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夜と闇の間の少女

 深夜のコンビニは、妙に静かだった。たまに駐車場を横切る風の音と、棚の奥から聞こえる冷蔵庫の唸り声だけが、退屈な時間に寄り添っていた。


 俺は、大学の授業料を稼ぐために夜勤のバイトをしている。もう半年になるが、深夜の時間帯には時折、妙な客が来ることがあった。


 扉の自動ドアが開く。


 入ってきたのは40代後半くらいの小汚いジャンパーを羽織った男だった。


 「マルボロライト」


 レジ越しにそう言われ、俺は面倒な客が来たと悟った。


 「番号でお願いします」


 「は? マルボロライトって言っただろ」


 タバコの棚には何十種類もの銘柄が並んでいる。しかも「マルボロライト」という正式名称の商品は存在しない。


 「すみません、どの番号でしょうか?」


 「だからマルボロのライトなやつ!」


 「マルボロゴールドですか? それともマルボロパーラメント?」


 「……じゃあゴールドでいいよ」


 「570円になります」


 「また値上がりかよ、クソったれが……」


 俺がタバコを差し出すと、男は小銭を投げるように置き、ブツブツと文句を言いながら出ていった。


 「ったく、タバコくらいハッキリ言えよな……」


 俺は小さくため息をつき、静寂が戻った店内で、次の客を待った。


 時計を見ると、23時50分。


 俺はこの時間を「夜」と呼んでいる。まだ外には明かりがあり、人の気配が残る時間だ。そして24時を過ぎると、「闇」の時間となる。


 夜と闇の境目——23時58分に、少女が入ってきた。


 歳は15、6だろうか。黒髪のボブカットに、少し大きめのフード付きのパーカーを羽織っている。顔立ちは整っているが、どこか影があった。


 「いらっしゃいませ」


 少女は黙って頷き、店内をゆっくり歩き回る。やがて、カゴにおにぎりを二つ、カップ麺、お茶を入れ、レジに向かってきた。


 「温めますか?」


 「いいです」


 静かな声だった。俺が会計を済ませると、少女は財布から千円札を出し、お釣りを受け取ると、レジの横にあるイートインスペースの席に座った。


——なんとなく、気になった。


 こんな時間に、一人で。しかも、明らかにどこか怯えたような雰囲気。


 「なあ」


 少女がびくっと肩を揺らす。


 「この時間に、こんなとこで何してんだ?」


 少女は答えなかった。


 「ここでバイトしないか?」


 「え?」


 「この時間、人手が足りないんだよ。シフトに入ったことにすれば、少なくともコンビニの中じゃ安全だ」


 もちろん作り話だ。客もまばらにしか来ないので人手が足りないわけはない。しかし、あの時間までに少女をここにいさせるわけにはいかない。


 少女は驚いたように俺を見た。


 「……いいの?」


 「どうせ朝までいるつもりだろ?」


 少女は小さく頷いた。


 俺はバックルームから予備の制服を取り出し、少女に手渡した。


 「じゃあ、お前、今からバイトな」


 少女は少し考えた後、制服をぎゅっと握りしめた。


 時計の針が24時を指し、外の明かりはすべて消えていた。


 闇の時間が始まった。


 俺はゾワリ、と背筋を這うような寒気を感じた。


 店の前に、何かが立っていた。


——自動ドアが開く。


 「おいおい、こんな時間にガキがバイトか?」


 地元のヤンキーだった。俺はホッと胸をなでおろした。


 「店長、雇うやつの趣味悪いんじゃねえの?」


 金髪ジャージの男がニヤつきながら言った。


 「お客様、何かお探しですか?」


 俺はわざと事務的な声を出す。


 「は? お前ら、何してんの?」


 「ただのバイトですよ」


 「へぇ〜、マジで? なあ、ちょっとそこの新入り、俺らと遊ばねえ?」


 少女がびくっと縮こまる。


 「申し訳ありませんが、勤務中なので」


 金髪の男が舌打ちする。


 「チッ……じゃあ、会計しろや」


 ヤンキーたちはスナック菓子と酒を持ってきた。レジを打ち、会計を済ませると、彼らはつまらなそうに店を出て行った。


 ふぅ、と息をつく。


 「……ありがとう」


 少女が小さく呟いた。


——また自動ドアが開いた。


 何か——人の形をしたものが入ってきた。


 黒い影のようにぼやけ、顔の部分がぽっかりと空洞になっている。


 「……来た」


 少女が震えている。俺は無意識に拳を握った。


 そいつ は、ゆっくりとコンビニの中を歩——足があるとすれば——歩いていた。


 ——音を立てずに。


 これは、人じゃない。


 レジの前に立つ。


 「……いらっしゃいませ」


 少女の声が震える。


 「…………」


 それは何も持っていなかった。


 ただ、カウンターの上に、一枚の紙を置いた。


 俺は恐る恐る、それを開く。


 『この子は、すでに死んでいる』


 心臓が跳ねる。


 横を見る。少女は怯えたまま、俺の袖を握っている。冷たい手だった。


 俺は、もう一度紙を見た。


 その瞬間——


 それは、消えた。


 時計を見ると、3時を回っていた。


 もうすぐ闇の時間が終わる。


 少女は俯いたまま、小さな声で言った。


 「私……ここにいたら迷惑?」


 俺は答えなかった。


 でも——


 「お前、まだバイト続ける気あるか?」


 少女が驚いたように俺を見た。


 「……うん」


 夜が明け、闇の時間が終わる頃、少女は制服を脱ぎ、静かに店を出ていった。


 「また、夜と闇の間に来るよ」


 そう言って、彼女は朝焼けの中に消えた。


 俺は思った。


 あの少女は、きっとこの世界の「夜」と「闇」の境目を生きる存在なのだと。


 そして、次の夜、また扉の音が鳴った。


(終)

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