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第四話

 教室に戻って残り少ない昼休みを本を開いて過ごすが本は飾りに過ぎず実際は今日の出来事を思い返している。驚き、悲しさ、恥ずかしさ、嬉しさ、やはり悲しさ。色んな感情がぐるぐると頭の中で混ざって、その濁流に飲まれてしまいそうになった時、昔ながらのチャイムが始業五分前を知らせその濁流から引っ張りだされる。それとほぼ同時に教室に入ってきた香澄かすみを見てぎょっとする。

 数字が見えたからではない。数字が見えなくなっていたからだ。

 急いで香澄から目を逸らすが香澄がこちらを見ながら席に着くのが分かる。ただでさえ不審な行動ばかりとっていた一日だったのにさらに不審な行動を重ねてしまった。しかしすぐになぜ香澄の数字が見えなくなっているのかという疑問で頭が埋め尽くされる。

 数字を見ることができないぐらいに寿命が延びたのか?94日後に自殺するぐらいに気が滅入っていた香澄は俺に話しかけられたことで気持ちが楽になりその気が失せた、なんてことはないだろう。それぐらいで気を持ち直すならそこまで追い詰められないはずだ。しかし病気が俺に話しかけられて治ったなんて方がもっとない。となると俺が香澄と関わるというイレギュラーな事態によって現在進行形で香澄の未来が変わっていて、彼女が死ぬ日を出すことができないというのが最も可能性が高いか。

 もし仮に彼女の寿命を誰かが計算してる途中だとして、俺が話しかけたことでそれは延びているのか、縮んでいるのか。それぐらいはもう計算できてるだろうか。授業を受ける準備をしている香澄をちらりと見るがやはり数字は見えず不安は募るばかりだ。あの忌々しい数字が見えないことで不安を覚える日が来るなんて思わなかった。来て欲しくもなかった。


 結局六校時が終わるまで永遠答えに辿り着くことのない問いを繰り返していた。体は全く動かしてないはずなのに脳の疲れが全身にも広がってるようだった。

史乃ふみのくん、帰り時間ある?」

頭上から声がしてびくっとしてから見上げるとスクールバッグを肩にかけた香澄がいた。

「…大丈夫だけど」

 授業も終わって間もない今教室にはまだ多くクラスメイトがいる。皆何事もないかのように行動してるが、時折視線を感じ、なぜお前らが話してるんだという空気をひしひしと感じる。ただでさえよくない教室の居心地がさらに悪く感じる。

「ちょっと待って」

 そう言ってすぐに荷物をしまい込み逃げるように教室を出る。香澄も廊下に出てくると教室のざわめきが大きくなった気がする。

 校門を出るまで香澄は何も言わない。校門を出てからやっと

「家、どっち?」

と淡白にそう言った。

「俺はこっちの方」

「そう。じゃあ途中までは一緒かな」

 そう言って左手側の住宅街の方へ歩き出す。左手側の住宅街はアパートやマンションなどの賃貸住宅が多い場所だ。香澄もそうなのだろうか。

「それなら香澄さんの家の方向かってくれて大丈夫だから」

「大丈夫だから、史乃君の家の方向かって。途中、私の家の近くになったら別れるから」

 有無を言わせぬ言い方に驚く。住所を知られたくないのかそれともあまり見て欲しくないような家なのか。邪推しかけるがやめる。家を見られたくないのは俺も同じだ。

「あー…分かった。ありがとう」

 二人で黙々と歩く。会話はなく、あるのは分かれ道でここは真っ直ぐやここは左という言葉だけ。

 気まずさを覚え隣をチラリと見ると香澄が横目で俺の顔をじっと見ていて思わず体がびくりと跳ねる。香澄も目が合うとは思ってなかったのかびくっとしてから視線を前に戻し話しかけてくる。

「体調、悪かったりしないの?最近。今日だけじゃなくさ」

「いや…いつも通りかな。今日のは本当に貧血気味だっただけだし。香澄さんは最近体調悪かったりしない?」

 香澄から体調について聞いてくれたのは僥倖ぎょうこうだ。自然な流れで死の原因かもしれない病気に繋がる話を聞けた。

「特には…」

 尋ねることが出来ても有意義な答えが帰ってくるわけではないか。

「そっ…か……あ、次のところ俺左」

「私、真っ直ぐ。じゃあここまでね」

「うん。あ、ひとつ聞きたいんだけどなんで俺のこと帰りに誘ったの?」

 香澄は一瞬考えるようにしてから口角を少しあげ

「帰り、いつも見かけるから話しかけてみようかと」

 俺が図書室で言ったことをほぼまんまで返されてしまった。ふっと息を吐くように小さな笑いが零れる。

「そっか、それじゃまた明日」

「うん、また」

 香澄と別れ一人で家路を辿る。通学も帰宅もいつも一人だったのにたった一度の、さして盛り上がったわけでもない二人での帰宅のせいで一人での帰宅に寂しさを覚えるなんて馬鹿みたいだ。

 頭を横に振っていつも通りの一人に慣れきった思考を取り戻す。寂しさは薄くなったが周りの景色を見て家が近づいてることを実感し憂鬱さはより濃厚になる。

 しばらく歩くとわが家が見える。三階建てのマンション。元は白かったであろう壁はすっかり黒ずんでいて金属製の手すりも赤錆だらけだ。

 二階の部屋に向かう足取りは重いがそれでも帰る場所はあそこしかない。

 なんとか部屋の前にたどり着きドアを少し開けたその時、部屋からガラスが割れる嫌な音と共にすすり泣く声が聞こえる。

 ああ、またか。

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