第1話
今、私は水の中にいる
決して海の中のような綺麗な景色ではなく、濁ったような緑色の世界
手足は思うように動かすことが出来ず、指先を動かすのが精一杯
しばらくの間、自分の置かれている状況を理解できなかった
私は狭いカプセルの中に閉じ込められている
がぼッ!!
さっきまで普通に呼吸が出来ていたはずなのに意識した途端、息が出来なくなる
苦い液体が口の中いっぱいに流れ込む
駄目……溺れる……
ビーッ!
機械音と共にカプセルの扉が開く
緑色の水と共に解放される
「…………」
足が動かず、床に倒れ込む
しばらくの間、床に突っ伏してなんとか立ち上がる
ここはどこだろうか……
なぜこんな所にいるのか、なぜこのカプセルの中に入っていたのか、記憶がない
割れた鏡が自分の姿を映す
しかしそこには私の知っている私の姿は映っていなかった
「何……これ……」
紫色の肌をした細身の身体
「あら…?」
一人の女性が部屋に入ってくる
その女性は緑色の肌をしており、目元はマスクで覆っている
「生きてたのね…私はてっきり棺桶かと思ってたんだけど」
「……あなたは?」
「それを聞きたいのは私の方でもあるんだけど」
女性が椅子に座って見つめる
「私はレイス あなたは?」
「私は……」
昔の記憶を呼び起こす
「道宮リョーコ」
「その名前…やっぱりあなた人間ね?」
「何を当たり前なこと言ってるの……?」
「そうね、何も知らないあなたには当たり前ね」
「どういうこと……?」
「ついてきて、あなたの知らない世界を教えてあげる」
重い扉を開けて外へ出る
「これは……!?」
外は辺り一面、砂漠の世界が広がっていた
「一体何があったの!?」
「それについてはこれから行く先で答えが分かるわ」
レイスがバイクに跨り、後ろに乗るよう首で促す
「どこへ向かってるの?」
「都会よ」
「街があるの?」
「ええ」
「そっか……世界が砂漠化した訳じゃなかったんだ」
「けどあなたの思い描くような世界じゃないわよ」
しばらく殺風景な景色を眺めているとビル群が見えてくる
砂漠の中に建物があるのは異様ではあるがそれ以外に不自然な所はない
「着いた、これが今の世界よ」
「…………」
街中を歩いているのは人型の魚やトカゲといった異形な生物ばかり
どこを見渡しても人間の姿が見当たらない
「これは……」
「約500年前…人類は自ら生み出したミュータントによって絶滅した」
「今、この世界には人間は一人として存在しない」
「あなたも含めてね」
「そんな……」
「でも良かったじゃない」
「今となってはあなたもミュータント」
「この世界でも上手くやっていけそうじゃない?」
「そんなの……突然言われたって」
「ん?」
遠くの方から猛スピードでバイクが走ってくる
「どけどけどけ!!轢き殺すぞ!!」
運転しているのは勿論、ミュータント
前にいる他のミュータント達を構わず轢いていく
「な、何あれ……」
「気をつけて、警察が来るわよ」
「え?」
警察が来るのに何故、気をつけるのか
それを聞くよりも先に答えは判明した
「待てえぇぇぇ!!」
ドドドドドドッ!!!
荒い運転をするパトカーに乗った警官が銃を乱射する
「う、嘘でしょ!?」
「早く屈んで、当たるわよ」
バババリィ!!
建物のガラスが流れ弾で割れていく
当然、他のミュータントにも流れ弾が当たる
しかし、警官はそれを一切気にする事なく銃をひたすらに撃ち続ける
「うげッ!!」
バイクを運転していたミュータントが銃弾を受け、店へと突っ込んでいく
ドガアァァァン!!!
