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戻って来た後宮で

 ――私は関わっていないので分からないのです。


 ここまで来ると構堂に話を聞き来た意味を問いたくなる。

 それでも春鈴は訊いた。

「圭璋の倒流香炉の話まで知っていたのはご存知ですか?」

「知りはしませんが、それはどこぞに記されていたからでしょう。もしくは誰かに教えられたか」

「では、先日あった後宮の出来事は知っていますか?」

「いいや、知りませぬが?」

「そうですか……」

 考え込んでしまった春鈴をこれ以上ここに置いておくこともできず、永華と旭は春鈴を連れて帰ることにした。

 他に聞きたかった事があるか? と言えば、ないに等しい。

 それであんなに念押しを最初にしたのか。

「どうだ? 何か腑に落ちないと言った感じだが」

「そうですね、話に出て来た人に会いに行ってみましょう!」

「雲雕ならばまだ会えないが……」

「違いますよ、もう一人居るでしょう?」

「まさか!」

「いいえ、そうですね、旭様が一番よくご存知ではないでしょうか?」

 はて? と言った感じの旭を見れば、自ずと分かるでしょう! と春鈴は言う。

「紅運さんです! いつも赤い物を身に着けている」

「紅運?」

 しかめっ面な二人に対し、春鈴はどこか明るく機嫌も良かった。


 あれがちゃんと話している所をそんなに見たことがないと言う旭同様、永華もそんなには紅運の声を聞いたことがない。

 歴とした宦官ではあるが、いつも旭に言われた物を運んでいるだけの気がする。

「あ、居た居た! 紅運さ~ん!」

 気軽に春鈴は紅運に声を掛け、近付いて行った。

 だが、永華と旭は一緒には行かなかった。

 それには訳がある。

 つい先ほど後宮に戻り、そのまま紅運に会う為、三人でうろうろし、やっと見つけたと思えば春鈴は二人に言った。

 気軽に話したいので、お二人は離れた所でお願いします! と。

 な! となってから永華は気付く。

 いけない、今はもう志遠だった。

 落ち着け……。

 その間に旭は陛下の所に戻りたいのですが、と訴えて来たが少し待てと志遠は言う。

「予定よりも早く切り上げられたんだ。少しくらい良いだろう?」

「ですが、陛下には少し急用が!! と曖昧に言ってあるんですよ? 少しでも変だと勘付かれたらもうそれこそ、私が危ないのですが!」

「まあ、そう焦るな。まだ雲雕の事は内密にしてある。それにあいつが変な事をした場合、俺が止めるのか? 九垓の代わりにここに居ろ!」

「ご命令ならば従いますが、私はあなたの宦官でなくて良かったです」

「そうだな。そう思うよな?」

 何の言い合いだ? と行き交う者にじろじろ見られたが、それはつまり――という流れになっても良さそうなのに。

「まあ、それとこれとは話が別なので、あなたが期待している通りにはならないでしょうけど」

 こっちがそう言えば、こう言うか……。

 そんな小競り合いをし続けていれば、ふわっと紅運と話す彼女は笑っていた。

 初めて見る笑顔だ。

「春鈴はあんな風に笑うんだな?」

「ええ、私も初めて見ましたよ。とても親し気ですね」

 追い打ちをかけて来た。

「取られたら嫌でしょう?」

 こくん――と頷きかける前に止まった。

 そんな術中に惑わされない。

 そうなったら、困るのはお前の方だろう? と永華は旭を見た。

 旭の方は何とも手強いと言った風で無言でも解り合えている効果か、かなりバチバチしているのに、それを知らない者達はあの旭様と志遠様が何やら見つめ合って、もう大変!! くらくらよ~!! 私もですわ!! とある意味、目立つ騒ぎになっているみたいだ。

 ここら辺で止めておくか。

 そうこうしているうちに春鈴はたたっと早歩きで戻って来た。

「どうされたのですか? 志遠様に旭様は」

「いや、別に……」

 お互い顔を背け合ってしまった。

「それで何か得たか?」

「はい。いつも赤い物を持ち歩いているのはとてもその色が似合う方を崇拝しているからだというのです。そして、私があなた様にあの日、教えた日の倒流香炉を持ち去ったのは自分だと言っていました。旭様はそう指示されたのですか? 私が気付いた時には手に持っていなかったので、志遠様かそこに居た誰かが持って行ったのだろうとはずっと思っていたのですが」

 そう言われてしまうとあの時のような食べ物を無言で持ち去るという前科がある分、何も言えなくなる旭に対し、春鈴は詫びれずに言う。

「まあ、そうですよね。今回は食べることはできません。それにお調べになれば分かると思うのですが、その圭璋が使った倒流香炉というのは、それを行った後すぐに、怖くなった圭璋自身が火にくべて燃やしてしまって跡形もなくなはずなのですが、それが残っていると言うのが全くもって摩訶不思議なのです」

 そう言われてしまうと何も言い返せない。

 この子がその圭璋だということを旭は知らないが、自分だけは知っている分、どう言えば良いのか困る。

「本当か? それに間違いは?」

「ありません。鮮明に覚えております」

 その言い方だといかにも自分がそうです! と言っているようなものなのだが。

 困らせるのが本当に上手い、二人とも。

「きっとあれだな、構堂が言っていたやつと同じだ。そういう風に記されていたんだろう?」

 随分と強引にそう言って志遠はこの話を終わらせた。

 つまり、自分はこの話を他の誰にもまだしたくないのだ。

 自分の本心が見えない。

 だから、こんなにまでに話が自分の中に入って来ないのだ。

 それをせき止めているのは何だ? 綺霞か? 母上か?

 春鈴に代わって考え込んでしまった志遠をどうにか出来そうなのはもうあの男しかいなかった。

「あの~すみません、そろそろよろしいでしょうか?」

 丁寧には丁寧だが、こうも軽い感じの言い方は九垓だな? と思って、志遠はそちらを見た。

 やはり九垓だ。

「何だ?」

「陛下がお呼びです」

 事もなげに言う。

 ひえ! とおっかなびっくりになった旭に志遠は心の中で、すまない! と謝るしかなかった。

「何の用だと言って、誤魔化せば良いのやら……」

「いいえ、そうではなく」

 こそっと九垓は志遠に耳打ちした。

「何? 夜伽だと?!」

 どうしてそうなったのか理由が聞きたい。

「血相を変えて行くことはありませんよ」

 そこには堂々とした態度の皇太后様がいらっしゃった。

「どうしてここに?」

「私が言ったのです。この後宮を信じてみては? と」

 それはとっても良い事だと思うが、今の時点では悪い気もする。

 だが、断れない。

 これは自分よりも上の立場である皇太后の考えだ。誰も逆らえない。

 あの陛下であってもだ。

 皇太后が動いたとなれば、少しは変わるか――と構堂の話を聞く前ならのんきに考えられていたものを。

 あれが本当だとするならば、これは愚策でしかない。

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