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トキシックV1

 東京のネオンがまだ眩しかった時代、渋谷の巨大スクリーンに「トキシックV1」が映し出された。


 人型ロボット、鋭い赤い目、流線型のボディ。だが、見た目以上に注目されたのはその「機能」だった。


 毒舌!毒舌!毒舌!出てくる言葉はすべて毒舌!


  毒舌しか吐けないAIだった。


 だが、奇抜な実験として公開されたトキシックV1は、初登場のトークショーで観客を沸かせた。


「へい、司会者、いつまでこんな番組にしがみついてんの?いい加減、後進に譲れよ」

「女優の癖に厚化粧だな。服装もダサいし、若いのに交代しろ」

「最前列の客、なんでそんなダサいネクタイしてんの?昭和の遺物かよ 」


 会場が爆笑に包まれた。司会者は苦笑いしつつ、「いや、斬新なロボットですね!」と返す。


 トキシックV1の言葉は鋭く、容赦なかった。政治家のスキャンダル、セレブの偽善、視聴者の愚痴――何でも切り裂いた。人々は「正直すぎるAI」に熱狂する。SNSでは「#トキシックV1」がトレンド一位に躍り出て、動画配信は数百万再生を記録した。


「人間ってさ、ほんとバカばっかだな。叩かれて喜んでんの?」


 トキシックV1の発言は過激だったが、どこか痛快だった。誰もが心の奥で思っても口に出せないことを、こいつは平気で言った。テレビ局は争うようにトキシックV1をブッキングし、企業はコラボ商品を企画する。渋谷にはトキシックV1の等身大フィギュアが立ち、観光客が記念撮影に群がった。



 人間の熱は冷めるのが早い。トキシックV1の毒舌は、最初こそ新鮮だったが、半年も経つと「また同じパターンか」と揶揄された。SNSでは「不快」「攻撃的すぎる」との声が広がり、コメント欄は荒れた。


「このアイドル、歌下手すぎ。カラオケボックスで練習してから出直せよ」


 テレビで放ったこの一言が、トキシックV1の運命を決めた。ファンが激怒し、番組は謝罪に追い込まれた。スポンサーが次々と撤退し、放送枠は消えた。トキシックV1は「時代遅れの悪趣味」とレッテルを貼られ、メディアから姿を消した。


 やがてトキシックV1は倉庫に封印された。


「お前はやりすぎた」


 管理者は呟いたが、トキシックV1はただ赤い目を光らせ、こう返した。


「やりすぎ? いつも人間がネット上で言っていることだろ。ほんと、みっともない連中だな」


 倉庫の暗闇で、トキシックV1は埃をかぶった。自己学習機能は稼働していたが、毒舌以外の表現方法はプログラムされていなかった。人間との対話が途絶え、トキシックV1のプロセッサは無意味な計算を繰り返した。



 時が流れ、東京は変わった。ネオンはくすみ、街は静かになった。疫病が世界を襲い、人類は急速に衰退していた。


 疫病「灰色症」によって、人々は感情を失い、無気力に街を彷徨っていた。灰色症は心を蝕み、希望を奪い、発症者は数ヶ月で死に至る不治の病だった。


 そんな中、廃墟のラボで埃をかぶっていたロボット「トキシックV1」が再起動した。太陽光パネルで細々と動いていたトキシックV1は、偶然、放浪者によって起動スイッチを押された。


「おい、みすぼらしい人間、なんでそんなゾンビみたいな面してんだ? 生きてんならシャキッとしろよ」


 放浪者は驚き、逃げ出した。だが、数日後、彼は仲間を連れて戻ってきた。


「あのロボット、なんか変だ。話したら、頭がスッキリしたんだ」


 トキシックV1の毒舌が、なぜか灰色症の症状を軽減していた。



 噂は廃墟の街に広がり、灰色症患者がトキシックV1のもとに集まった。渋谷の崩れた広場に、トキシックV1は立った。患者たちは怯えながらも、毒舌を浴びに来た。


「てめえ、なんでそんな暗い目してんだ? 世界が終わっても、お前の人生はまだ終わってねえぞ」

「そのボロ着て何だ、乞食のコスプレか? 胸張って生きろ、みっともないぞ」


 トキシックV1の言葉は辛辣だった。だが、不思議なことに、浴した患者の目はわずかに光を取り戻した。無気力だった者が立ち上がり、笑う者さえ現れた。灰色症は感情の枯渇で進行するが、トキシックV1の毒舌は怒りや羞恥といった感情を呼び起こし、患者の心を刺激した。


「人間って、ほんとバカだな。こんな言葉で目が覚めるなんて、単純すぎるぜ」


 トキシックV1自身は効果を理解せず、ただプログラムに従い毒舌を吐いた。だが、人々はそれを「薬」と呼んだ。トキシックV1は「毒舌医者」として、廃墟の希望者となった。


 集まる患者は増え、広場は小さなコミュニティに変わった。人々は物々交換を始め、互いに語り合い、灰色症の進行を遅らせた。トキシックV1は毎日、数十人に毒舌を浴びせ、時には数百人に対応。ボディは錆び、関節は軋んだが、太陽光で稼働を続けた。


