近くて遠い
「みんな、おはよー!」
明るい声にざわざわとする教室。
「優牙くんおはよう!」
そんな明るい声は平凡な男子高校生の僕にだって挨拶してくれる。
「うん、おはよう。高間さん。」
隣の席の高間光は人気者だ。
野球部マネージャーという忙しい立場でありながら
学級委員長をこなす頼れるリーダー。
そして成績優秀、運動神経抜群で、誰とでも話せる明るい性格を持つ。
真の陽キャって人はこういう人なんだと思う。
見るだけでも眩しいような、そんな人。
そんな彼女に恋をしない人なんてそんなのいないに決まってる。毎日のように多くの人が告白され、多くの人が振られていく。
大人しくその様子を見てる僕もそりゃあ彼女が好きな人間の1人だ。
高間さんは僕を下の名前で呼んでくれるし、なかなか親しい気でいて。
自分にもチャンスがあるんじゃないかとその時を、いまかいまかと待っているのだ。
告白する勇気がない僕が選ばれるなんて......なんて話なような気もするが。
僕はヘタレだからそんなのは割り切っている。
だから今日も彼女に精一杯の笑顔を向けるのだ。
「何であいつが下の名前で呼ばれて特別挨拶されるんだろうな。」
「あれが好きなんだとしたらちょっと幻滅かもな。さすがにあれはないわ。」
嫉妬の目線を向けられながら。
今日も僕は1人で朝の時間を過ごす。
今日は、何故か、珍しく。
隣の高間さんが、僕の顔を、じっと見つめていた。
放課後。
夏にしては強い雨が、道路脇に小さな川を作っていた。
何だか、久しぶりな感じがする。
なんだか傘立てにこの前からずっとさしていた小学校の頃から使っている青い子供用の傘を思い出し、持って帰ろうと抜き取って、窓の外に出た。
今日は外の部活、ないのか。校庭に人影はなかった。
急な大雨だ。歩き出すと結構な人が傘を持っていないようで、ずぶ濡れになりながら全速力で走ったり、相合傘をしてるカップルだったりが見受けられた。
誰かに傘貸したら、感謝されるんだろうけど。
右手で折り畳み傘をさして、左手に青い子供用の傘を持って夏の暑さがどっかに行ってしまったような、久しぶりの涼しい風に吹かれ、なんだかウキウキしながら歩いていると、あるお店の前に1人、女子が立っていた。
なんか見たことあるなー、なんて思いながら通り過ぎようとすると、肩を叩かれた。
「優牙くんじゃん。ちょっと話そうよ。」
「あ、高間さん。」
急展開に僕の頭はパニックになりながら、そして左手の傘を思い出してラッキーって思った。
「話すのも良いけど、これ。ちょうど2個持ってたから。」
下心丸出しでそう言うと彼女は笑顔で、少し気まずそうに僕の傘を受け取った。
笑顔が可愛くて嬉しくてもう今日死んでも良いって思うくらいだったが、その少し気まずそうな様子がよく分からなかった。
失敗したのかな......僕がわたわたしていると、それを察したのか高間さんが小さく笑った。
「......ふふっ。ちょっとさ、優牙くん傘2個持ってんじゃーん何て思って声かけちゃったから、なんか申し訳ないなって。今日傘忘れちゃって困ってたからさ。」
いやいやいや、そんな理由は何でも良いんです!光さんと話せるんだったら。
「いや、別にそんなの良いよ。今日みんな忘れてるから誰かに貸してあげたかったけど貸せる相手もいなくて困ってたぐらいだったんだ。だから、僕が助かったよ。」
「優牙くんが助かったって......ふふっ。よくわかんないよ。」
笑ってくれた。かわい。
ほんと、助かってる。なんかこの笑顔見れただけで、生きてて良かったって、思えちゃう。
ぽつぽつぽつぽつ。
雨の音は僕らには聞こえなかったんだと思う。
それぐらい会話が弾んで、楽しくて。
僕がずっと願ってた2人の時間は、思っていたよりずっと楽だった。
「ふふっ......。面白いね!優牙くん。」
「そんなことないよ、高間さんが話しやすいから高間さんのお陰で素を出せてる感じだし、僕はそんな面白いやつじゃないよ。」
「なんでよ、そんなの禁止!褒めてるんだから素直に褒められなさい。」
「そっ......それはそうだよね。」
なんか、褒められ慣れないんだよ。
それも、好きな人からなんだから、さ。照れちゃうに決まってるでしょ。
高間さんの方を見ると顔が真っ赤に照らされていた。
「なんか、高間さん。照れてんのかと思った。」
「そりゃあ、さ。私達は雨音が途中から消えたのあんま意識してないけど、ね。思いっきり晴れてんじゃん。」
あ。窓の外を見ると赤い日が沈んでいっていた。そして、その前に小さく、虹がかかっていた。
「高間さん。あそこ、虹だよ。」
「えぇ、本当だ。」
「綺麗だね。」
「ね。」
なんか、見たことがある虹だった。
「優牙くん、さ。久しぶりだね。」
彼女がそんなことを呟く。
僕はよく分からないままに、うん。と頷いた。
なんか、体調悪い。
朝起きて、それはもうすぐに分かった。
思った通り38度超えの熱があったので休むことにした。
浮かれすぎたかな......。
正直一生縁がないと思っていた好きな子に近づくことができたんだ、浮かれてもしょうがないだろ!
