第十二話
何度かの乗り継ぎをした電車を降りるともういつもの街に戻ってきていた。日が傾いていて駅を出るとオレンジ色の光が暖かく体を包んだ。
香澄はもう寂しそうな様子を見せることなく家路を辿る間も明るく話していた。朝、待ち合わせた分かれ道はもう見えている。そうすると今度は俺が寂しくなり帰りたくなくなった。それに一度香澄のおかげで吹っ切れたとはいえ、まだ家に母がいるのではと思うと尚更帰りたくなくなる。自分の情けなさを鼻で笑った。
香澄が横目で俺を見るのが分かる。
「ねえ、公園に少し行かない?」
予想外の提案で反応が遅れた。
「…大丈夫なの?時間とか」
「遅くなったからって心配されるような家じゃないでしょ」
そんなことをあっけらかんと言うからつい笑ってしまう。電車で香澄に愚痴を言ってしまった時もそうだった。香澄のそんなところが心地よくて何でも話せるような気がしてしまう。
「そうだね。香澄が大丈夫なら喜んで」
俺の帰りたくない思いを察したのか香澄もまだ帰りたくなかったのか。どちらか分からないけれど願ってもないことだった。
公園は今日も陰湿な雰囲気で、子供の一人もいない。
香澄は一直線にブランコに向かって座った。俺も続いて香澄の隣のブランコに座る。
「ここも避難所なんだよね」
香澄がブランコに揺られながら言った。一瞬何のことかと思ったが香澄があの海を自分の避難所だと言っていたことを思い出す。
「もし逃げたくなったら史乃も使っていいよ」
「海に続いて公園まで使っていいの?」
「うん。仲間だから」
「ありがとう」
なんだかこそばゆい気持ちになって小さく笑って誤魔化した。
その後もずっと他愛のない話をした。公園を出た頃には太陽は沈みきっていたが、家の光と弱々しいながらも道を照らす街灯のおかげでさして暗くはなかった。それでも公園に来た時よりはずっと暗く香澄を家まで送る。
香澄が古びたマンションの前で振り返った。
「送ってくれてありがとうね。…あと、今日逃げるのに付き合ってくれてありがとう」
「俺だって逃げたかったから。それに避難所も見つかったし」
香澄がふふっと小さな声を出して笑った。
「けど史乃があそこを使わなくてもいいことを願ってるよ」
「俺も香澄が使わなくていいことを願ってる」
お互いに冗談めかした口調で言った。
「それじゃ、また学校でね。気をつけて」
「うん。また」
香澄との会話の余韻に浸りながら、香澄を送ったことでいつもより長くなった帰り道を歩く。夜が更けたのか、明かりのついてない家が増えたのか、家に向かうにつれて道は暗くなっていく。その変化を感じながら歩くと案外すぐに家に着いてしまった。
公園にまで逃げたのにいまだ不安な心を必死に抑えつけてドアノブを捻る。そのままゆっくりドアを引いた。中は真っ暗で誰の気配も感じない。強ばっていた体はふっと力が抜ける。香澄が電車で「大丈夫」と言ったのを思い出す。本当にそうだったなと思いながら開けたドアの隙間からするりと家に入り電気をつけた。玄関から続く廊下の奥に見えるリビングへと繋がるドアが開かれていて、リビングの荒れた様子が目に入った。朝、怒りのやり場を失った母が当たったのだろう。今度は香澄の「帰ったらいつも通り」という言葉が頭を過った。これもその通りだったがこんなところまでいつも通りかと思ったら力ない笑い声が漏れた。
朝から動いていた疲れを体が今思い出したみたいで急に体がだるくなった。風呂に入って早く寝てしまおうと脱衣所で制服を脱いで脱衣カゴに制服を入れた。瞬間、潮の香りが鼻に抜けた。同時に今日あったことが頭の中を駆け抜ける。
今日あったことはいいことだけではなかった。自らの失態もあり思い出すだけで気分が沈む。だが香澄との出来事が次々と浮かんで自然と口元が緩んだ。
風呂に入って眠りにつくまでずっと今日のことを思い返しては浸り続けた。




