滅びの兆候
「皆さん、こちらです!」
「走らないで!」
店員たちが客を誘導している。しかし、この状況で慌てないほうがおかしい。客たちは叫びながら、エスカレーターをかけ降り、出口に殺到している。
「おい、どうすんだよ!」
岡島が鈴木に言う。
「とにかく、逃げよう」
「どこに!どうやって!」
鈴木は吹き抜けから一階を見下ろした。人でごった返している。出入口は一階にしかない。
「人が……」
高野も一階を覗き、呟いた。
「このままじゃ逃げられない」
鈴木は考えた。なんとか皆を落ち着かせ、外に出る方法はないか。しかし、答えが出るより先に、外から唸り声が聞こえた。
怪物はショッピングモールのすぐ隣にいた。大きな口を開け、かじりつく。二階より上の階全てが怪物の口内に消えた。
「ヤバいヤバいヤバい!」
岡島が怪物に背を向け走り出した。
「待って……」
鈴木は呼び止めようとした。しかし、怪物がショッピングモールの残骸を蹴り飛ばした。ショッピングは半分が瓦解してしまった。
「一階に降りよう」
高野が言った。恐怖心からか、鈴木の腕を掴んでいる。
「ああ……」
鈴木も走り出した。動かなくなったエスカレーターをかけ降り、2階から1階に降りた。
大勢の客が逃げ回っている。中にはパニックになり、怪物に向かっていき、踏み潰された人もいた。
鈴木と高野は岡島の姿を探した。
「岡島!」
鈴木は岡島の名を呼んだ。返事はない。
「あ、あそこ!」
高野が指差したところを見ると、岡島がテーブルの下でうずくまり、震えていた。
「岡島!」
2人は岡島に駆け寄った。
「なんだよ、なんなんだよこれ!?」
岡島が叫んだ。
「分からない。でも今は逃げないと……」
鈴木がそう言ったとき、怪物の体に白い亀裂が走った。そして傷口から、白い霧のようなものが吹き出してきた。
「伏せて!」
鈴木は叫んだ。3人はテーブルの下に隠れた。
「目を閉じて、口と鼻を覆って!毒かもしれない!」
鈴木が指示すると、2人は従った。白い霧は辺りをつつみこんだ。気温が一気に下がる。怪物が吼えた。
白い霧はあっという間に消えた。冷気が消えたのに気付き、鈴木は目を開けた。霧を吸ってしまったのだろう。周りには、倒れて動かなくなった人たちの姿があった。
「もう大丈夫」
鈴木は2人に言った。2人はテーブルの下から這い出た。
「今の何?」
高野が言った。鈴木は首を振った。
「なんなんだか分かんないけど、早く逃げよう!」
岡島が叫んだ。
「ああ」
鈴木は頷いた。3人は怪物に背を向け駆け出した。しかし、足元に亀裂が走り、立ち止まった。
3人は振り返り怪物を見た。怪物は3人を見下ろしていた。先ほどの霧で死んでいないのが不思議な様子だった。
「どうすんだよ」
岡島が鈴木の手を引っ張った。高野はさっきからずっと鈴木の腕を掴んでいる。
怪物は地面に指を差し込んだ。前足が赤く光り、その光が地中に吸い込まれていく。
地面が振動し始めた。3人の背後の地割れから溶岩が吹き出す。3人は溶岩から離れようとしたが、溶岩から離れると怪物に近付いてしまう。
怪物は前足を高く上げ、振り下ろした。地震が起き、3人は立っていられなくなる。
「ヤバいって!」
岡島が叫んだ。怪物は前足を振り上げた。
その時、何機ものヘリコプターと戦闘機が飛んできた。機関銃や爆弾で怪物に攻撃する。怪物は3人から目を離し、ヘリコプターに向かって吼えた。
1機のヘリコプターが3人の近くに着陸した。中から兵士が降りてきて、3人に駆け寄ろうとする。3人も兵士に向かって走り出した。
「大丈夫か?」
兵士は3人に呼びかけた。
「助けて下さい!」
鈴木が叫んだ。
「こっちだ。早く乗れ!」
兵士は3人を連れてヘリコプターに戻ろうとした。しかし、突然ヘリコプターの下が爆発した。ヘリコプターはバランスを崩し、横転した。
「クソッ!」
兵士は立ち止まり、無線で何か言った。おそらく代わりのヘリを呼んだのだろう。兵士は3人を見た。
「ここにいろ。すぐに戻る」
兵士は走り去った。3人は近くの建物の残骸の後ろに隠れた。
怪物はヘリコプターと戦闘機をなんとか落とそうと、何度も首を伸ばして噛み付こうとしていた。しかし、ヘリコプターにも戦闘機にも噛み付けずにいた。
すると、怪物の背中の帆が青く発光し始めた。怪物は背中を丸める。背中の帆の先端から、無数の青白い光線が発射された。光線はヘリコプターと戦闘機を次々と撃ち落としてしまった。
怪物は再び咆哮を上げた。