自問自答だかなんだか熱くなった頭でそんなことを考える。
ああ、なんか思い出すんだよな。
枕元にいつも飾っていたツーショット。
「懐かしいな、光ちゃん。」
光ちゃん...か。
ああ、体調悪いせいかなちょっとしんみりしてきた。
今となってはそんな呼び方したらどんな立場だよって突っ込まれるんだろうな。
もう一生縁なんてないと思ってたんだけどな。
本当、生きててよかった。
僕はそのツーショットに写る光ちゃんの笑顔にそっと涙を流した。
「あら、光ちゃん?久しぶりね。」
「あ、おばさん。お久しぶりです。優牙は大丈夫ですか?」
「あの子ねぇなんだか風邪なんかひいちゃって。昨日は結構濡れて帰ってきたからね。そのせいかしら。」
「.......」
そうだよなあ。本当あいつって馬鹿だから、無駄に人のこと気遣って自分は損するんだよな。
それでもなんてことないような顔して、ニヤって笑って。優牙くんはいつになったら、知らないふりをやめてくれるんだか。
「ちょっと上がってく?」
私は密かにおばさんのその言葉を待っていた。
「はい!久しぶりに優牙の部屋行きたい!」
「良いわよ。まあ今は寝てるかもしれないけどね。」
そうして優牙の部屋の前に立って、今。
「懐かしいな、光ちゃん。」
優牙の涙を見てしまった。
何泣いてんのよ、本当馬鹿。もう良い加減私も待ちくたびれたわよ。
そんなさ、優牙。私が優牙のこと、気づいてない訳ないじゃんね。どんだけさ、私を悩ませて、どんだけ私をさ、好きにさせたって......思ってんの。本当
目から少しずつ溢れてくる涙を、袖で拭ったりはせず、堪えきれずに優牙の部屋に勢いよく入った。
優牙は寝てしまったようだ。どこか気持ち悪そうな寝息が聞こえてくる。
「久しぶりだね、優牙。」
ツーショット。持ってたんだ、どうせ捨てたんだろって思って、私は捨てちゃったな......。
なんか、嬉しかった。私の初恋は片思いなんかじゃなかったんだね。ねえ
「優牙......私。頑張ったんだよ?」
本当に、良い加減覚悟、決めてよね。
僕は度々、悪夢を見る。
今日だってそう、何かに呪われているかのようなそんな気分になるくらい。毎週のように夢に見るのだ。
僕と彼女の出会いなんてそんな、美しいものではなかった。
ツーショットにどろどろになって笑顔で写る幼い僕ら、後ろにかかる虹は神秘的でそれはもう良い思い出なはずなんだけど、それはぼくが美化しているだけで
悪夢のような現実がそこにはあった。
ある日の放課後、通学路沿いにある公園に同じ年頃の小学生男子3人と、女子1人がいた。ただ、決して仲良くしているわけではなかった。
「......やめてよ。」
「うわ、こいつ泣いてやがるぜ。すぐ泣くんだからなあこいつ。」
「そんなんだからぼっちなんだよ。ほんと。」
「てかこいつなんでまだこっち睨んでこれんの?こんな汚くなっちゃって。なんか飽きたし帰ろうぜー。」
男子3人は雨の中、砂場の泥を女子に投げつけて遊んでいるようだった。
その女の子は1人取り残されて、そっと空を見上げていて。
僕はどうしようもなく、悲しくなった。
「大丈夫?なんか君のためにやれること、ある?」
「え、あ。ごめんなさい。」
僕は訳がわからないままに唐突に謝られついたじろいだ。何か悪いことをしちゃっただろうか。
僕はなんだか気まずいのでとにかく周りをキョロキョロして雨宿りできる場所を探した。
「とりあえずあそこ。行こ?」
よくわからなかったけれど、本当に初対面で何してんだって話だけど、彼女の手を取って滑り台の下まで駆けた。
その小さな屋根の下も、体の小さい僕らにとっては周りを優しく包んでくれるような優しさがあって彼女は少し落ち着いたようだった。
「私、高間光!小学3年生!君は?」
「僕は旗谷優牙。同じく3年生。」
