第三話
香澄は顔を上げこちらを見るなり驚いたように目を見開き俺の顔をじっと見てから思い出したように
「あ…うん」
とだけ言った。
ありがとうとだけ言って、長机を囲むように置かれてる椅子に座る彼女の正面に座る。
「ごめん、ちょっと席外すから」
そう言って彼女は図書室を出てしまった。逃げられたのかと思ったが本は長机に置いたままなので、戻ってくる、はず。
俺は何時間も考えた末、彼女に話しかけることにした。俺が彼女を救えるなんて驕ったことを考えてるつもりはないが何もせずに彼女が死ぬのを見てるだけなんてきっと後で後悔すると思った。
図書室に入った時やはり彼女の頭の上には94という数字が浮かんでいて胸がきゅっと締め付けられた。話しかける時は緊張でその締め付けは一層強くなったが何とか話しかけることはできた。
俯いて安堵のため息を漏らすと香澄が戻ってきていてまた先程と同じ椅子に座り本を開く。
顔色が先程よりも悪く見える。元々肌は白いが血の気が引いていていかにも病人といった様子だ。病死、そんな言葉がよぎり頭を横に振ってそんな考えを追い出す。
「それで…なに?」
「顔色…悪いように見えるけど大丈夫?」
「…そうかな、史乃君こそ顔色悪く見えるけど。それにさっきまで保健室行ってたんでしょ。大丈夫なの?」
名前に君をつけて呼ばれるなど初めてで、まして心配されるなど長らくされておらず心臓が跳ねる。嬉しさ半分自分の人生の空虚さを実感し悲しさ半分だ。
「…少し貧血気味だっただけだから」
実際の理由など言う訳にもいかず誤魔化すように微笑んで言う。
「……そう」
そこで会話が途切れてしまった。自分のコミュニケーション能力のなさを情けなく思っていると
「それで…どうしたの?」
「あー…いやいつも図書室で見かけるから…話しかけてみようかと」
「図書室なのに話しかけようと思ったの?」
確かに図書室で話しかけるのは気が利かなかった。
「…ごめん、邪魔だった?」
「大丈夫、別に本なんていつも読んでるし邪魔されたって気にならない。それに邪魔だとも思ってないし」
「そっか…ならよかった。…図書委員も相変わらずサボりで誰もいないしね。俺も委員会ちゃんとやってないからあまり言えないけど」
ちらりと貸出カウンターを見るが今日も当番の図書委員はいない。
「図書委員なら毎日来てるよ」
「え?」
「私、図書委員だから。…だからサボってるのは史乃君だけね」
香澄は図書委員だったのか。それに最後のは俺をからかったのか、サボりだと言われ気を損ねたのか。なんというべきか頭に浮かばず口をぱくぱくさせていると香澄がくすりと笑う。
「ごめんなさい。半分冗談。…確かに私は図書委員だけど他の当番は来ないし私も図書委員の仕事はほぼしてないから。みんなサボってるようなもの」
「ああ…自分だけじゃなくて安心したよ。委員会、真面目にやってる人の方が少ないか」
香澄はまた本に視線を戻したが先程よりも空気は柔らかくなってる気がする。言うなら今かと思い意を決して言う。
「邪魔にならないなら…これからは同じ机で本読んでもいい?」
香澄が本から目を上げこちらを見て、少しの間の後
「…いいよ」
「……ありがとう」
安堵で漏れそうになった息はなんとか飲み込んだ。
「じゃあ俺は教室戻るから」
「同じ机で読むんじゃないの?」
「今は本、教室だから」
「…そう。それじゃ」
図書室から出て扉を閉めるのと同時に床にへたり込む。胸に熱が広がっていくのがわかる。誰かと話し、小さくとも笑い合うことはここまで心を満たしてくれるのか。彼女もまたこんな風に感じてくれていればいいなと思う。それとも感じてるのは煩わしさだろうか。そんなことを考えると胸の熱がすっと引いていく。だが、それでも、小さくとも温かい熱が胸に残っている。
明日以降、毎日21時30分に毎日投稿しますのでよろしくお願いします。




