第六話
あれからも俺と香澄は昼休みには図書室で共に本を読み授業が終われば一緒に帰った。しばらくは好奇の視線を感じたがそれでも俺たちに話しかける者なんておらず、揶揄ったりして反応を見るなんてこともできないからかすぐに飽きられて今ではそんな視線も感じない。
あの日の会話から俺は香澄の家庭に難があるんじゃないかと勘ぐっていてそれは香澄も同じだと思う。
お互いそれとなく家庭に繋がりそうなことを聞いて、自分はそれとなく匂わせるようなことを言う。そんなことをして互いに確信を深めあっている。
香澄の家庭事情がもしかしたらあの少ない数字に関係してるのではないかと思って香澄に聞いてる部分もあるが、正直なところは期待してしまっているからだ。香澄もまた俺と同じ辛さを抱えていてそれを共有できることを。これは歪んだ望みで決して正しくないことだと分かっていてもそんなことを期待している。
香澄もそうなのだろうか。でなくてはわざわざこんなことを聞き出そうとしたりはしないはずだ。罪悪感を消し去ってしまいたくてそんなことを考えた。
六校時は総合学習の時間で担任が授業を担当していた。授業内容自体は早めに終わり授業時間の方も終わりが近づいた頃担任がプリントを配布する。いつも通り軽く目を通して仕舞おうとしたが、でかでかと書かれた授業参観という文字のせいで見ざるをえなくなった。ざっとプリントを見ると内容は授業参観についてで授業では保護者と一緒に活動する旨が書かれている。
最悪だ。ただの授業参観ならまだしも親も参加する授業となると親が来ないで一人でいるのは目立つだろう。その時間はたまらなく居心地が悪いに違いない。考えるだけで憂鬱になる。そんなこともつゆ知らず教師が話し始める。
「平日は親御さんも仕事で忙しいだろうからってことで土曜日になってる。ちゃんと月曜日は振り替えで休みになるからな。授業参観は来週の土曜日だけど今日のうちにしっかり親御さんには伝えておくようにな」
その言葉に体がぐんと重くなる。平日に行われるなら親が来ず一人なのは俺だけでない可能性だってそれなりにあったのに。
香澄に目をやるが後ろからでは表情を伺えない。もうプリントをしまっていて俯きがちに話を聞いているようだった。
教師の話も終わりいつものように二人で帰路につく。何日も共にいて以前よりはよく話すようにはなったがそれでも無言のことも多い。気が向けば互いに話す程度でそれは今日も同じだった。沈黙を破るのは今日は俺からだ。
「来週の土曜日、授業参観だってね」
「そうだね。親も来て一緒に授業するとか。中学生にもなってそんなのあるんだって思った」
くすりと笑ってから
「確かに」
少しの間が空く。これから言うことを考えると心臓がどんどん速く脈打っていく。耳が心臓にあって心臓を中心に周りの音も聞いてるみたいだ。息苦しささえ覚える。
「俺、親との関係かなり悪いから気乗りしないかな」
香澄の体が一瞬止まってからすぐにまた動き出した。動揺を抑えようとしてるのが丸わかりだった。今までは探り合いで今日も同じようなことが繰り返されると思っていたんだろう。
だが俺はもう、逃げ道を順に塞いでいって獲物を追い詰めるような、そんなことをして罪悪を感じるのはやめにしたかった。なら俺から言うしかない。
少しの間の後、香澄が口を開いた。
「私も正直言って親との関係最悪だから土曜日は憂鬱かな」
ついに聞けた。香澄の口から直接。
これは分かっていたことで、お互いに察してはいたはずだ。それでも、こうして大っぴらに言いたくないことを互いに口にするというのは簡単なことじゃない。なのに香澄とこうして互いに弱みを晒しあえた。
鼓動は早いままだが、息苦しさはもうなくなっていた。
次は俺が言葉を返すべきなんだろうがその前にいつもの分かれ道についてしまう。
「もし時間があるなら寄り道しない?」
俺が別れの言葉を言う前に香澄からそう言われる。まさかの誘いに驚くが冷静を装う。
「いいけど、どこ行くの?」
「公園。こっち」
分かれ道を香澄がいつも進む方へ進み住宅街をしばらく歩いてると家に囲まれた寂れた公園があった。日当たりは悪く、日は暮れ始めたばかりだと言うのに既に薄暗い。じめじめしていていくつかある遊具も錆びている。
「これは…」
「ぼろぼろでしょ。けど私はこういう場所の方が好き」
そう言いながら香澄はブランコに座って揺られる。俺も隣のブランコに座る。
「俺も活気あるようなところよりこういう落ち着いたところの方が好きだよ」
「だからあんな陰湿な図書室にいるんだ」
「それは香澄さんもじゃない?」
香澄はくすくすと笑う。香澄は毒舌とまではいかなくてもこういったからかいをすることがある。最初から茶目っ気を感じていたが距離が少しずつ縮まる内にその面をさらに見ることになった。
「私片親で母親しかいないんだけどその親も遊び歩いてるんだよね」
香澄が前を向いて言った。
思いもよらない告白に一瞬体が固まるが黙って耳を傾ける。
「それで彼氏よく作ってるんだけど、連れてきたりその人と外に出たりで私のことはほったらかしって感じかな。もうどうしようもない人なんだなって思って冷めた感じで見てるけど」
想像以上に香澄の家庭は破綻していた。前を向いてブランコを漕ぐ香澄の様子はいつも通りすぎるほどで、それが逆に平静を装っているのだと伝えてくる。
なにか言葉をかけたいが出来ない。きっと俺は俺の家庭のことにどんな言葉をかけられても満たされることはないから。言葉をかけることはできないけれど、隣にいるのは同じ辛さを背負った仲間だと伝えることはできる。
「俺も片親で母親しかいないんだけどその親は情緒不安定な感じかな」
香澄は黙ったまま聞いている。
「数日に一回帰ってくるだけで帰ってきた時はヒステリック起こして暴れてたりして。俺もどうしようもないなって思って関わってない」
黙って聞いていた香澄が、ブランコに小さく揺られる俺の目を覗き込んで薄く微笑んで言う。
「お互い大変だね」
胸が締めつけられて目頭が少し熱くなる。その微笑みからは諦観と哀愁が滲んでいた。
「本当にね」
そう返すのが精一杯だった。