「......あの、さ。ありがとうね。なんだか、嫌なところを見られちゃった。」
彼女は寂しそうに笑った。
「そんな、えっと。僕はなんも気にしてないし。」
「ふふっ。そりゃそうでしょ!君は別に知らない人なんだし。でも、確かにそうだよね。嫌なところ見られちゃったってのも、変だったかぁ。」
「......う、うん。」
「いやなんでそれ頷くの!別によくよく考えれば同じ年頃の男の子にいじめられるとか見られるのなんて恥ずかしいに決まってるでしょ!」
「ふふふっ。うん。」
「何笑ってんのよ!」
彼女はしょげてるのかと思ったが思っていたよりずっと元気で、彼女と話すのはとても楽しかった。
本当によく分からなかった。なんでこんなに可愛くて、面白くて、太陽みたいに笑う子が、あんなふうにいじめられてしまっていたんだろうって。
一通りいろいろ、本題には触れずに逃げるように。僕だって聞いたら相手が嫌な思いをするのは分かっていたから。今日解決できやしないけど少しでも、彼女の心のモヤを晴らせたらなって喋った。
頑張んなきゃいけないって思っていたのに彼女と喋るのはずっと自然体でいられて、楽しくて、気づけばかなりの時間が経っていた。
「......ちょっと、寒くなってきたね。」
「これ着ていいよ。僕はそこまで濡れてないし。」
「うん。ありがとう。」
彼女は今日、家に帰りたくないってそういった。
だから僕はこの公園で、一晩を超えてやろうと思った。
「う、うう。寒くない?」
「......うん。」
でも彼女は濡れていたから僕よりずっと寒かったのだろう。ぶるぶると体を震わせて顔色は悪かった。それでも笑顔な彼女に、僕は堪えられなくなった。
「あのさ。僕の家に来ない?ほら、お母さんもいるし。」
彼女の目がきららと輝いたように見えたが、すぐに申し訳なさそうに笑った。
「いやいや。それは悪いよう。そんなに優牙くんに迷惑かける訳にはいかないよ......。」
それでも彼女はやはり体をぶるぶる震わせていた。
「やっぱ行こう。」
僕はまた彼女の手を取った。
朝になって、雨が止んだ。
そして、大きな虹が出た。
「光ちゃん!凄いね。虹だよ!」
「うわ......。綺麗だね。」
「これはシャッターチャンスだねえ。光ちゃん、優牙。取るよー!!」
今日も雨予報。今日はちゃんと傘を手に持って。
2人笑顔で写真を撮った。
「おはよう優牙くん。体大丈夫?」
暗闇の中、懐かしい声が僕を包む。
「光...ちゃん?ここは夢なの?」
彼女は笑う。
「夢なんかじゃないよ。私はここにいるよ。」
ああ、本当に幸せだ。なんでこんなに近くに光ちゃんが。
「光ちゃん。夢の中ぐらい、好きって言って良いかな。」
「そんなの。現実でちゃんと、言ったよね。」
よしよしと頭を撫でられて、僕はまた深い眠りに落ちた。
さっきまでずきずき痛んでいた頭が、起きた時はすっかり治っていた。
ピピピ、ピピピピ。
「熱はなし......か。」
こんなに気持ちよく寝れたのはいつぶりだろうか。
光...ちゃん。
本当、夢だと言ったって、あんな近くでまたあの笑顔を見れて、本当に良かった。君は覚えていないのかもしれないけど、僕はずっと忘れられないんだから。
他の人とは違う好き、誰より君が、好きなんだから。
「優牙くん。どうしたの?呼び出しなんかして。」
病気明けの日の放課後。僕は心を決めて彼女をあの公園に誘った。
「君は慣れてるしもう分かってるんでしょ。」
「......ふふっ。優牙くんらしいね。そんな、何も包み隠さない感じ。」
彼女はよく笑う。昔も、そして今も。
「高間さん。」
「......はい。」
「高間さんのことが好きです!僕と、付き合ってください!」
90度に折れ曲がるくらいに頭を下げた。