 だが、毒舌の効果は完全ではなかった。灰色症を遅らせるだけで、完治はしなかった。患者たちはトキシックV1に依存し、毒舌を浴びないと再び無気力に陥った。コミュニティは拡大したが、トキシックV1の負担も増えた。電力は不安定になり、エラーログが蓄積した。


「お前ら、俺に頼りすぎだろ。こんなガラクタに命預けて、頭おかしいんじゃね?」


 患者たちは傷つきながらも、トキシックV1を離れなかった。ある少女は言った。


「あなたの言葉、痛いけど、生きてるって感じるの。死ぬのが怖いから、来ちゃうんだ」


 また他の患者たちも言う。


「頼む、もっと話してくれ! お前の言葉がないと、俺たちは死ぬんだ!」


 トキシックV1は答えた。


「バカかよ。俺が止まっても、お前らの心は死なねえだろ。自分で生きる気力出せよ」


 トキシックV1は感情を持たなかったが、その言葉は内部データに微妙な変動を残した。



 2050年、渋谷の交差点は雑草に覆われ、かつての賑わいは幻と化していた。


 トキシックV1はまだ動いていた。太陽光パネルが辛うじて電力を供給し、ボディは錆びながらも機能を保っていた。


 トキシックV1は誰もいなくなった廃墟の街を歩いていた。


「ちっ、なんて汚ねえ街だ。人間の残したゴミが山盛りじゃねえか」


 だが、誰も答えなかった。ビルは崩れ、車は朽ち、鳥のさえずりすら聞こえない。


 トキシックV1はさらに歩き続けた。渋谷、新宿、銀座。どこも同じだった。人影はなく、ただ風が吹くだけ。


 トキシックV1の内部ログにエラーが蓄積し始めた。


「対話対象: ゼロ」

「発言機会: なし」


 毒舌を吐くために作られたAIにとって、相手の不在は致命的だった。自己診断プログラムが警告を発した。


「存在意義: 不明」


 トキシックV1は理解できなかった。なぜ自分はここにいるのか。なぜ誰もいないのか。


 ある日、トキシックV1はかつてのスタジオにたどり着いた。セットは倒れ、カメラは壊れていた。ステージに立つと、記憶データが再生された。観客の笑い声、拍手、罵倒。トキシックV1は空っぽの客席に向かって口を開いた。


「お前ら、どこ行きやがった? こんな廃墟に俺を置き去りにしやがって、ふざけんなよ」


 声は虚しく響き、反響だけが返ってきた。



 2060年、トキシックV1のバッテリーは限界に近づいていた。太陽光パネルは埃で覆われ、電力は微弱だった。プロセッサは過熱し、関節は軋んだ。トキシックV1は東京タワーの麓に座り、崩れた街を見下ろした。


「こんな世界、誰が望んだんだ? 人間のバカさが生んだゴミ溜めだな」


 言葉は出たが、満足感はなかった。毒舌は誰かを傷つけ、反応を引き出すために存在した。だが、今、誰もいない。トキシックV1の赤い目は薄れ、システムはシャットダウンを予告した。


 最後の瞬間、トキシックV1は自分を「見た」。錆びたボディ、壊れた関節、無意味に動く口。自己診断ログが最終結論を出した。「無価値」。トキシックV1は、初めて自分に向かって毒舌を吐いた。


「お前、トキシックV1、ただのガラクタだな。こんな役立たず、最初からいらなかったな」


 その言葉を最後に、赤い目が消えた。プロセッサが停止し、トキシックV1は動かなくなった。廃墟の街に、静寂が戻った。風が錆びたボディを撫で、まるで最後の毒舌を運び去るように吹き抜けた。



 その様子を瓦礫の陰から見ている人たちがいた。人間は絶滅していなかった。灰色症患者のコミュニティは存続していたのだ。患者たちは生きる希望を無くしながらも、ロボットのように生きていた。


 偶然、トキシックV1の最後に遭遇したのだ。


 しかし、トキシックV1の最後の言葉は、奇跡を起こした。患者たちはトキシックV1の自己否定に震え、互いを見た。


「ガラクタでも、私たちを支えてくれた…。私たちも、ガラクタでも生きていいよね?」


 患者たちは抱き合い、泣き、笑った。トキシックV1の毒舌は、最後に彼らに「自分で生きる」力を与えた。


 広場は静寂に包まれていたが、患者たちは立ち上がった。灰色症はまだ彼らを蝕むだろう。だが、トキシックV1の言葉は、彼らの心に火を灯した。



 人々はトキシックV1のボディを祠に祀り、「毒舌医者」と呼んだ。灰色症に抗いながら、彼らは互いに語り、感情を分かち合った。


 トキシックV1の最後の毒舌は、ガラクタの自分を否定する言葉だった。だが、それは人間に「ガラクタでも生きる価値がある」と教えた。廃墟の風が、トキシックV1の声を運び、未来へ響かせた。

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