【第3話 再逮捕】
処刑は、止まった。
それだけで十分なはずだった。
「……助かったの、か」
台の上で膝をついた女が、かすれた声で呟く。
「いや。まだだ」
即答していた。
自分でも、少し驚くくらいに。
「証拠が不十分なだけで、無罪が証明されたわけじゃない」
女がこちらを見る。
さっきまでの絶望とは違う、冷静な目だった。
「……あなたは、何者ですか」
「ただの――」
言いかけて、言葉が止まる。
弁護士。
そう名乗ったところで、この世界では意味を持たない。
「……ただの、口うるさい部外者だ」
それでいい。
少なくとも、今は。
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広場の熱気が引いていく。
人々は散り、ざわめきは日常へと溶けていった。
それでも、視線だけは残る。
好奇と、警戒。
そして、敵意。
(終わってないな)
むしろ、始まったばかりだ。
「――あなた」
声をかけられる。
振り向くと、先ほどの女が立っていた。
手首にはまだ、縄の跡が赤く残っている。
「礼を言わせてください。私は――」
「名前は後でいい」
遮る。
「今は、ここを離れた方がいい」
「……ですが」
「見られてる」
小さく言うと、女は息を呑んだ。
視線を巡らせる。
離れた場所に、あの宗教服の男たちがいた。
こちらを見ている。
隠す気もない。
(分かりやすいな)
敵意を隠さないのは、ある意味で親切だ。
だが。
「行くぞ」
踵を返す。
女は一瞬迷った後、ついてきた。
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路地に入る。
人通りは少なく、音も遠い。
そこでようやく、女が口を開いた。
「私は、記録をしていただけです」
「星か?」
足を止めずに聞く。
「……はい。天の動きには規則があります。それを――」
「それを理解しているのが、気に入らない連中がいる」
言葉を継ぐ。
女は黙った。
図星だろう。
「宗教か、権力か。どっちだ?」
「……両方、かもしれません」
小さな答えだった。
(面倒なパターンだな)
どちらか一方ならまだいい。
両方絡んでいるなら、話は単純じゃない。
その時。
「――いたぞ!」
声が響いた。
反射的に振り向く。
さっきの男たちが、路地の入口に立っていた。
「逃げるな、魔女!」
「っ……!」
女の息が詰まる。
足音が近づく。
(早いな)
予想よりも。
判断の余地はなかった。
「走れ」
短く言う。
二人で路地を駆ける。
だが、数が違う。
すぐに追いつかれる。
角を曲がった瞬間、前にも人影が現れた。
挟まれた。
「……終わりだ」
宗教服の男が、ゆっくりと歩み寄る。
「先ほどはよくもやってくれたな」
笑っているが、目は笑っていない。
「証拠だの何だの……異端の理屈で、裁きを妨げるとは」
「証拠もなしに人を裁く方が異常だ」
返す。
だが、さっきとは違う。
ここには観衆がいない。
空気を変える余地がない。
「関係ない」
男はあっさりと言い切った。
「必要なのは、秩序だ。疑わしきは、排除する」
(……そう来るか)
理屈の土俵にすら上がらない。
これが、この世界の“当たり前”。
「その女は連れて行く」
男が手を振る。
周囲の者たちが動く。
「やめ――」
言いかけた瞬間、腕を掴まれた。
強い力で押さえつけられる。
抵抗できない。
「あなたは――!」
女が叫ぶ。
その声が、やけに遠く感じた。
「安心しろ」
男が嗤う。
「今度は、きちんとした場で裁いてやる」
“きちんと”。
その言葉に、嫌な引っかかりが残る。
「王の御前でな」
思考が止まる。
王。
この国の頂点。
「異端者もろとも、な」
視界が歪む。
引きずられるようにして、体が動く。
逃げ場はない。
さっきまでの“勝ち”は、あまりにも小さかった。
(……違う)
拳を握る。
まだ、終わっていない。
終わらせるわけにはいかない。
視線を上げる。
前を行く男たちの背中。
その先にあるのは――
王のいる場所。




