは髪と同じ真っ黒だった。

 それは長い、長い、時だった。それは瞬き一つの短い、短い時だった。


 ――ああ、君が見ていたら、これをどう思うだろう?


 閉じた世界の内から、外を眺めていた。枯れた大地に緑が芽吹き、花が咲いた。

 かつての彩りの世界が、そこに再び根付き始めている。そんな折、ナンバーズの生き残り、腰まである銀の髪をなびかせたTと夜空を思わせる黒髪のKが出逢った。

 彼らは、彼女らは、かつての少年と少女のように言葉を重ねた。想いをぶつけて、心を通わせた。


 ――きっと必然だと、運命だと声が踊るように言うのだろうか。


 彼女のような人を、人は、ロマンチストと呼ぶのだろうか。それとも、人を惑わせる妖怪だと言うのだろうか。


 ――戦争は終わらせた。なのに、まだ続くのか。たった一人のせいで。


 かの子らは互いに、ナンバーズの十番目だという。戦場に出ることを許されて、初めてナンバーズを名乗れると聞いた。

 呼ばれた命も、呼ばれなかった多くの命も糧に、子らは今を生きていた。

 なのに、また世界が焼けた。封じたはずの、たった一人の幼子の少年によって。


「ならば、僕が赴くのもまた、終わりを告げるための運命だろう。僕の因縁だろう」


「ああ、あの頃と何一つ変わらない姿。君、覚えてるよぉ? 欲しかったのに、閉じ込めて遠ざけてくれたねぇ?」


 夜の帷を開けて、僕は再び、現に足を下ろした。目の前の金髪の少年は、あの時と変わらない。

 あの時と同じ、厄災の光景が広がっている。その中で、子らは傷つきながらも生きていた。


「ああ、もう十分だ。欲しがりな幼子には欲しがるだけ、僕が与えようじゃないか」


 両の手を広げ、黒髪の少年は穏やかな笑みを向ける。その瞳は、赤い飾り紐を見つめた。


「あはは。なら、遠慮なく、頂くからねぇ!」


「――っ、一滴残らず、喰らえばいい」


 口角をつり上げ、残忍な顔で嗤う金髪の少年、その手が、黒髪の少年の左胸を貫いた。


「――ゴホッ《天の岩戸、常世の闇、冥府の番人。道は其処へ。標は我が身体、捧げるは我が命、祈り、乞い願う。全ての祖なるものの、終焉を――》」 


「お前! ――な、身体が、動かな――っ!? くそ、小娘がぁあ!!」


 笑っていた少年が、何かに気づいたようにひどく狼狽える。黒髪の少年は構わずに、わずかな笑みを浮かべ、ただ願いのような、スペルを唱える。


「《星の力、母なる力、決して相容れることなかれ。混ざり、崩壊せよ》」


 両方を持って生きている者はいない。太古からの力ある者は星の力には侵されず、星の力に目覚めた者は元はただの人間だった。

 両者にとってそれぞれの力は毒にしかならず、両方は過ぎた力なのだ。


「お、まえぇぇ!」


「返してもらう」


 ボロボロと、身体が崩れていく少年から赤い飾り紐を奪った。返すべき相手も、それをどうしたいのかも、分からなかった。


 ――でも、コイツが最期まで持っているのは嫌だ。


 金髪の少年から、光が溢れて天に昇る。それは奪った力の数なのだろうか。

 何もない空間を見つめて、黒い髪の少年は、立ち去った。

 張りのある小さな手から、節くれだった皺だらけの手に変わっていく。


「くだらないことは、もうたくさんだ」


 持たれるように座り込んだのは、瓦礫の残る荒廃した砂の大地。かつての逢瀬を重ねた場所。

 真っ黒だった髪は、白髪に変わった。しわがれた声は、終わりを告げようとしていた。


「そうだね。だから君に、最期に一つ授けにきたよ」


「ナンバー、ズ? ……いや、狐?」


 肩につかない銀の髪、その頭頂部、三角の耳が揺れてる。薄蒼の瞳に、老人が映っていた。


「ナンバーズであり、私でもある。君が彼を滅しただろう? それで、ちょっと拝借してね。この子も長くないんだ」


 胸に手を当て、寂しげに微笑んだ少女は、目の前で膝をついた。頬に触れて、慈しむように撫でる。


「短い髪に、白と銀、銀と薄蒼、お揃いのようだね」


「ふっ、僕はもう、年若い姿をしていないのに?」


 力を使い果たした。あとは、朽ちるだけだ。かつての少年は可笑しくて、目を閉じて笑った。


「中身は私の方が上だと、言ったはずだけど。なに、独りにはしない、共に逝こう。あちらで、私たちの子も待っている」


「……私たち、の?」


「ああ。少し逆になってしまったが、これは誓いだよ。ずっと、ずっと、傍に居るための――」


 ざあっと一陣吹き荒れて、その声は風に拐われる。赤い飾り紐が空を舞い、その場にはもう、誰も残っていなかった。

もし、この作品を少しでも楽しんでいただけたなら、 ぽちっと応援していただけると、今後の活力になります!

読んでくださり、ありがとうございました!(*^^*)

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