この熱意が伝われば良いなって、何よりも自分のために、ずっと抱えてたこの思いを、ちゃんと晴らせるように。人生で1番頭を下げた。
「優牙くん。顔を上げて。」
そっか。だめだったか。手は取ってくれないか。
顔を上げたくなくて仕方なかった。しかしその時彼女が近づいてきて、僕の頭を強引に上げた。
「まずは、ありがとう。」
なんだか怒っていた。でも笑っていた。
本当によく、分からない顔をしていた。
「まずさ。謝って。」
「え、謝ってって。」
「あの日さ、私を見捨てて遊びに行っちゃったこと、謝って。」
「......。」
言葉が出なかった。
彼女が僕のことをちゃんと覚えていたこと。そして、あのことを謝らず、勢いのままに告白してしまったこと。
喜びと後悔が心の中に渦巻いた。
「......ごめん!本当にごめん!本当にごめん!」
「うん......さ。ちゃんと分かってるよ。優牙がずっとそのこと後悔していたことだって。」
「......。」
「でもさ。寂しかったなあ。その後さ、話しかけてくれなくなったこと。」
「本当にごめん。」
「そんな、泣かないでよ。ちゃんと分かってるんだからさ。」
今まで心にずっと引っかかっていた伝えたかった言葉が剥がれていって、涙を堰き止めるものがついに無くなったかのように勢いよく涙が溢れた。
「ごめん。ごめん......、」
「よしよし。優牙くん。落ち着くまで私の胸貸してあげるよ。」
太陽の光が差し温かい午後。彼女の温もりが、僕を大丈夫だよって、言ってくれてるような気がした。
「それでさ。なんで怒ってるかわかる。」
「なんでって、そんな怒ってるように見えないけど。」
「怒ってる、怒ってるんです。言わなくてもわかるでしょ?」
「......。」
「いや分かんないのかよ!あのさ、何?高間さんって。」
ふんっ。僕を優しく抱きしめて、でも怒る彼女。
とても怒ってるようには見えない、可愛かった。
「......うん。光ちゃん。ごめん。」
「......そう、それで良いんだよ優牙くん。」
「......うん。」
僕らの間を静寂が包んで。
でもやっぱり心地良かった。
「やり直して、優牙くん。」
「う、うん。」
彼女の心中がよく分からない。
さっきよりずっと、心臓がばくばくしていた。
「光ちゃん。ずっと好きでした!僕と付き合ってください。」
「......いいよ。」
「......え?」
「......いやだから良いよって!付き合おってこと!」
「う、うん。」
ばくばくと高鳴る鼓動。
はーっとため息をつく彼女。
彼女はやれやれと、優しく笑った。
「あれくらいで、嫌いにならないよ。好きって、そういうことでしょ。」
「......なんで。ずっと恨んでるって、思ってたのに。」
「恨んでる訳ないじゃない。助けてくれなかったのもあなただけど、助けてくれたのもあなただったんだから。忘れるわけも無いでしょ。」
「だって、僕が光ちゃんを助けられなかったから光ちゃんは転校しちゃって、それで。」
「別にそれで転校したわけじゃ無いよ。謝りたかったけど話し難かったから転校前に挨拶できなかっただけだし。」
「......そうだったんだ。」
「うん。ごめんね。私達本当馬鹿だったよね。」
あの日、彼女がクラスメイトからたくさんパンを渡されて、昼休みもずっと食べさせられていたその時。
僕は見捨てた。友達と遊びに行った。
ずっとあのことで嫌われたって。
もう実るわけない恋だって。思っていた。
「本当、幸せだよ。」
「私も!だってこんなに近くに優牙がいる。」
彼女の笑顔はあの日のツーショットと同じ。
背後に虹なんて、なかったけれど。
僕はあの日よりずっと美しいって、そう思った。
土曜更新続けようと思っていますがなかなかできません( ; ; )なかなか続かない気まぐれ小説家ですが応援よろしくお願いします!




