知られてしまったならば
やっと志遠は自分の部屋に戻り、悶々と過ごしていれば、九垓が戻って来た。
気が付けば日が暮れている。
「どうされました?」
「いや、何でも」
そうは言ってみても気になる事はたくさんある。
だが、それを逐一九垓に言うのは違うような気がする。
「聞きましたよ」
「何をだ?」
「旭様からです」
「何を聞いた?」
「あなたの母上がなさった事と、あなたの事をです」
「そうか……」
だとすると皇太后を連れて来た理由を問いても良いだろうか。
志遠は九垓の顔を一瞬見てから言った。
相手は別に警戒していない。
「皇太后様が何故お前を頼った?」
「それは志遠様も旭様もいらっしゃらなかったからですよ。後宮内で困っている皇太后様を見かけた者が声を掛けるのを躊躇って、わざわざ私に知らせに来たのです」
「そうであったか。それはすまなかったな」
「いえ……。それであなたは皇太后様がおっしゃった事を受け入れるのですか?」
そう言われてしまうと困る。
こちらに断る権利などない。
兄上なら反発できただろうが。
「ああ、それが永華としての役割なら」
「はぁ……、それでよろしいのですね?」
「ああ」
九垓は何ともやるせなくそれを受け入れる。
「そんな顏をお前がするな。お前に関わる事じゃない」
「いいえ、そんな事はありません。あなたの事だとしてもこれは私にも関わる事だとして旭様が教えて下さったのです。あなたは決して私に言わなかったでしょうから」
二人の宦官の考えは当たりだ。
「そうだな、俺の子を兄上の養子にして、この国の後継者にさせるとは皇太后様にしか考えられない事だ」
そうなると自分も兄上が今宵する事をしなくてはならなくなる。
けれど、自分の意志の硬さは周知されている通りだ。
どうするべきか、頭を悩ませるのはそこだろう。
「あなたを次の……とは考えていないのですね、皇太后様は」
「いや、それは俺が兄上のように幾人もの女性と夜伽できないからだろう。たった一人の女性を求めるからだ」
「でしたら、その者を早く見つけて、そうしてもらえば良いのでは? そうすれば、あなたの次にその子を……となるでしょう?」
「それだとお前は私になれと言うのか?」
「普通に考えれば、それが良いかと。矛盾は起こりますまい」
「それをあの兄上が許すと? そうならないように励まれているのだろう? なのに、私の母上のせいでそうはならないようになっている! 俺があの方のように願えば良いのか? それを全て無くせと」
「それは……」
口をつぐんでしまった。
「九垓、しばらく一人にさせてくれ」
「はい、かしこまりました」
素直に下がった九垓に感謝しながら、志遠のままで永華は考える。
どれが最良か。
あの宮女は言った。
だとしたら、それが答えだ。
ふと顔を上げれば、暗くなった部屋に一人の女が居た。
「春鈴」
「はい」
呼んでもいないのに現れるとは幻想か。
「お心は決まりましたか?」
「ああ、お前が望むならな」
「そうですね、あなたと結ばれれば、毎日夢のように暮らせるでしょう。それに私は賭けるのです。間違っても圭璋のような事はなさいませんように」
頷くしかなかった。
馬鹿げている事はするなと釘を刺しに来たのだ、この幻影は。
分かっている。
けれど、それでしか救えないのなら、そうするしかないのではないか、人は。
夜更けはいつだって迷い、明るさの中でしか正しさを見つけられない。




