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第十一話

 冬の海は冷たくて二人して騒いだ。どちらから始めたか分からないが気がつけば海を蹴って海水をかけあっていた。

「ちょっとはしゃぎすぎたかもね」

 海から上がった香澄は脱ぎ捨てた靴のそばに座った。

 香澄の白のセーラー服は濡れて所々透けて灰色がかっていて、紺のスカートも見えないだけできっと濡れているんだろう。

「本当にね」

 かくいう俺も白のワイシャツは香澄のセーラー服と似たような有様でズボンは足に張り付いてひんやりとする。

 香澄の近くで脱ぎ捨てた靴の辺りに座る。

「けど、楽しかったよ」

 正直な感想だ。こんな風に誰かとはしゃいだのは初めてだった。

 香澄は安心したように微笑んで

「私も。だけど寒いね。上着着てこなかったの失敗かも」

「上着着てこなかったからというより海に入ったからじゃない?」

「絶対そう」

 二人で裸足のまま砂浜に座って笑った。

「お腹すいたしどこか行かない?お店なら暖かいだろうし」

「ここら辺にあるように思う?」

 香澄はそう言って振り向くような素振りをする。思い返せばここまでの道中、店なんかは見なかった。

 香澄は靴下を履きながら

「ここら辺、夏でも人少ないような海だからさ、全然お店ないんだよ」

「凍えるのが先か、電車が来るのが先か…」

 手をついて空を見上げ、冗談半分に言った。薄く広がっていた雲はどこかに消えていて、もこもことした白い雲が澄んだ青空のところどころに浮いていた。

「コンビニならあるから大丈夫。凍えないよ」

 もう靴を履き終えた香澄が立ち上がって言った。


 香澄は来た道とは別の道を歩いていく。それについていくと道路沿いに小さなコンビニがあるのが見えた。

「ね?あったでしょ」

「安心したよ」

 コンビニの中は暖かく冷えきった手と顔がじんわり痒くなってきた。

「何か温まるものが食べたいよ」

「んー、じゃあカップラーメン?」

 香澄はそう言ってインスタント食品の並べられた棚へ向かう。

「こんなところまで来てもカップ麺か」

 苦笑しながら俺も香澄についていった。

 香澄はそばのカップ麺を手に取って俺はうどんのカップ麺を手に取った。それを見て香澄がくすくすと笑う。

「え、なに?」

「前、カップ麺の話したけど、本当にうどん好きなんだなぁって」

 話すようになって間もない時にした会話を思い出す。

「ああ…覚えてるよ。香澄はやっぱりそばなんだ」

「うん。美味しいもん」

 会計を済ませてからイートインスペースがないことに気づいた。

「イートインスペースないね」

「じゃあ、海で食べようよ。お湯入れて、持っていこう」

 香澄はそう言ってコーヒーメーカーの横にあるポットでお湯を入れ始める。

「海まで?」

 本気なのかと問うようにそう言ったが反対する理由もなくて結局二人でお湯を入れたカップ麺を持ちながら海へとまた歩いていく。こぼさないように両手で容器を持ってゆっくり歩く様はどこか滑稽に見えた。

 やっとのことで海について砂浜の手前にある階段に腰掛ける。

「なんだか運ぶ様子間抜けに見えたね」

 香澄も俺と同じことを思ってたようで笑いながら言った。

「車とすれ違わなかったのが救いだよ」

 隣で香澄がそばをすすり始めて俺もそれに続いた。

 うどんは伸びきっていて、汁も随分ぬるくなっていた。油揚げは汁を吸いすぎなぐらいだ。

だけど悪いとは思えなかった。

 カップ麺を食べ終わっても二人で海を見つめた。冬の海から吹いてくる潮風は冷たくて制服に覆われた体の内側までだんだん熱を失っていった。香澄も寒そうだったがお互いに知らないフリをして居続けた。

「そろそろ帰んなきゃね」

 体の芯まで冷えた頃、香澄がぽつりと言った。

「電車、結構時間かかったもんね。そろそろ行かないといけないか」

 何気ないように言おうとしたが、出た声は小さくて寂しさが滲んでしまう。

「…うん」

 静かに香澄はそう言って立ち上がる。

 下ってきた坂道を上る間、香澄は時折名残惜しそうに振り向いては海を見ていた。

「また来ようよ。今度は暖かいときにでも」

 ここまで寂しげな香澄は初めてで気がつけばそう言っていた。

 香澄は目を見開いて俺を見上げたあとなぜだか眉を下げた切なげな顔をして

「そうだね。来たいね」

 香澄は振り返って海をもう一度見たあと今度は笑顔で冗談ぽく言った。

「次来る時はできれば何からも逃げないで来たいな」

「本当にね」

 微笑み返しながら、考えた。

 もう一度はあるのだろうか。

 一度は94と数字が見えたこの少女と、もう一度はあるのだろうか。

 歩きながら香澄をちらりと見るが、彼女の頭の上に数字は見えない。

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