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奇跡のリレー

 朝のラッシュほどではないが、そこそこ混んでいる通学中の電車の中。吊革につかまっていると、ふと聞き慣れた声が聞こえてくる。


 あこがれの先輩の声だ。


 わたしは激しく鳴る心臓の鼓動が聞こえないように、胸元を押さえながら会話に耳を傾けた。


「気がついたら真っ白な部屋にいたんだよ」


 隣に座る友達らしき人が興味深そうに身を乗り出している。


「え、なにそれ、幽体離脱とか?」

「わかんない。でも、すごくリアルだった。自分の体が透けてて、向こう側の景色が見えるんだよ。で、目の前には扉があって……」


 先輩の話は妙に生々しく、夢の話というよりも実体験のように思えた。しかし、残念なことに話の途中で目的の駅に着いてしまい、降りることになった。


 なんとなく、その話が頭に残りながら授業を受けていたが、やがて昼食の時間となった。窓際の自分の席で、お弁当を食べていると、隣の席からまた似たような話が聞こえてきた。


「それで、その扉を開けたら、長い廊下が続いてたのよ」


 驚いた。さっき電車の中で聞いた話の続きではないか。話しているのはクラスメイトの男女二人だった。わたしは思わず耳をすませる。


「廊下の奥にもう一つ扉があって、開けたら、女の子がひとり立っていたの。で、私に近づいてこう言うのよ。『運命の人に渡すものを持っている』って」


 わたしは思わず箸を止めた。まさかの偶然だろうか? いや、それにしても不自然すぎる。


 帰宅時間となり、不思議な気分のまま歩いていると、今度は公園のベンチで話しているカップルの会話が耳に入った。


「でね、その女の子が言うの。誰に渡すべきか迷っているって」


 完全に続きだ。ここまで来ると、偶然とは思えない。わたしは彼らの会話を慎重に聞き続けた。


「それで?」

 彼氏らしき男性が、興味深そうに身を乗り出す。


「結局、その子はこう言ったの。『でも、そろそろ決めなくちゃ』って」


 わたしの背筋に冷たいものが走る。


 ――まるで、物語の続きをみんなでリレーしているみたい。


 でも、これはただの偶然? それとも……何かの前触れ?


 考えすぎかもしれない。だけど、わたしの中に妙な違和感がこびりついて離れなかった。


 その夜、ベッドに横になっても眠れず、何度もその話を思い返した。まるで見えない糸で誰かに繋がれているみたいな感覚。


 ふと、枕元に置いたスマホが震えた。


 画面を見ると、通知が一件。知らない番号からのメッセージだった。


 『運命の人に渡すものがある』


 心臓が跳ね上がる。


 何これ。誰? どうして?


 恐る恐る返信しようとした、その瞬間――


 スマホの画面が勝手に消えた。


 部屋の空気が、急にひんやりと冷たくなる。


 わたしは息を呑み、天井を見上げた。


 そこには、見たことのない女の子が立っていた。


思わず息をのむ。


 天井の上……ではない。ベッドのすぐ横に、誰かが立っていた。


 月明かりに照らされたその姿は――年の近そうな女の子。白いワンピースに、長い髪。だけど、不思議と怖くはなかった。


 彼女はじっとわたしを見つめ、ふわりと微笑む。


「やっと会えた」


 声は透き通っていて、どこか懐かしい気がした。


「あなたは……わたし?」


 彼女はそう言うと、小さな包みをそっと差し出してきた。


 わたしはおそるおそる手を伸ばし、それを受け取る。包みを開けると、中から出てきたのは――ハート型のチョコレート。


「え……?」


 混乱するわたしに、彼女は静かに続けた。


「これはね、本当はずっと前に渡すはずだったもの。でも、ずっと迷っていたの」


「迷ってた?」


「うん……誰に渡すのが正しいのか。でも、ようやくわかったの。大切にしてね」


 その瞬間、ふと気づいた。この香り――どこかで嗅いだことがある。


 去年、憧れの先輩に渡せなかったチョコの香りにそっくりだ。


 まさか……いや、そんなはずは――


「それじゃ、私はもう行くね」


「え、待って!」


 彼女を引き止めようとした瞬間、ふわりと風が吹き、まぶたが重くなる。


 次に目を開けたとき、そこは自分の部屋だった。


 夢……? いや、でも。


 わたしの手には、まだあのチョコが残っていた。


 翌朝、ドキドキしながら学校へ向かうと、昇降口の前で先輩が立っていた。


 そして、わたしを見るなり、驚いた顔をする。


「……それ」


 先輩の視線の先には、わたしが持っているチョコ。


「先輩……もしかして」


 わたしがそう言うと、先輩は少し恥ずかしそうに笑った。


「もしかして……受け取っていいの?」


 やっぱり、先輩が"運命の人"だったんだ。


 胸が高鳴る。これは偶然? それとも、運命?


 でも、そんなことはもうどうでもよかった。


「……はい、お願いします」


 そう言った瞬間、先輩の顔がぱっと明るくなり――


 わたしのバレンタインは、最高に甘い奇跡で包まれた。


(終)


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