第9話:拮抗(アンタゴニスト)、あるいは青い霧のレクイエム
神殿の事件から数日。王都は、かつてない「集団離脱症状」の地獄と化していた。
リナの光を浴び続けた信者たちが、虚脱感と震えに襲われ、街角で「光を……もっと光を……」と呻いている。それは信仰心などではない。脳内の報酬系を破壊された中毒者の末路だった。
「ひどいものね。セロトニンとドーパミンを強制的に分泌させ続けた反動だわ。……脳のシナプスが悲鳴を上げている」
私は、カスピアンの工房に築いた緊急ラボで、顕微鏡を覗き込んでいた。背後では、レオンハルトが鋭い剣気を放ちながら、工房を取り囲む王宮騎士団を牽制している。ユースタス殿下は、リナを「守るべき被害者」とし、私を「毒を撒いた首謀者」として指名手配したのだ。
「セリーヌ、準備はどうだい?外の連中は『話せばわかる』なんて甘い連中じゃないよ。『問答無用!』で踏み込んでくる気満々だ」
「カスピアン、攪拌を止めないで。……リナの成分は、脳の受容体に強固に結合する不斉分子。これを引き剥がすには、より親和性が高く、かつ作用を持たない『拮抗剤』が必要なの」
私は、自らの魔力を触媒に、複雑な環状構造を持つ化合物を合成していく。前世の知識。神経薬理学。そして、この世界の魔導触媒。
「受容体の椅子取りゲームよ。リナの毒が座る前に、この無害な分子を座らせる。……『私が相手だ。かかってこい』と、細胞レベルで宣言してやるわ」
その時、工房の扉が爆砕された。
「そこまでだ、セリーヌ!魔女め、ついに正体を現したな!」
現れたのは、瞳が血走り、リナの毒に自身も侵され始めたユースタス殿下だった。彼の背後には、虚ろな目をした精鋭騎士たちが並んでいる。
「殿下。……その顔、ひどい浮腫ですよ? 腎機能も低下しているようですわね。……『お前の顔面を、きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。と言いたくなるまで整えてあげたい』けれど、今は治療が先よ」
「黙れ!リナを傷つけ、神を否定する貴様をここで処刑する!」
殿下が剣を振り上げた瞬間、レオンハルトがその一撃を片手で受け流した。
「殿下。あなたの目は、もはや真実を映していない。……セリーヌ、行け!ここは私が食い止める。『私を誰だと思っている。王国の盾、レオンハルトだ!』」
「感謝するわ、レオンハルト卿!……カスピアン、噴霧装置を起動しなさい!」
私は、完成した「青い液体」をカスピアン特製の高圧魔導噴霧器にセットした。これは液体ではない。大気中に広がり、魔力に反応して中和を開始する「ナノレベルの化学兵器(ただし医薬品)」だ。
「さあ、王都の皆様。……『目覚めなさい。あなたたちは、ただの悪い夢を見ているだけよ』」
シューッ、という音と共に、工房の煙突から鮮やかな「青い霧」が王都の空へと放出された。霧は風に乗り、苦しむ人々の鼻腔へと吸い込まれていく。
一分。
二分。
震えていた人々の目が、次第に焦点を結び始める。「ああ……」「俺は、何を……?」と、憑き物が落ちたように立ち上がる群衆。殿下の手から剣が滑り落ちた。彼もまた、霧を吸い込み、強制的に正気へと引き戻されたのだ。
「……セ、セリーヌ……?私は、何を……」
「殿下。化学的な説明は後日、レポートにして提出しますわ。……今はただ、『敗因は、化学の無駄遣い』だとだけ覚えておいてください」
王都を包む青い霧。それは、迷信という名の闇を払い、論理という名の光をもたらす「化学の雨」だった。
だが。
リナだけは、青い霧の中でも正気に戻らなかった。 彼女は、過剰な魔力合成の副作用により、自身の肉体が「自己崩壊」を起こし始めていたのだ。
(セリーヌの独白) (……自業自得、ね。でも、化学教師として最後の授業が必要かしら。――『命の等価交換』の本当の意味を教えてあげるために)
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