「何なのこれ……」
「人間の真似事をしてるのよ」
「真似事?一体どこが!?」
「そう思うのは当然ね」
「だって彼らは人間のことなんて知らないもの」
「商売をするのも服を着るのも警察がいるのも、ただ人間がやっていたから真似してやってるだけ」
「けど、法律やルールのことはよく知らない」
「だから盗みも罪じゃないし、殺しも罪じゃない」
「ただただ皆、ごっこ遊びをしているだけなの」
「それが今の世界」
「どう思う?」
「……イカれてる」
「そう思うわよね」
「……ミュータントのあなたも異常だと思ってるの?」
「当然よ」
「私はずっとこの世界で育ってきたけど、一度たりとも「生まれてきて良かった」なんて思ったことは無かったわ」
「だから私は人間達の世界を学んで、この世界を変えたいと思ってる」
「この腐った世界をまともな社会にする」
「それが私の願い」
「ねえ?あなたも私に協力してくれない?」
「協力?」
「そう、私達でこの世界を変える」
「どう?偉人にでもなる気持ちで」
「…………」
「一体、何をするの?」
「こっちに来て」
レイスが細い路地裏に入る
「この辺でいいかしらね」
誰も通ることの無いような薄暗い空間
「これを着て」
渡されたのは1枚のジャケット
背中には鷲のエンブレムが入っている
レイスも同じジャケットを羽織る
「フードで顔を隠して」
そう促され、また細い路地裏を進んでいく
少しひらけた場所に辿り着くと1人の少年がいた
スッ…
レイスがその少年に何かを向ける
ダンッ!!!
銃声が鳴り響く
その音が鳴り止むと同時に少年が地面に倒れ込む
「え……?」
「さ、行きましょ」
レイスが手を引っ張り、その場から離れようとする
「ま……待って!」
「どうして!?どうして彼を撃ったの!?」
「…………」
「答えて!!」
「…この辺りまで来れば十分かしらね」
「あなた、世界を変えるって言ってたけど……あれは何!?」
「今のに一体、殺人以外の何の意味があるの!?」
「…彼はね、大統領の息子なの」
「え……?」
「この国にも大統領が存在する」
「けど、それも単なるごっこ遊び」
「まともに機能なんてしてないわ」
「だから私が本当の大統領に仕立て上げてあげたの」
「敵国に息子を殺された悲劇の大統領にね」
「敵国……まさかこのジャケット!?」
「そう…隣の国の軍隊が着ているジャケットよ」
「この国のなりきり警官が監視カメラを見れば、必ず隣国の仕業だと判断する」
「それを知った大統領はどうすると思う?」
「…………」
「戦争を起こす」
「そのとき、やっと初めてこの国は1つになれる!」
「共通の悪という存在が私達の意思を統一させ、確固たる社会を作り上げるのよ!」
「人間達が必ず通ってきた戦争という道!」
「その道は負の歴史ではあれど人類の発展には欠かせない道だった!」
「私達の世界に今、不可欠なものは統一!」
「その為の戦争こそがこの世界を変える鍵になる!」
「……そんなの間違ってる」
「それはあなた達、人類の話でしょ?」
「あなたが生まれた時代と環境では戦争が不要だった」
「だから間違いだと言える」
「けど私達、ミュータントは違う」
「ミュータントはまだ約500年という短い歴史しか存在しないのよ」
「ただただ人間達が残したものを真似しているだけの現代」
「戦争が過ちであることは理解していても、今の私達はまだ、倫理観を優先できるほど優れていない」
「私達ミュータントの今後の発展には戦争という歴史は必要なのよ」
「それに、あなたはさっき大統領の息子が撃たれたとき何を思った?」
「何って……それは……」
「可哀想と思った?酷いことをした思った?」
「どれも違うわよね?」
「あなたはミュータントが死ぬのを見て、何とも思わなかった」
「ただ目の前で突然、撃たれるのを目の当たりにして、それに驚いただけ」
「何故ならあなたにとって私達は化け物でしかないのだから」
「今、自分がミュータントでいることにも不快感を抱いているはず」
「…………」
「あなたがどれだけ戦争を否定しても、それはあなた達、人間の答えでしかない」
「どう?分かってくれるかしら?」
「…………」
「あなたはこの世界で数少ない真っ当な思考を持ったミュータント」
「私はあなたのような存在をずっと求めてた」
「あなたの考えがまとまるまでの間だけでも構わない、今だけは私を信じて協力してほしい」
「…………分かった」
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「セント……私の可愛い息子よ……」
「ユーロ大統領!監視カメラの解析が完了しました!」
「誰だ!!一体誰がこんなことをした!!」
「隣国のランドの兵士です……!」
「ランドの……そうか……」
「今すぐ会見の準備をしろ」
「ランドに侵攻を行う!!」