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【第1話 最初の異議】

 判決は、覆らなかった。


 証拠は揃っていた。

 証言も、論理も、矛盾はなかったはずだ。


 それでも、結果は変わらない。


「――以上をもって、被告人に有罪を言い渡す」


 静まり返った法廷の中で、その声だけがやけに重く響いた。


 違うだろ。


 喉まで出かかった言葉は、結局、音にならなかった。

 判決が下された以上、もう何を言っても意味はない。


 分かっている。そんなことは。


 それでも。


(……これが、裁判かよ)


 視線の先で、被告人がうなだれる。

 無実だと、あれほど訴えていた男が。


 拳を握る。

 力が入るほどに、自分の無力さだけが浮き彫りになる。


 ――証拠があっても、負ける裁判がある。


 そんなもの、認めたくはなかった。


 視界が歪む。

 頭の奥で、何かが軋むような音がした。


 次の瞬間――


 意識が、途切れた。



---


 ざわめきが、耳に入ってきた。


「……なんだ?」


 目を開ける。


 そこは、さっきまでいた法廷ではなかった。


 石畳の地面。

 雑然とした人の群れ。

 鼻をつく、土と汗の匂い。


(外……? いや、それにしては――)


 違和感が多すぎる。


 人々の服装はどこか古めかしく、統一感もない。

 そして何より、中央に集まる視線の先。


 そこに、ひとりの女がいた。


 両手を縛られ、粗末な台の上に立たされている。


「……魔女だ!」


 誰かが叫んだ。


 それをきっかけに、周囲の空気が一気に変わる。


「呪いを使ったに違いない!」

「この村の不作はあいつのせいだ!」

「証拠は揃っている!」


 証拠?


 思わず眉をひそめる。


 耳を澄ますと、飛び交っているのは断片的な言葉ばかりだった。


「夜な夜な怪しいことをしていた」

「星を見て何かを書いていた」

「普通じゃない」


(……それが、証拠?)


 思考が冷える。


 嫌な予感がした。


 台の上の女は、必死に何かを訴えている。

 だが、誰も聞いていない。


「私はただ、記録を――」


「黙れ魔女!」


 言葉は、怒号にかき消された。


 理屈も何もない。

 あるのは、ただの決めつけと恐怖だけだ。


(なんだ、これ……)


 視線が、周囲を見回す。


 誰も疑問を持っていない。

 この状況を、おかしいと思っていない。


 その事実に、背筋が冷たくなる。


(裁判……じゃない)


 こんなものは。


 証拠も、手続きも、何もかもが欠けている。


 ただの――


「これより、裁きを下す!」


 中央に立つ男が、声を張り上げた。


 人々が息を呑む。


 女の顔から血の気が引いていくのが分かった。


(……このままじゃ)


 まずい。


 考えるより先に、足が動いていた。


「待て」


 気づけば、声が出ていた。


 場の空気が、一瞬で凍りつく。


 何十もの視線が、一斉にこちらへ向けられた。


「……なんだ、お前は」


 中央の男が、訝しげに目を細める。


 知らない顔だ。

 当然だろう。


 ここがどこかも分かっていないのだから。


 それでも。


 口は、止まらなかった。


「――異議がある」


 ざわり、と空気が揺れる。


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