第二話
死ぬ?香澄が?あと94日で?どうして?
頭の中がそんなことで埋め尽くされる。鼓動がどんどんと速くなっていく。周りの音が小さくなっていき心音がやけにうるさく聞こえる。息も荒くなり動揺を隠そうと俯いて口を手で覆った。教師のいつもはよく通るその声も、今は小さく聞こえその話も意味をなさないただの音の塊としてしか認識できずトンネルの中で喋ったみたいに頭の中で反響している。
話が終わるまでの数分が何十分にも感じた。教師の話が終わるなり俺は教室を出て保健室に駆け込む。
こんな状況で授業なんて受けられそうになかったし視界にあの数字が入るのも今は耐えられそうにない。
養護教諭は俺を見るなり大丈夫?と声をかけてくる。それだけ俺は酷い顔をしてるのだろうか。体調不良を訴え保健室のベットで休憩させてもらうことにした。ベットに寝転びカーテンが閉められると先程より幾分か落ち着いてきて呼吸も安定してくる。
香澄が死ぬ。94日後に。
この事実に自分でも思ってる以上に動揺した。今まで学校で人の寿命が意識もせずに見えたのは小学校低学年の時のあの件だけだった。
他の生徒ではここまで動揺はしなかっただろう。思ってた以上に俺は香澄の存在に縋っていたようだ。話したことがある訳でもないのに随分と一方的で気持ちの悪いことだと自嘲的な笑いがこぼれる。
香澄が94日後に死ぬ。しかしなぜだろうか。病気なら今より前に見えていてもおかしくない。となると自殺だろうか。
自殺は計画されて行われる印象はない。突発的に行われる気がする。そうなると自殺者の数字は見えない気がするが俺は過去に自殺者の数字が見えたことがある。
駅でスーツ姿のくたびれた若い女性の頭上に8という数字が浮かんでいるのが見えた。若いのに気の毒だと思ったがもう見ることもないだろうと深く考えないよう努めていた。
しかし八日後、夜のニュース番組だった。女性がビルから飛び降り下にいた親子二人が重体、女性は自殺か、と画面に映りその現場があの女性を見た駅の近くでそれに彼女を見てからちょうど八日、まさかと思いSNSで調べてみると顔写真がすでに拡散されていた。見てみると駅で見たあの女性だった。以前駅で見た時よりも若く生気があったが間違いなかった。
自殺でも数字が見えたことがある以上香澄が自殺で死ぬ可能性もある。94日後にしようと計画してるとは考えにくいがそれを言えばあの女性だって8日後に死のうと計画していたとも思えない。
思うに俺が見える数字というのはその時点における最も可能性の高い死ぬ日までの日数なのではないだろうか。神か悪魔か知らないがそんな存在が可能性を計算して教えてくれているのではないか。
そう考えると基本的に数字ははっきり見えずに死期が近い人間の数字だけはっきり見えるのも、数字が変わったりするのも納得できる。死が遠い人間は死までの時間が長いため死ぬ日を出すのは難しく数字を見ることができない。または計算中なのかもしれない。逆に死が近い人間は死までの時間が短く死ぬまでの日数を出すことができ俺はそれを見ることができる。数字が変わるのは本人の心持ちが変わるとか他人の当人への介入だったりとかで条件が変わり計算結果が変わったと考えられるし、ある程度の変化だったり他人の介入もある程度含めた計算結果が最初に見た数字だとすれば今まで数字の変化を見たことが少ないことも納得する。この考えは想像の域を出ないが仕方がない。
この考えを基にすると自殺を計画していなくても、今の状態が続いたとき自殺が起こる可能性が高いのは何日だと計算が出され頭の上に数字が見えることになる。
となると香澄の死因となるのは自殺か病死だろうか。他殺や事故死も考えられるがこれらよりも自殺か病死のほうがずっと可能性は高いと思う。
香澄はいつも体育の授業を休んでいた。その理由がなにかしらの病気でそれが悪化してということも考えられる。病が体を蝕むなら孤独は心を蝕む。俺が言えることではないが香澄はいつも一人だ。自殺というのも十分にありえる。やはり香澄が死ぬなら自殺か病死だろう。
だが、だからなんだというのだろうか。俺に、何かできるのか?
君は病魔に侵されてるんだと伝えてみるか?確証もないのに。奇人だと思われて終いだ。
俺が孤独な彼女に手を差し伸べるのか?もう六年はまともに人と話していないのに。見向きもされなかったあの男たちと同じ結末を辿るだけだ。
では何もしないのか?一度も話したことはなくとも心の支えにしていた彼女が遠くないうちに死ぬのを知っておきながら。
給食の時間が終わるまで俺は保健室のベットの上でそんなことを何度も同じ場所を歩いて回るみたいに考え続けた。
「あの、香澄さん。今、いい?」
昼休み、彼女がいつもいる図書室で俺は香澄にそう話しかけた。




