第十一話 賑やかさの残り香
放課後、みんなが僕の家に集まって勉強することになり、今はリビングにいる。
「それにしても、誠が花咲さんのご近所さんだったとはおどろきだな」
「んねー、やっぱ幼馴染だったりするんじゃないの?」
「そういうわけではない」
勉強会の予定で集まっているのだが、沙夜の家が近いことから、関係性を問い詰められている。
「実はもう付き合ってるとか?!」
「えへへー、実は―」
「全くそんなわけはない、ていうかおまえはすぐ否定しろよ」
「花咲」
「はいはい花咲」
付き合ってるを否定しないくせに、お前呼びには反応してくるのはなんでなんだ…
この会話を見ていた小野寺が話を元に戻す。
「えー、やっぱなんか怪しいなぁ」
「ほら誠、顔赤いし!」
「赤くない」
「絶対あるって~。だって花咲さん、誠のこと下の名前で呼んでたし!」
「たしかに!」
沙夜がわざと黙ってニヤニヤしている。
被害が出るのは絶対に自分なのに、何を面白がってるのやら。
この空気で勉強しているのは神谷だけだ。
僕も勉強しようとしているのだが、そのたびに周りから邪魔をされる。
特に、一番勉強しなきゃいけなさそうな沙夜がすごく邪魔してくるのだ。
「確かにじゃない、というか、花咲と小野寺は勉強しないとまずいんじゃなかったのか」
「「うぐっ」」
「二人して同じ反応するなよ、ちょっとは勉強してみろ少しは見てやるから」
「誠君がデレた!」
「デレたってなんだ、普通に言っただけだ」
「いやいや、普通に優しいこと言えるようになったって、めっちゃデレじゃん!」
「そうそう! これが噂の“ツンデレ”ってやつでは?」
「違うな」
すぐに否定しても、にやにや笑っている小野寺と沙夜の顔はまったく崩れない。
沙夜に至っては、わざとらしく机の上に突っ伏しながら、
「ふふふ……誠くんが優しい……。これで私のテストも赤点回避だ……」
と、感極まったように小声でつぶやいている。
「勝手に人を救いの神みたいにするな。まずは自分でやれ」
「ひどい! さっきまで優しかったのに!」
「……はぁ」
完全に振り回されてる。
唯一まともに問題を解き続けている神谷が、ため息混じりにこちらを見て一言。
「二人とも、この時間に単語一つくらい覚えられるでしょ?」
「「ごめんなさい」」
なぜかここでもハモる二人。
僕は思わず頭を抱えた。
「一番やばい科目は何だ?それから見るから」
「「数学!」」
そう、うちの高校は2年生までは数学が強制なのだ。
それで絶望する生徒がいるそうだが、その典型が目の前に二人いるということになる。
「わかった、試しにこの例題解いてみ」
二人は少し考え、2分後には音を上げて助けを求めてきた。
「まったくわからないよ!こんなの!」
「そーだそーだ!誠君には解説する義務がある!」
「……わかったよ、軽く解説するぞ」
ということで、すぐに二人に勉強を教える作業に入った。
ちなみにこの間、晴斗は神谷のほうに行き一緒に勉強していた。
「じゃあ最後だ、最初にやらせた例題もう一回解いて」
「「わかりました先生!」」
この勉強会の間にいつの間にか僕は先生になっていた。
「おお、解けるぞ!これは赤点回避間違いなし!」
「先生に感謝するしかない!花咲さんと私を一人で見るなんて!」
「ほんと、誠くんがいなかったら私たち絶望だったねー」
「……感謝するなら今後は自分で復習してくれ」
そう言ったものの、二人の満足そうな笑顔を見たら、さすがにそれ以上は何も言えなかった。
隣では神谷と晴斗も、ちゃんと問題集を進めていたようだ。
「ふぅ……気づけばもうこんな時間か」
時計を見れば、3時間も経っていたらしい。
「ねえねえ、これ定期的にやろうよ!誠先生がいれば百人力!」
「おい勝手に決めるな」
「いいじゃんいいじゃん!俺も助かるし!」と晴斗が調子よく乗っかる。
神谷まで眼鏡を直しながら「まあ効率、悪くなかったな」とうなずいた。
「……やっぱり俺が一番損してる気がするんだが」
結局、最後までからかわれる役は僕のままだった。
外はすっかり暗くなり、みんなも帰る準備をし始める。
テーブルの上には使いかけの問題集と消しゴムのカスが散らばっていて、まるで今日一日の頑張りの証みたいに見えた。
「じゃ、今日はありがとー誠!またね!」
晴斗が手を振りながら玄関に向かう。
神谷も軽く会釈をして、静かに後に続いた。
「ふぅ……やっと帰ったな」
と、思った矢先。
まだ一人、リビングに残っているのがいた。
「……花咲?」
「えへへ、まちがえて誠君のノートしまっちゃってた。……はい、これ」
沙夜が笑って僕にノートを差し出す。
「次の勉強会でも先生お願いね」
からかうように片目をつむって、彼女は軽やかな足取りで玄関へ向かっていった。
残された僕は、またため息をつくしかなかった。
玄関のドアが閉まる音がして、ようやく家の中に静けさが戻った。
ついさっきまで賑やかだったリビングは、やけに広く感じる。
テーブルの上に残されたノートを手に取ってみる。
沙夜が「先生お願いね」と言ったときの顔が、ふと頭に浮かぶ。
「……全く、人のことを弄ぶのが趣味なのか」
小さく呟いてみても、返事があるわけもなく。
それでも、少しだけ口元が緩んでしまった自分に気づいて慌ててノートを閉じた。
勉強会という名目のおかげで、こうして集まる時間ができた。
面倒だと思う反面、悪くない――そんな気持ちが胸の奥に残る。
カーテンの隙間から見える街の灯りを眺めながら、僕はひとり、今日の余韻に浸っていた。
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