第6話:大気からのパン、あるいは質実剛健な騎士とアンモニアの香り
夏季休暇。華やかな王都を離れ、私は実家であるアルケミーナ公爵領にいた。だが、優雅なバカンスなどという非生産的な予定はない。私の目の前には、連作障害で痩せ細り、ひび割れた広大な小麦畑が広がっていた。
「……ひどいものね。窒素、リン酸、カリウム。植物の三大栄養素が決定的に不足しているわ」
私は土壌の一部をサンプリングし、カスピアン特注の分析キットにかける。この世界では、作物が育たないのは「大地の精霊の機嫌」のせいにされている。だが、真実はもっと無機質なものだ。
「精霊の機嫌を取る暇があるなら、土壌のpH値を調整しなさいな」
私は領民たちを集め、まずは「空中窒素固定」の実験を開始した。狙うはハーバー・ボッシュ法。本来、超高温・超高圧が必要なこの反応を、私は魔力による触媒制御で強引に引き起こす。
「……圧縮、冷却、そして循環。さあ、大気から『パン』を作り出すわよ」
魔力炉が唸りを上げ、空気中の窒素と水素が結合していく。特有の、鼻を突くツンとした刺激臭。……アンモニアだ。前世の私なら『換気をしなさい!』と叫ぶところだが、今はこれが勝利の香りに聞こえる。
「止まれ!そこで何をしている、アルケミーナ公嬢!」
突如、蹄の音と共に鋭い声が響いた。現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ一団。先頭に立つのは、鋼のような肉体と、一切の妥協を許さない鋭い眼光を持つ男――王太子直属の騎士団長、レオンハルト・フォン・アイゼン。
「……騎士団長様。公爵領の私有地で、不法侵入かしら?」
「近隣から『禁忌の術式による異臭』の報告があった。……この異様な臭気、そして魔力の渦。貴様、禁じられた毒ガスの開発でもしているのではないか?」
レオンハルトは剣の柄に手をかけ、私を威圧する。彼はゲームでは「規律を重んじる堅物」であり、リナの純粋さに触れて「守るべき正義」を見出す騎士道精神の塊(攻略対象)だったはず。
「毒ガス?失礼ね。これはこの国を飢えから救う、最高の『栄養剤』よ。『君の瞳に乾杯』ではなく、『この大地の窒素に感謝』すべきだわ」
「何を……?窒素だと?デタラメを言うな。土から芽が出るのは大地の恵み、神の奇跡だ」
「ああ、また『奇跡』。聞き飽きたわ。レオンハルト卿、あなた、毎日食事を摂るでしょう?その体を作っているタンパク質の元が、どこから来ていると思っているの?」
私は地面に図を描き始めた。
「植物は土の中の窒素を吸収し、それを食べて動物や人間が育つ。窒素が足りなければ、人は死ぬ。『人は腹が減れば死ぬ。当たり前のことだ』……そうでしょう?」
「それは……そうだが……」
「今、この領地の土は死にかけている。放置すれば来年は飢饉よ。私がしているのは、空中の窒素を固定し、土に還す作業。……これを毒ガスと呼ぶのなら、あなたのその立派な筋肉も『毒の塊』ということになるけれど?」
レオンハルトは絶句した。彼は論理で攻められることに慣れていない。騎士道という「精神論」の世界で生きてきた彼にとって、私の「物質論」は未知の攻撃だった。
「信じられないという顔ね。……なら、一週間後にまた来なさい。この『アンモニアの魔法』が、どれほど冷酷に、そして確実に小麦を育て上げるか。『私の戦闘力……いいえ、生産力は53万です』とでも言いたくなるような結果を見せてあげるわ」
「……いいだろう。もし一週間後、変化がなければ、その時は公爵令嬢と言えども拘束させてもらう」
「結構。……あ、騎士団長様。帰る前に一ついいかしら?」
私は、彼の鎧の隙間から見える首筋を指差した。
「そこ、汗で蒸れてあせもが出来かけているわよ。……後で私の特製『消炎亜鉛華軟膏』を送り届けてあげる。感謝なさい、これは化学の慈悲よ」
レオンハルトは顔を赤くし、乱暴に馬を返して去っていった。
校舎の影からそれを見ていたカスピアンが、ニヤニヤしながら現れる。
「ひどいな、あの堅物騎士まで手玉に取るか。君、将来は『世界の支配者』にでもなるつもりかい?」
「まさか。私はただ、美味しいパンを食べて、静かに研究を続けたいだけ。……そのためには、この国の農業を丸ごと書き換える必要がある。それだけよ」
一週間後。
魔法の肥料を撒いた畑は、周囲が驚愕するほどの速度で、青々と、そして力強く芽吹き始めていた。
セリーヌ・フォン・アルケミーナ。彼女の「農業革命」が、後に騎士団長レオンハルトの運命を、そして王国の勢力図を、根底から覆すことになるとは、まだ誰も知らなかった。
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